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番外編 2 タワマン事件簿
〝オタサーの姫〟
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「そうならないために、いつも平気なふりをしているんですよ。なるべく嫌なものは見ないし、噂好きな人が側にいたら距離を取る。何より私は、可能な限りハッピーでいたいと願っています。嫌なものを見たくないし、ネガティブな感情になりたくない。ならそのために、ネガティブな環境を断ち切る事も必要なんです」
私は彼女を見つめ、指折り数えていく。
「噂好きな人から距離をとるのもそうだし、常に誰かの悪口を言っている人とも友達になりたくありません。友達になるなら、いい情報を共有できる人のほうが、一緒にいて高められるじゃないですか。嫌な事があってもネガティブな感情になって、『一緒に仕返ししてやる、嫌がらせしてやる』なんて人は要りません。愚痴を言って思いっきり飲んで笑って、明日への一歩を踏み出す勇気をくれる友人がほしいです。悪口は他人を下げて貶める言葉ですが、愚痴は自分の心を整えて、前向きになるためのガス抜きだと思っています」
そしてジッと彼女の瞳の奥を覗き込む。
「三笠さんとか、お店の黒服の男性とか、皆さやかさんのネガティブ感情に同調する人ばかりじゃないです? 客観的に『それってこうじゃないの?』ってあなたに意見を言う人じゃないですよね?」
図星だったのか、彼女は視線を逸らした。
「自分に意見しない人で周りを固めるって、気持ちいいですよね。誰も自分に逆らわず、常に肯定してくれるんですもの。でもそれって、勘違いした〝オタサーの姫〟を作るようなもんですよ」
〝オタサーの姫〟と言われて、彼女は鼻白む。
「なんですか、それ……」
「オタクやオタサーが悪い訳じゃないですけど、勘違いしたまま誰も軌道修正してくれないなら、世間から見て〝痛い〟人になるだけ、っていう事です。実際あなたがした事は〝痛い〟じゃ済まされません。犯罪にも繋がる事なのに、誰一人あなたの考えを注意しなかった。こうなるまでに、あなたは色んな人に久賀城家や美香さん、清花さんの事を話したでしょう。それも、かなり悪い感じに」
やはり図星なようで、彼女は私に目を合わせない。
「もし文香が私に誰かを悪く言っていたら、とりあえず『そうなのか』と受け取ります。でも相手の立場になって考えてみて、『その人はこういう気持ちだったんじゃないの?』と考えます。親友がネガティブな感情に駆られて、周りが見えなくなるぐらい心を真っ黒に染めていたら悲しいから。それを止めるのが私の役目だと思うからです。物事に、どちらか一方だけ百パーセント悪いなんてあり得ないですし」
私は息をつき、脚を組む。
「でもあなたは、『そうだね、そいつが百パーセント悪いね。さやかさんは何も悪くない。むしろ被害者!』と言ってくれる人しか、周りに集めなかった。自分に意見を言う人がいたら、遠ざけた。……違いますか?」
彼女をひたと見据えて尋ねると、さやかさんは目を逸らしたまま呻くように言う。
「……だって、自分の心を守るためだもの。あなたみたいに正論を言う人が側にいたら、私は自分の道を進めなかった。夜の世界で生き抜いてトップになるって、生半可な事じゃないんですよ」
「そうだとしてもさ」
それまで黙っていた正樹が口を開き、乱暴に息をつく。
「あんたのやってる事は、役員を必要としないワンマン社長の経営だよ。もっと良くなる事が目的なら、色んな人の意見を聞いて取捨選択しなきゃいけない。けどあんたは自分に都合の悪い言葉には耳を貸さない。他人がいる意味がないだろ。意外と、それで元旦那は出てったんじゃない?」
あ、割とそれはあるかも。
正樹が言ったあと、慎也が落ち着いた口調で言う。
「店でトップになるのに、一人じゃ無理だったろ? ママや黒服に嫌われていたら成功しないはずだ。成功するためならどんな事だってやったんだろ? じゃあ、仕事でできた事を私生活でもやれよ。今こうやって、俺たちが言っている事を『嫌な奴の説教』と思うか『金言』と思うかはあんた次第だ。俺と正樹はあんたがどうなっても関係ない。優美が手を差し伸べたついでだ。本当はお前一人ぐらい、どうとでもできるって忘れんなよ」
彼女は横を向いたまま、ふてくされた顔で黙っている。
言い過ぎたと思った私は、なるべく言葉を柔らかくして言う。
「否定されるって、きついですよね。でも仕事でも間違えたら怒られて、正しいやり方を教わって挽回します。私はここであなたを悪者にして終わりたくない。あなたの事情を知ったから、少しでもあなたの人生に関わってしまったから、幸せになってほしいと願っているんです」
「……偽善者」
ポツッと言われて、私は破顔した。
「そうですよ! でも偽りだとしても、いい事をしたいです。何もしないよりずっといい。私は『皆仲良くおてて繋いで幸せになろう!』っていう、脳内お花畑な人なんです」
ニカッと笑ってピースすると、さやかさんは鬱陶しげに溜め息をついた。
私は彼女を見つめ、指折り数えていく。
「噂好きな人から距離をとるのもそうだし、常に誰かの悪口を言っている人とも友達になりたくありません。友達になるなら、いい情報を共有できる人のほうが、一緒にいて高められるじゃないですか。嫌な事があってもネガティブな感情になって、『一緒に仕返ししてやる、嫌がらせしてやる』なんて人は要りません。愚痴を言って思いっきり飲んで笑って、明日への一歩を踏み出す勇気をくれる友人がほしいです。悪口は他人を下げて貶める言葉ですが、愚痴は自分の心を整えて、前向きになるためのガス抜きだと思っています」
そしてジッと彼女の瞳の奥を覗き込む。
「三笠さんとか、お店の黒服の男性とか、皆さやかさんのネガティブ感情に同調する人ばかりじゃないです? 客観的に『それってこうじゃないの?』ってあなたに意見を言う人じゃないですよね?」
図星だったのか、彼女は視線を逸らした。
「自分に意見しない人で周りを固めるって、気持ちいいですよね。誰も自分に逆らわず、常に肯定してくれるんですもの。でもそれって、勘違いした〝オタサーの姫〟を作るようなもんですよ」
〝オタサーの姫〟と言われて、彼女は鼻白む。
「なんですか、それ……」
「オタクやオタサーが悪い訳じゃないですけど、勘違いしたまま誰も軌道修正してくれないなら、世間から見て〝痛い〟人になるだけ、っていう事です。実際あなたがした事は〝痛い〟じゃ済まされません。犯罪にも繋がる事なのに、誰一人あなたの考えを注意しなかった。こうなるまでに、あなたは色んな人に久賀城家や美香さん、清花さんの事を話したでしょう。それも、かなり悪い感じに」
やはり図星なようで、彼女は私に目を合わせない。
「もし文香が私に誰かを悪く言っていたら、とりあえず『そうなのか』と受け取ります。でも相手の立場になって考えてみて、『その人はこういう気持ちだったんじゃないの?』と考えます。親友がネガティブな感情に駆られて、周りが見えなくなるぐらい心を真っ黒に染めていたら悲しいから。それを止めるのが私の役目だと思うからです。物事に、どちらか一方だけ百パーセント悪いなんてあり得ないですし」
私は息をつき、脚を組む。
「でもあなたは、『そうだね、そいつが百パーセント悪いね。さやかさんは何も悪くない。むしろ被害者!』と言ってくれる人しか、周りに集めなかった。自分に意見を言う人がいたら、遠ざけた。……違いますか?」
彼女をひたと見据えて尋ねると、さやかさんは目を逸らしたまま呻くように言う。
「……だって、自分の心を守るためだもの。あなたみたいに正論を言う人が側にいたら、私は自分の道を進めなかった。夜の世界で生き抜いてトップになるって、生半可な事じゃないんですよ」
「そうだとしてもさ」
それまで黙っていた正樹が口を開き、乱暴に息をつく。
「あんたのやってる事は、役員を必要としないワンマン社長の経営だよ。もっと良くなる事が目的なら、色んな人の意見を聞いて取捨選択しなきゃいけない。けどあんたは自分に都合の悪い言葉には耳を貸さない。他人がいる意味がないだろ。意外と、それで元旦那は出てったんじゃない?」
あ、割とそれはあるかも。
正樹が言ったあと、慎也が落ち着いた口調で言う。
「店でトップになるのに、一人じゃ無理だったろ? ママや黒服に嫌われていたら成功しないはずだ。成功するためならどんな事だってやったんだろ? じゃあ、仕事でできた事を私生活でもやれよ。今こうやって、俺たちが言っている事を『嫌な奴の説教』と思うか『金言』と思うかはあんた次第だ。俺と正樹はあんたがどうなっても関係ない。優美が手を差し伸べたついでだ。本当はお前一人ぐらい、どうとでもできるって忘れんなよ」
彼女は横を向いたまま、ふてくされた顔で黙っている。
言い過ぎたと思った私は、なるべく言葉を柔らかくして言う。
「否定されるって、きついですよね。でも仕事でも間違えたら怒られて、正しいやり方を教わって挽回します。私はここであなたを悪者にして終わりたくない。あなたの事情を知ったから、少しでもあなたの人生に関わってしまったから、幸せになってほしいと願っているんです」
「……偽善者」
ポツッと言われて、私は破顔した。
「そうですよ! でも偽りだとしても、いい事をしたいです。何もしないよりずっといい。私は『皆仲良くおてて繋いで幸せになろう!』っていう、脳内お花畑な人なんです」
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