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番外編 2 タワマン事件簿

優しさの投資

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 過去は逃げないから、足を止めた時に振り向くぐらいでいいんじゃないかと私は思っている。

 太った私が心の底で常に泣いていても、不幸を訴えるにいつも耳を貸さなくていい。
〝今〟の私は、自分も他人も幸せになるために忙しいからだ。

(だから……)

 顔を上げて、さやかさんを見る。
 私が願うのはただ一つ。

「さやかさん、勿体ない生き方をしたら駄目ですよ」

「…………は?」

 いきなり「生き方が勿体ない」と言われ、彼女は目を見開く。

「お金、あるんですよね? 都内のオシャレ料理教室に通えますよ? ちょっとコツが分かったら、意外とハマるかもしれません」

 明るく笑った私を見て、彼女は戸惑った顔をしている。

「そこでもしかしたら、料理男子に出会えるかも。さやかさんなら若くて綺麗だし、引く手あまたですよ? パッと見で印象が決まる外見という要素を、あなたはすでにクリアしています。あとはちょっと付加価値をつけたら、色んな人が寄ってきますよ」

 両側で慎也と正樹が、横を向いて溜め息をついた。
 彼らが心の中で「始まった……」と思ってるのは分かる。

 けど、勿体ない事はしたくない。

 目の前に〝価値〟があるなら、すくい上げてさらに〝価値〟を生む場所にぶん投げる!

「あれは駄目、これは駄目」って文句を言うだけなら、誰にだってできる。

 どんなものでもいい所を見つけて、真価を発揮できる場所にあれば、誰かが認めてくれる。

 私はそれを見逃したくない。

 太っていた私が、変わろうと思ったきっかけをくれたのは、慎也と正樹だ。
 そして家族や文香、埼玉の友達、恩師にトレーナーさん、色んな人がいて〝今〟の私がいる。

 なら私だって、誰かのために何かしたい。

 諦める人になりたくない。

 そうやって〝いい事〟を循環させていきたい。

 私の中に皆からもらった、優しさの貯金があるなら、それを使って別の人に投資したい。

 いつかリターンがあれば儲けもんだけど、特に何も考えず、ただ応援したいから優しさの投資をしたっていいと思う。

 慎也や正樹、文香はこんな私を「馬鹿だなー、お人好し」と言うだろう。
 でも周りの皆がしっかりしているなら、私一人ぐらいちょっと甘く生きてもいいんじゃないかな。

 肝心な時は、周りが私のリードをしっかり引いてくれると信じている。
 リードが引っ張られるまでは、私は自分の行きたい道をガンガン進みたい。

 私は彼女の目をまっすぐ見つめ、言う。

「あなたがどれだけ私を羨ましがって、慎也と正樹の〝相手〟になりたいと思っても叶いません。あなたは私になれないし、私もあなたになれません」

 彼女が何か言う前に、「でも」と私は口を開く。

「さやかさんは十分魅力的な人です。他人ばかり見ないで自分を磨く努力さえすれば、絶対あなたに夢中になる、素敵な男性が現れると思います。寝取りが目的じゃないですよね? あなたはただ『幸せになりたい』と思っているだけなはずです」

 彼女は何も言わなかったけれど、頷くように少し俯いた。

「一生懸命頑張ったはずなのに、報われない。なのに他の人は楽をして自分より幸せになっているように見えるから、許せない。だから邪魔してやろうと思った。……けど、そんな事をしても、自分に良縁が訪れる訳じゃないと分かっているはずです」

 私はクシャッと笑う。

「皆、隣の芝生は青いんですよ? さやかさんが私を羨んだように、私だってあなたを見て『美人だな、素敵だな』と思います。私にはない品の良さがあるし、仕事のために沢山の勉強をした努力家なところだって真似できません。私はせいぜい、ジムに通って筋肉を育てるぐらいしかできませんから」

 そう言って、私はモリッと二の腕の筋肉を強調する。

「親友の文香の事だって、最初は『恵まれていて凄いな』と思っていました。親友でなかったら、生まれつき美人でお嬢様で、何でも持っているように思える彼女に嫉妬したかもしれません。……けど彼女にも悩みはあって、他人を羨んでいます」

「Famさんが他人を羨むなんてあるんですか?」

 さやかさんは、半信半疑で尋ねる。

「ありますよー。完全無欠の美女に見えますけど、割と欠点の多い人ですよ? まぁ、ここで言うのは控えますが。テレビの中で華々しく活躍しているイケメン俳優も、美人女優も、いつも幸せそうで元気いっぱいの芸人も、皆普通に悩みを持っています。ただ、それを見せないだけなんですよ。……分かりますよね?」

 私は彼女に向かって、小さく首を傾げて微笑む。

「魅力や才能、財力のある目立つ人って、必ず嫉妬されます。もし周りに噂好きな人がいれば、『あの人があなたを悪く言っていたよ』と言ってくるでしょう。そして誰かが自分の失敗や破滅を願っていると知る。そういう人って、嫉妬する相手が失敗しないか、常に目を光らせているんです。SNSで『嫌な事があった』と書いていたら喜ぶし、自分が嫌がらせした事で相手が悲しんでいたら大喜びするでしょう」

 三笠さんは、そういうのを逐一チェックして喜んでいるタイプだった。
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