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番外編 2 タワマン事件簿
努力を怠ったのはあなただ
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「『結婚しようか』って話し合っている時って、一番盛り上がるんですよね。『この人とならきっとうまくいく』と思って不安なんてない。未来がすべてキラキラしているように感じるんです。そのあとの結婚生活を、きちんと想像しきれていないんです」
そう言った私を、両側から慎也と正樹がチラッと見る。
いや、違うから。
「すべてのカップルがそうとは言いません。でも勢いで結婚してしまったあと、『こんなの想像していた結婚と違う』と思って別れる夫婦も一定数います。結婚したあとは毎日顔を会わせて、相手のプライベートな面も、恋人時代には見せない生理的な面も目にします」
私だっておならするし、げっぷもする。
慎也と正樹だっていつもキラキラしてる訳じゃないし、寝起きだと無精髭がある。
人によっては生活音がうるさいとか、食事の時のマナーが気になるとか、いざという時の危機に対する反応とか、子供に関する価値観とか、気になる点が出てくるかもしれない。
そういう点に直面するのが結婚だ。
配慮しあう夫婦もいるだろうし、すべて見せ合って〝空気〟になれる夫婦もいる。
私たちは「結婚しても相手は一人の人間だから、尊重していこうね」という形だけど。
正樹が口を開く。
「奥原さんさ、『外食がいいだろう』って思ってたの、そういうところかもよ? 僕らみたいな立場だと、接待で高級店での食事って慣れてる。確かに店で食べると美味いけど、結局は〝外〟だ。睡眠欲も性欲も、プライベートな空間で安心しながら満たしたいだろ? 食欲だってそう。周りに他人がいない落ち着いた空間で、好きなもんを食いたい時もある。本能を満たす時は、守られた場所にいたいんだよ」
言ったあと、正樹は腕組みをする。
「ホステス時代、他人の金で美味いもん食って、それが結婚したあとも続くと思ってた? きっとその元旦那、結婚したあとはあんたの手料理を求めていたと思うけど。仕事はしてもしなくてもいいから、疲れて帰ったあと美人な妻がニコニコ笑って、美味い飯を食わせてくれて、風呂も用意してくれてるのを望んでたんだよ」
「――そんなの、今の時代にそぐわない考え方だと思いますけど」
ムッとしたさやかさんに、慎也が突っ込みを入れる。
「じゃあ、あなたはなぜ自発的に家事をしなかったんですか? ホステスを辞めて結婚したあと、別の職場で働かないなら普通、主婦として家事をするでしょう。夫婦の片方が負担を強いられるなんておかしな話だ。戦う場所は違えど、二人で支え合って夫婦じゃないんですか?」
彼女は慎也を睨んで黙り込む。
私は挙手して口を開いた。
「今、多様性と言われていますが、『俺は働くからお前は家を守って』も多様性の一つなんですよ。専業主婦を求める人がいる限り、認められていいんです。男女平等なら、専業主夫がいてもいいし、バリバリ働く女性がいてもいい。さやかさんの元旦那さんは、あなたに専業主婦を求めていた。でもあなたは家事をしたくなかった。そこで価値観のズレが生まれた」
私は胸の前で手を合わせ、ずらす。
「そのあんりって人、家庭的な子だったんじゃない? 敗因はそれだけかと言われたら、彼女の事を知らないから何とも言えないけど」
正樹に言われ、さやかさんはしばらく黙ったあと、うめくように言う。
「…………家事なんて、母親に教えてもらわなかったから……」
そこが原因になっちゃうのかなぁ。
私は彼女に少し同情し、息をつく。
「そんなの、ネットで調べればいいじゃないですか」
けれど慎也がスパンと一刀両断した。
「包丁の握り方から、色んな切り方、料理の仕方、掃除の仕方。調べたらありとあらゆる事が出てくるんですよ。努力を怠ったのはあなただ。今さら言い訳にならない」
……厳しい。
「仕事で売れるための努力ができたなら、人とうまく共存していく努力をしてもいいんじゃないですか? 今までは蹴落とす事や、守ってくれる味方を作る事を考えていたんでしょう。でも世の中には自分の態度次第で、損得勘定なしに付き合える人はいます。無条件で信じて、何かしてあげたいって思う人がいるんですよ」
慎也の言葉を聞き、さやかさんは唇を震わせる。
「……っ私……っ、そういう存在を知らないって言ったじゃないですか! 嫌みですか!?」
「あのさぁ、虐待された子供が全員人を愛さないかって言ったら、そうじゃないんだよ」
正樹が平坦な声で言う。
「確かにあんたは普通の家のあり方や、家族の愛情を知らないと思う。それでも、知らないからこそ、自分に欠けたものを埋めようとするもんじゃないの? 周りを見て学んで、真似て、トライアンドエラーして、人に合わせて社会に溶け込もうとするんだよ。それが人間社会の中での生き抜き方だろ」
正樹は溜め息をつき、髪を掻き上げる。
私は彼の言葉の裏にある感情を察し、視線を落とした。
正樹はお義父さんに愛されたし、玲奈さんにも大切にされた。
でも実母を亡くし、後妻とその子供たちで構成される家庭で、長い間自分の居場所を探し続けてきた。
そう言った私を、両側から慎也と正樹がチラッと見る。
いや、違うから。
「すべてのカップルがそうとは言いません。でも勢いで結婚してしまったあと、『こんなの想像していた結婚と違う』と思って別れる夫婦も一定数います。結婚したあとは毎日顔を会わせて、相手のプライベートな面も、恋人時代には見せない生理的な面も目にします」
私だっておならするし、げっぷもする。
慎也と正樹だっていつもキラキラしてる訳じゃないし、寝起きだと無精髭がある。
人によっては生活音がうるさいとか、食事の時のマナーが気になるとか、いざという時の危機に対する反応とか、子供に関する価値観とか、気になる点が出てくるかもしれない。
そういう点に直面するのが結婚だ。
配慮しあう夫婦もいるだろうし、すべて見せ合って〝空気〟になれる夫婦もいる。
私たちは「結婚しても相手は一人の人間だから、尊重していこうね」という形だけど。
正樹が口を開く。
「奥原さんさ、『外食がいいだろう』って思ってたの、そういうところかもよ? 僕らみたいな立場だと、接待で高級店での食事って慣れてる。確かに店で食べると美味いけど、結局は〝外〟だ。睡眠欲も性欲も、プライベートな空間で安心しながら満たしたいだろ? 食欲だってそう。周りに他人がいない落ち着いた空間で、好きなもんを食いたい時もある。本能を満たす時は、守られた場所にいたいんだよ」
言ったあと、正樹は腕組みをする。
「ホステス時代、他人の金で美味いもん食って、それが結婚したあとも続くと思ってた? きっとその元旦那、結婚したあとはあんたの手料理を求めていたと思うけど。仕事はしてもしなくてもいいから、疲れて帰ったあと美人な妻がニコニコ笑って、美味い飯を食わせてくれて、風呂も用意してくれてるのを望んでたんだよ」
「――そんなの、今の時代にそぐわない考え方だと思いますけど」
ムッとしたさやかさんに、慎也が突っ込みを入れる。
「じゃあ、あなたはなぜ自発的に家事をしなかったんですか? ホステスを辞めて結婚したあと、別の職場で働かないなら普通、主婦として家事をするでしょう。夫婦の片方が負担を強いられるなんておかしな話だ。戦う場所は違えど、二人で支え合って夫婦じゃないんですか?」
彼女は慎也を睨んで黙り込む。
私は挙手して口を開いた。
「今、多様性と言われていますが、『俺は働くからお前は家を守って』も多様性の一つなんですよ。専業主婦を求める人がいる限り、認められていいんです。男女平等なら、専業主夫がいてもいいし、バリバリ働く女性がいてもいい。さやかさんの元旦那さんは、あなたに専業主婦を求めていた。でもあなたは家事をしたくなかった。そこで価値観のズレが生まれた」
私は胸の前で手を合わせ、ずらす。
「そのあんりって人、家庭的な子だったんじゃない? 敗因はそれだけかと言われたら、彼女の事を知らないから何とも言えないけど」
正樹に言われ、さやかさんはしばらく黙ったあと、うめくように言う。
「…………家事なんて、母親に教えてもらわなかったから……」
そこが原因になっちゃうのかなぁ。
私は彼女に少し同情し、息をつく。
「そんなの、ネットで調べればいいじゃないですか」
けれど慎也がスパンと一刀両断した。
「包丁の握り方から、色んな切り方、料理の仕方、掃除の仕方。調べたらありとあらゆる事が出てくるんですよ。努力を怠ったのはあなただ。今さら言い訳にならない」
……厳しい。
「仕事で売れるための努力ができたなら、人とうまく共存していく努力をしてもいいんじゃないですか? 今までは蹴落とす事や、守ってくれる味方を作る事を考えていたんでしょう。でも世の中には自分の態度次第で、損得勘定なしに付き合える人はいます。無条件で信じて、何かしてあげたいって思う人がいるんですよ」
慎也の言葉を聞き、さやかさんは唇を震わせる。
「……っ私……っ、そういう存在を知らないって言ったじゃないですか! 嫌みですか!?」
「あのさぁ、虐待された子供が全員人を愛さないかって言ったら、そうじゃないんだよ」
正樹が平坦な声で言う。
「確かにあんたは普通の家のあり方や、家族の愛情を知らないと思う。それでも、知らないからこそ、自分に欠けたものを埋めようとするもんじゃないの? 周りを見て学んで、真似て、トライアンドエラーして、人に合わせて社会に溶け込もうとするんだよ。それが人間社会の中での生き抜き方だろ」
正樹は溜め息をつき、髪を掻き上げる。
私は彼の言葉の裏にある感情を察し、視線を落とした。
正樹はお義父さんに愛されたし、玲奈さんにも大切にされた。
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