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番外編 2 タワマン事件簿

突撃の用意

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「おー、お疲れ」

 彼はキッチンに来て水を飲んでから、チュッと私にキスしてくる。

「三笠さんの所にいつ突撃するの?」

「明日の朝でない? 金曜の夜は飲んでるだろ」

「だねー」

 チャカチャカと片栗粉を水に溶きながら言い、私は「うむ」と頷く。

「夜はシッターさんがいないから、三人で行く訳にいかないしね。んねー! 俊希ちゃーん! あああああああ」

 正樹は抱っこした俊希にちゅーをしようとして、両手で両目を押されていた。危ない。

「ぶふ……っ」

 けど、不覚にも噴いてしまった。

 そのあとご飯を作り終えてダイニングテーブルに並べ、まず二人に食べさせる。
 私は俊希に別途用意したご飯を食べさせつつ、合間に自分の食事だ。

 明日三笠さんの所に突撃すると思うと、なんだか緊張してくる。

 でも二人がいるならきっと大丈夫……、と思って、自分を落ち着かせた。



**



 昨日の夜の時点でシッターさんに連絡をして、土曜日の朝九時前には家に来てもらった。

 早朝に来てもらって申し訳ないけど、その分チップを払う事にしていた。

「さて」

 私たちはルームウェアから着替えて玄関に向かう。

 営業でもそうだけど、見た目は相手に何かを訴える時に割と重要になる。

 くたびれた格好をした人に偉そうな事を言われても、素直に聞けないし信憑性がない。

 でも今日は土曜日でオフの日だから、バッチリスーツを着るのも少しおかしい。
 だからカジュアルすぎずキマりすぎない、丁度いい塩梅の服を着ていく事にした。

 慎也と正樹はシャツの上にジャケット着用。
 私は髪を纏めて、ベージュのTシャツにチャコールグレーのIラインラップスカート。

 こういう時に、ヒラヒラしたスカートは駄目だなと思って避けておいた。
 仕事の時でも、揺れるタイプのピアスは着けていなかった。

 どうもユラユラする物って、頼りない、弱いイメージを与える。

 女性らしさをアピールしたい時、デートの時にはうってつけだと思うけど、真剣に話し合う場には不向きだと思っている。

 営業をしていた時だって、バリバリやっている男性以上に服装に気を遣っていた。

 こういうと語弊があるかもしれないけど、彼らは清潔感を保ってスーツやシャツに少し気を遣えば事足りる。
 けれどこちらは「色気で解決しようとしている」と思われないために、丁度いい服装をするのに必死だ。

 やりすぎたら銀行員か公務員みたいになるし、少し気を抜けば女を出してると言われる。

 何やかや佐藤さんたちにやっかまれていたけれど、仕事をするのに美人と言われる顔やメリハリの利いた体はある意味邪魔でもあった。

 それらがうまく作用する相手もいれば、〝そういうもの〟を忌避している相手もいた。

 清潔感があり〝色〟を出さない、できる女感を出すのはとても苦労した。

 仕事のノウハウは教えてもらえても、私が在籍していた当時、バリバリ営業で働く女性の先輩はいなかった。
 だから服装も振る舞いも、自分で模索しなければいけなかった。

 着替えながら、私は働いていた時の事を思いだして「懐かしいな」と思ったのだった。





 いざ……、という事で三十三階へ。

 チャイムを鳴らし、私たちは待つ。

 アポなしで土曜日の九時に、人様の家に突撃するのはちょっと罪悪感がある。

「なんて顔してるんだよ」

「だって」

 慎也に言われ、私は溜め息をつく。

「優美は被害者だから〝悪い〟と思うな」

 ポン、と頭を撫でられて、私は頷いた。

「そうだよ。本当なら向こうから出向いて謝らないといけない案件だ。なのにいつまでも弁解しようとしないから、僕らから足を向けたんじゃないか。へたしたら逃げられるかもしれない。だから確実に家にいる時間に突撃する。それだけだよ」

 正樹がケロッとして言うものだから、「それもそうだな……」と思ってしまった。

 彼はいつも非常識な事もなんでもない事のように言うから、時々不安になる事もある。
 けどこういう時は頼りになるなと思った。

 その時、ドアの向こうから物音がして、ドアが開いた。
 中から、寝ぼけ眼でこちらを見ている三笠さんが現れた。

「おはようございます。話があって来ました」

 ドアが閉まらないように足を入れ、慎也が先手必勝で声を掛ける。
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