499 / 539
番外編 2 タワマン事件簿
杉川夫妻のなれそめ
しおりを挟む
「僕は今まで一度も離婚しようと言わなかった。僕は君に浮気されても、君を愛している。君さえ僕に向き直ってくれるなら、きっとやり直せると思っている。僕にも非はあった。心から謝罪する。……だから、一からやり直そう」
夫に言われ、美香さんは涙を流しながら頷いた。
(良かったなぁ……)
平行して色んな糸が絡まっていたけれど、一本がほぐされた。
でも赤城さんの問題は、解決した訳じゃない。
まさに今、さらなる問題が発生したばかりだ。
彼は眉間に深い皺を刻み、貧乏揺すりをして腕組みをしている。
「……妻の浮気相手を知っていますか?」
杉川夫妻が落ち着いた頃、赤城さんが低くうなるように問う。
「いえ、知りません。僕は〝前後〟に呼び出されて、それっぽく振る舞うように言われていただけです。会う時も、浮気相手について聞かされた事はありませんでした。……ただ一つだけ」
最後の言葉を聞き、赤城さんは前のめりになる。
「『私を否定しないし、包み込むように優しくしてくれる。一緒にいて余計な力が入らなくて楽』と言っていました」
赤城さんは大きく息を吸い、震わせながら吐く。
多分だけど、気弱そうに見える光圀さんがここまでハッキリ言う裏には、多少なりとも友人を思っての感情があるんだろう。
学生時代の大事な時を共有した〝仲間〟だからこそ、恵里菜さんを浮気するまで追い詰めた赤城さんに非があると主張したいんだと思う。
「僕は恵里菜とショッピングもしていました。妻に似合う男になりたいと悩んでいたら、彼女が美容室や服のアドバイスをくれたんです。彼女との関係はそれだけです」
さらに分かったのは、光圀さんが愛妻家だったという事実だけだ。
「これ以上あなたに説明する事はありません。あとは赤城家での話です」
光圀さんが言ったあと、赤城さんはもう一度大きな溜め息をついた。
「……分かりました。帰って妻と話し合います。無実の方を責めてしまい、すみませんでした」
ぶっちゃけ赤城さんも、浮気相手と思っていた光圀さんが思わぬ愛妻家だったと知り、余計に考えさせられるものがあったんだろう。
そのあと彼は、「コーヒー代はもちます」と言って、伝票を掴んで席を立った。
残された私たちは、しばらく沈黙していた。
杉川さん夫妻は、なんだかモジモジしてる。初々しい。
やがて美香さんが髪を掻き上げて言った。
「……私はあなたより年上だし、子供ができなかった。夜もさっぱりだったし、もう私には興味がないんだと思っていた」
光圀さんはぬるくなったコーヒーを一口飲み、無意識に結婚指輪をさする。
「子供ができない体だと、君が泣き叫んだあの日以降、悲しませないように気を遣うので精一杯だった。僕は気の利いた言葉が言えない男だから、へたをすればすぐ地雷を踏みかねない。極力何も言わず、話題にも触れず、君が穏やかに過ごせるよう努めていた」
言ったあと、彼はそっと溜め息をついた。
「お二人とも、大きくすれ違っていたんですね」
「……そうね。私は自分が可哀想で、自分の事しか考えられていなかった。どれだけ悲しんでも、夫は寄り添ってくれないと思っていたし、子供のできない私に愛想を尽かして冷めたのだと思い込んでいた」
話し合い、大事だな。
私も自戒しないと。
「あの、今さらですが、お二人のなれそめを聞いてもいいですか?」
そう尋ねると、美香さんが微笑んだ。
「この人、投資家なのよ。ハンドルネームを使っているけれど、界隈では結構有名なの。セミナーも開いていて、企業から依頼されて本も出しているわ」
「へー! 凄いですね」
もしかしたら文香なら知ってるかもしれない。
「紹介があって個人的に夫を知って、投資について教えてほしいという体で近づいて、私からアプローチしたわ。勿論、教えを請いたいのもあったけど、柔らかで優しい話し方がとても素敵だと思ったの。控えめで聞き上手。私は自分をどんどん主張してしまうタイプだから、夫のような人と一緒にいると安らぐの。私の周囲には経営者が多いけれど、皆リーダーシップがあって自我の強い人で、恋人になればぶつかってしまう。私は安らぎがほしかったの」
「なるほど、性格的にかみ合ったんですね。それは素敵だと思います」
頷くと、光圀さんが恥ずかしそうに笑う。
「妻は年上である事を気にしているけど、こんなに綺麗な女性を知らないし、歳を重ねても美しくあるための努力をしているところを尊敬しています。経営者として頑張っている姿も応援しているし、僕には勿体ないほどの女性です」
初めて二人を知った時は、真逆のタイプでどこを好きになったんだろう? と勝手に思ってしまった。
でも結婚するからには、相応のドラマがある。
良かったなー、と思っていたけれど、ふとある事を思いだしてしまった。
夫に言われ、美香さんは涙を流しながら頷いた。
(良かったなぁ……)
平行して色んな糸が絡まっていたけれど、一本がほぐされた。
でも赤城さんの問題は、解決した訳じゃない。
まさに今、さらなる問題が発生したばかりだ。
彼は眉間に深い皺を刻み、貧乏揺すりをして腕組みをしている。
「……妻の浮気相手を知っていますか?」
杉川夫妻が落ち着いた頃、赤城さんが低くうなるように問う。
「いえ、知りません。僕は〝前後〟に呼び出されて、それっぽく振る舞うように言われていただけです。会う時も、浮気相手について聞かされた事はありませんでした。……ただ一つだけ」
最後の言葉を聞き、赤城さんは前のめりになる。
「『私を否定しないし、包み込むように優しくしてくれる。一緒にいて余計な力が入らなくて楽』と言っていました」
赤城さんは大きく息を吸い、震わせながら吐く。
多分だけど、気弱そうに見える光圀さんがここまでハッキリ言う裏には、多少なりとも友人を思っての感情があるんだろう。
学生時代の大事な時を共有した〝仲間〟だからこそ、恵里菜さんを浮気するまで追い詰めた赤城さんに非があると主張したいんだと思う。
「僕は恵里菜とショッピングもしていました。妻に似合う男になりたいと悩んでいたら、彼女が美容室や服のアドバイスをくれたんです。彼女との関係はそれだけです」
さらに分かったのは、光圀さんが愛妻家だったという事実だけだ。
「これ以上あなたに説明する事はありません。あとは赤城家での話です」
光圀さんが言ったあと、赤城さんはもう一度大きな溜め息をついた。
「……分かりました。帰って妻と話し合います。無実の方を責めてしまい、すみませんでした」
ぶっちゃけ赤城さんも、浮気相手と思っていた光圀さんが思わぬ愛妻家だったと知り、余計に考えさせられるものがあったんだろう。
そのあと彼は、「コーヒー代はもちます」と言って、伝票を掴んで席を立った。
残された私たちは、しばらく沈黙していた。
杉川さん夫妻は、なんだかモジモジしてる。初々しい。
やがて美香さんが髪を掻き上げて言った。
「……私はあなたより年上だし、子供ができなかった。夜もさっぱりだったし、もう私には興味がないんだと思っていた」
光圀さんはぬるくなったコーヒーを一口飲み、無意識に結婚指輪をさする。
「子供ができない体だと、君が泣き叫んだあの日以降、悲しませないように気を遣うので精一杯だった。僕は気の利いた言葉が言えない男だから、へたをすればすぐ地雷を踏みかねない。極力何も言わず、話題にも触れず、君が穏やかに過ごせるよう努めていた」
言ったあと、彼はそっと溜め息をついた。
「お二人とも、大きくすれ違っていたんですね」
「……そうね。私は自分が可哀想で、自分の事しか考えられていなかった。どれだけ悲しんでも、夫は寄り添ってくれないと思っていたし、子供のできない私に愛想を尽かして冷めたのだと思い込んでいた」
話し合い、大事だな。
私も自戒しないと。
「あの、今さらですが、お二人のなれそめを聞いてもいいですか?」
そう尋ねると、美香さんが微笑んだ。
「この人、投資家なのよ。ハンドルネームを使っているけれど、界隈では結構有名なの。セミナーも開いていて、企業から依頼されて本も出しているわ」
「へー! 凄いですね」
もしかしたら文香なら知ってるかもしれない。
「紹介があって個人的に夫を知って、投資について教えてほしいという体で近づいて、私からアプローチしたわ。勿論、教えを請いたいのもあったけど、柔らかで優しい話し方がとても素敵だと思ったの。控えめで聞き上手。私は自分をどんどん主張してしまうタイプだから、夫のような人と一緒にいると安らぐの。私の周囲には経営者が多いけれど、皆リーダーシップがあって自我の強い人で、恋人になればぶつかってしまう。私は安らぎがほしかったの」
「なるほど、性格的にかみ合ったんですね。それは素敵だと思います」
頷くと、光圀さんが恥ずかしそうに笑う。
「妻は年上である事を気にしているけど、こんなに綺麗な女性を知らないし、歳を重ねても美しくあるための努力をしているところを尊敬しています。経営者として頑張っている姿も応援しているし、僕には勿体ないほどの女性です」
初めて二人を知った時は、真逆のタイプでどこを好きになったんだろう? と勝手に思ってしまった。
でも結婚するからには、相応のドラマがある。
良かったなー、と思っていたけれど、ふとある事を思いだしてしまった。
0
お気に入りに追加
1,829
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる