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番外編 2 タワマン事件簿

さやかの夫

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「今、ドラマの撮影で地方にいるんです」

「……そうですか……」

 私が腑に落ちない表情をしていたからか、さやかさんは遠慮がちに微笑んだ。

「誰にも言わないでくださいね」

「え? はい」

 キョトンとしていると、彼女は愛しい旦那さんを思い浮かべて優しく笑う。

「KOJIってご存じですか? 歌番組常連の『Extreme Nature』というグループのメンバーなのですが……」

「あ、はい。知ってるかも」

 私はあまり歌番組を見ないけど、『Extreme Nature』はとても人気のあるグループで、バキバキに鍛えられた肉体でダンスを踊りながら歌う人たちだと認識している。

 雄々しい印象があるので、男性人気も高い。
 中心人物はバラエティでも引っ張りだこだし、俳優として映画にも出ている。

 そして、KOJIさんというのは、その中心人物だった。

 身長があって体も鍛えていて、歌うほうではなくダンサーだけれど、ダンスのキレが凄い。
 顔も整っているので俳優としても人気があり、バラエティ番組をつければ毎日のように彼を見る。

「KOJIが、私の夫なんです」

 微妙な表情で微笑む彼女の告白を聞いて、私は感心して「はー……」と頷いてしまった。

「凄いですね」

「でしょう? そう思うから、周りの人には伏せているんです」

「分かります」

 国民的スターの妻なら、あれこれ言われるだろう。

「信頼できる昔からの友達以外には、秘密にしているんです。ですがマスコミは夫が帰る先を見張っていますし、ディープなファンも同じです」

「それってファンって言わないで、ストーカーじゃないですか」

 私が思わず意見すると、さやかさんは困ったように笑う。

「それでもマンションの中には入れないので、私と夫がこのマンションに出入りしていても、〝同じマンションの住人〟で済んでいたはずだったんです。美香さんをはじめ、このマンションの人には夫の事を言っていません。ですが日々生活していて、外に出ると視線を感じたり、嫌な感じがつきまとうんです」

 分かる気がして、私は頷く。

 秘密……と呼ぶべきか分からないけれど、守るべき相手がいて気を遣っていたなら、どうしてもコソコソしてしまうだろう。

 もしかしたら、必要以上に気を遣って、遣いすぎて、どこかでボロを出してしまうかもしれない。
 それもすべて含めた上で、さやかさんは気を張り詰めさせていた。

 外に出て「自分がKOJIの妻だとバレてないか」疑心暗鬼になっていただろう。
〝気づかれているかもしれない〟と考えすぎている場合もある。

 けど、渦中にいるからこそ、勘が当たっている事は多くある。

 色んな人と付き合う中で、自分がした事、相手の言葉、他者から聞いた言葉、起こった出来事……。
 それらをごちゃ混ぜにした中で、ピンと「あっ、これってあの人が関わってるかもしれない」とくる事はある。

 きちんとした証拠がないし、考えすぎの場合もある。
 けど、警戒している相手がいる場合、その勘は当たる事が結構ある。

 さやかさんが警戒している人がいるとして、不審な出来事が今まであったなら、「あの人のせいかもしれない」と疑っただろう。

 そういう事が何度も重なれば、誰かにつきまとわれ、狙われている感覚になるのもおかしくない。

「心当たりはあるんですか?」

 彼女は溜め息をつく。

「時々、黒い服を着た男性を見かけていたんです。ジョギング中の人と思って、最初は気にしていませんでした。けどあまりに見かける頻度が高くて、違和感を覚えたんです」

「あ……。うちの夫も、黒い服を着た怪しい人を見たと言っていました」

 慎也と正樹が言っていた事を思いだし、私は変な汗を掻く。
 さやかさんは頷き、自信なさげに言う。

「清花さんが階段から突き落とされた話を聞いた時、とても怖ろしくて生きた心地がしなかったです。私、彼女と同じワンピースを持っているんです。いつだったかエントランスで偶然会った時、二人して同じワンピースを着ていて『被っちゃいましたね』と笑いました。清花さんが階段から突き落とされた時、彼女はそのワンピースを着ていたそうなんです」

 また、違う角度からの意見を聞き、私は背筋にうすら寒いものを覚える。

「じゃあ、突き落とし犯人は、本当はさやかさんを狙っていた?」

「……分かりません」

 彼女は苦しげに答える。
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