上 下
451 / 539
番外編 2 タワマン事件簿

早く帰りたいです

しおりを挟む
「価値観の相違はあるかもしれません。ですが妻に相手を害する意思がない以上、相手が歪んだ解釈をして被害者ぶっている確率が高いです」

「そうね。世の中にはそういう可哀想な人がいるわ」

 杉川さんはシャンパンを一口飲み、ゆったりとした笑みを浮かべる。

「けど、幸せになるためには、そういう人を無視し続けるか、戦ってものを言えなくするしかないのよ。ステージの上で常に輝くためには、声援もブーイングも同時に受ける覚悟がないと」

 そう言う彼女の身の上にも、〝何か〟はあったのだろう。

「……目立とうとか、輝こうとか、特に思っていませんけどね。俺たちは普通の家族の幸せを掴みたいだけです」

「それでも、私たちが住んでいるようなマンションの住人は、絶対に誰かから妬まれているわ。それは確信を持って言える」

「……仰る通りです」

 同意すると、杉川さんは脚を組んで息をついた。
 そして自分なりの見解を口にした。

「先日のパーティーで皆の様子を見ていたけれど、優美さんを見る女性陣の目は分かりやすかったわね。美人で身長も高くてスタイルもいいから、『芸能人ですか?』って私にこっそり確認してくる人もいたわ。お友達もFamさんだし、羨ましがられるでしょうね」

 ……文香の性格はさておき、彼女が美人で有名人なのは確かだ。

「彼女と話して『友達になりたい』と思う人がいる傍ら、彼女の性格が鼻につく上、素敵な旦那さんやご友人がいる事に嫉妬してる人もいたわ。表向き『素敵ですね』って言っていても、私には同族の考えている事は手に取るように分かるのよ」

 やれやれ、と思って俺は溜め息をつく。

「だから、清花さんだけが疑わしいのではなく、全員を疑ったほうがいいわね。マンション内なら誰だって行き来できるもの。濡れ衣を着せるために、写真を別のフロアのゴミ箱に捨てるなんて、誰にでもできるわ」

「……確かに」

 俺は頷く。

「清花さんを庇っている訳じゃないわよ。可能性を考えた上で、全員に平等な動機があると想定した上での事」

「はい」

「同時に、男性だとも考えられるわ。三笠さんが彼女にスマホを向けていたのもそうだけれど、優美さんはとても魅力的だもの。人って綺麗なもの、可愛いものを見ると『つい』撮りたくなるわ。そして今なら、SNSで拡散したくなるのかしらね」

 拡散と言われて、俺は唇を引き結ぶ。
 とっさに自分のスマホをポケットから出したが、先に杉川さんに言われた。

「私もそう思って軽く検索してみたけれど、今のところ目立つところには写真はなかったわ。『美人』とか『セクシー』とか『人妻』とかもっと男性が喜びそうなワードで検索をかけてみたけれど、優美さんの写真はなかったわね」

 一旦、俺は安堵の溜め息をつく。

「三笠さんが優美さんの写真を撮っていたかは分からない。けれど彼が優美さんに好意を持っているのは確かね。それを言うなら成宮さんも熱心に話を聞いていたし、似たようなものだと思うけれど」

「……確かに、男の動機は割とシンプルでしょうね」

 けど、陰険じゃなければいいという問題じゃない。
 優美が性的に見られているというだけで、不愉快極まりない。

「今のところ、私が知っている情報はこれだけね」

 そこまで言い、杉川さんは首をすくめる。

「確かに意地悪してしまったのは認めるけれど、本心ではお節介を焼いたつもりよ。これをどう処理するかは、久賀城家の問題だけれど」

「……ありがとうございます」

 確かに、面倒くさいやり方をされたが、これはある種の親切だ。

 世の中には「知らなかったほうが良かった」という情報もあるが、この写真は犯罪に繋がりかねない。
 事前に知って対策を講じれば、優美に危害が加えられるのを阻止できる。

 ……と言っても、現段階では誰が黒なのか分からなくて、優美に「身の回りに注意しろ」としか言えないんだが。

 とりあえず、三笠さんには近づかせないでおこう。

 先日も「ジムで会ったから、一緒にプールで泳いできた」と言って、その時はムカッとしただけで終わったが、これを聞けば話は違ってくる。

「……すみません、早く帰りたいです」

 心底疲れ果ててギブアップすると、杉川さんはクスクス笑った。

「仕方がないわね。夕焼けはまた別の機会にするわ。全部片付いたら、ご家族を誘ってもいい?」

「はい」

 今度は意地悪なしで、優美も含め全員誘ってくれるのだと知り、それなら……と俺は苦笑いする。

「その時は、杉川さんの旦那さんも?」

 夫婦仲が冷え切っていると聞いたが、一応聞いてみる。

 すると杉川さんは大きな溜め息をつき、シャンパンをもう一杯手酌した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡

雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...