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番外編 2 タワマン事件簿

恨みを買っているのは事実ね

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「これ…………。何ですか?」

「見つけたのよ。言っておくけど、私は見つけただけ。あとは何も関与してないわ。これが嘘なら訴えてもいいわ」

 杉川さんはまじめな表情になり、オードブルを一つ摘まんで口に入れる。

「……信じます」

 彼女のような人がここまで言って、嘘だったというのは考えられない。
 実際にビジネスをやっているからこそ、悪質な嘘をついた果てに、訴えられるリスクや結末が分かっているからだ。

「どこで見つけましたか?」

「三十一階。清花さんに話があったから訪れたの。そうしたら、エレベーターホールの隅にあるゴミ箱に、この写真が丸めて捨てられてあったわ。ゴミ箱をあさったとか言わないでね。見えていたから気になったのよ」

 ……おいおい。

 俺は溜め息をつき、深呼吸して気持ちを落ち着かせたあと、また写真を見る。

 三十一階の成宮さんといえば、優美にダイエット法を聞いていた、少しぽちゃっとした旦那さんと、ごく普通の奥さんだ。
 同じタワマン奥様仲間で杉川さんと仲がいいみたいだが、彼女みたいにギラついた雰囲気はなく、専業主婦を頑張ってますという印象だった。

 ……彼女が優美を?
 ……いや、夫のほうがとも考えられるが、あれだけ教えを請うていたのに?

 同じフロアに別の人も住んでいるが、パーティーには出席していなかったはずだ。
 面識がないのに優美を恨むとは考えにくい。

 考えれば考えるほど、分からなくなる。

「あとね、結構前に三笠さんが共有スペースで、優美さんにスマホを向けていたのも見たわ」

「は?」

 成宮さんではない人の名前が出て、俺は声を上げる。

 急に、マンションじゅうの人が、優美に悪意を持っているように感じられた。

 が、「いや、落ち着け」と自分の腿を強くさする。

 しかも、男が優美の写真を撮っていたかもしれないと聞き、胸の奥に激しい怒りが沸き起こった。

 写真は普段着の物がほとんどだったが、共有スペースのジムで汗を掻いている姿もあったからだ。
 トレーニングウェアとはいえ、ブラトップにスパッツ姿を他の男が写真に収めたと聞いただけで、殴ってやりたくなる。

 ……いや、待て。
 まだ確証があっての事じゃないだろ。

 俺は自分に言い聞かせ、深呼吸してシャンパンを呷る。

「……杉川さんはどう考えていますか?」

 一番の当事者は優美だ。

 だが〝今〟事実を知っている、限りなく当事者に近い人物は俺だ。

 我ながら混乱し、動揺しているから、まず第三者から意見を聞こうと思った。

 最初は杉川さんを警戒していたし、彼女が自分で言ったように優美に多少なりとも嫉妬する気持ちはあっただろう。
 だがそれとこの悪意に満ちた行為とは、まったくの別物だと思った。

 彼女が言うように、杉川さんはこの件に関わっていないと俺は直感する。

 だから彼女に聞こうと思った。

 杉川さんはシャンパンを飲み干し、手酌でお代わりをする。
 それからもう一つオードブルを摘まみ、ゆっくり咀嚼して考えているようだった。

 すぐに結論を出せる事ではないと分かっていながらも、俺はイラついて自分の爪を指で擦る。

「可哀想な事に、優美さんが一方的に恨みを買っているのは事実ね」

「……言われなくても分かります。妻は誰かを傷つける人じゃありません」

「それは分からないわ。ああいう、まっすぐで正義感の強い人ほど、何気ない言葉で人を傷つけるのよ」

 それも物事の一面だ。

 俺たちはまっすぐで努力家の優美を尊敬し、彼女のようになりたいと願っている。

 だが一部のひねくれた存在は、眩しすぎて直視できないんだろう。

 優美のようになりたい、周囲から愛されたいと願っても不可能だと分かっているから、その鬱憤を攻撃で晴らそうとする。

 五十嵐は奇跡的に改心したクチだが、世の中そうはいかないのはよく分かっている。

 優美が光れば光るほど、影が濃く長くなる。
 彼女が望んでいなくても、魅力が増すほど羨望する人は増えていく。

 嫉妬される理由に、社会的地位のある夫、タワマンの最上階に住んでいる事、子供がいて仲のいい家族……というのがあるのも否めないが、そんな事どうしようもない。

 一部のバカのために、俺たちが自分の幸せを手放す義理なんてない。
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