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番外編 2 タワマン事件簿

気の進まない相手とのクルージング

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 それが杉川さんに話しかけられた時の出来事だ。

 でも家に帰ったら優美にツンツンされたから、多分どこかで見られていたんだと思う。

 杉川さんと別れてすぐ、俺は正樹に連絡を入れた。

 詳細は分からないが、優美と俊希に害が及ぶかもしれない。
 内容を把握して警察案件か、ただのタチの悪い冗談か判断するまで、保留にしたい。

「優美は鋭いから不機嫌になるだろうけど、すべて判明するまでフォローを頼む」と正樹に頼んだ。

 正樹からは『バカだなー』とムカつく顔のスタンプを送られてきたが、あの状況にお前が立ってみろと言いたい。

 正樹なら自分から喧嘩を売るかもしれないが、俺はできるだけ大事おおごとにしたくない。

 優美が「隠し事をされるぐらいなら、傷付いてもいいからハッキリして」と言うのも分かっている。

 けど、俊希を生んでから一年少し、ようやく優美は少しずついつもの調子を取り戻しつつある。

 煩わせる事のないように、と思って隠すと決めたけど、…………これは裏目に出たな。

 車を運転しながら溜め息をつき、キシリトールのガムを噛む。

 しゃーない。全部解決してからお叱りを受けよう。

 ……こういうトコ、俺は優美の心の広さに甘えてるな。

 心配、不安にさせた分、何でも言う事聞かないと。



 そう思っていたのだが、この一件が思っていた以上にどんどん広がっていくとは、この時は想像すらしていなかった。



**



「慎也さん」

 桟橋前で杉川さんが手を振っている。

「すみません、時間に間に合うように来たつもりですが、待たせてしまいましたね」

「ううん、いいの。シェフにも来てもらったから、美味しいランチを頂きながら海を楽しみましょう」

 季節は晩夏で、夏の暑さがまだ続いている頃合いだ。

 俺は白Tにジーンズ、スニーカーという、至ってフツーの格好をしていった。
 杉川さんはきれいめのワンピースでキメているが、俺にデート服の意思はない。

 クルーザーはどうやら彼女のを使うようで、二人してゴリッパな船に乗り込んだ。

 運転は別の人がするようで、俺たちはメインデッキのソファに座った。

 彼女はすでに冷やしてあったシャンパンを開け、グラスに注ぐ。
 テーブルの上には、手で摘まめるオードブルがのせられてあった。

「乾杯しましょう」

 にっこり笑った彼女に俺は疲れた笑いを向け、彼女が手にしているグラスに軽くグラスをぶつける。

 シャンパンはさすがいい物を用意してあった。
 美味いはず……なんだが、状況も相手も楽しめる状態ではない。

「写真の話を聞きましょうか」

 切り出したが、彼女は微笑んで座る場所を少し詰めてきた。やめろ。

「そういう無粋な話はあとにしません? ドラマチックな事は夕方や夜が鉄板なんですから。それに私、一緒に夕焼けを見たいって言いましたよね?」

 分かっていたが、相当面倒くさい。

 ドラマチックかどうかなんて、どうでもいいんだよ。

 クルーザーは順調に沖へ進んでいる。

 俺は海が大好きで、家族を誘うのは勿論、友達とも一人でもクルージングを楽しんでいる。
 けど、こんな嫌な気持ちで船に乗ったのは初めてだ。

「そんなに焦ってるなら、キスしてくれたら全部教えますよ?」

 イラついている時にそんな風に言われ、さすがに腹が立った。

「……怒りますよ?」

「やだ、こわーい」

「杉川さんだって、家族に危害が及ぶかもしれない状況で、そんな事言われたらムカつくでしょう」

 言ってから、「あ、やべ」と思った。

 彼女が夫と不仲なのは前知識で知っていた。加えて不妊のようで、子供もいないらしい。

 思いがけずとんでもない地雷を踏んでしまった。

「……すみません、他意はありません」

 すかさず謝ったが、杉川さんは機嫌良さそうにシャンパンを飲み、海を見ている。

「別にいいですよ。普通の人はそう思うでしょうから」

 そう言われて、とても気まずい。
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