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妊娠・出産 編

その意気でいこう!

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 それはそれ、これはこれ、と私は手でジェスチャーする。

「うん……。ありがと。……何か、自分が憎まれる側になって、どれだけ自分が他人に嫌な事をしていたのか思い知った。それで、あの時の自分が如何に異常だったのかも分かった」

 カフェモカを飲む彼女に、私は微笑みかける。

「卑怯な事をする人を、無視できる強さを身につけよう。誰だって過ちを犯す。でもそれを非難していいのは、正当な権利のある人だけだよ。その人たちが『見ていて不快だった』っていうだけで五十嵐さんに嫌がらせしているなら、ただの第三者の〝お気持ち〟にすぎない」

 彼女はコクンと頷く。

「結局、彼女たちは男性社員と仲良くできていた五十嵐さんに、嫉妬してただけだと思う。それ以外に考えようがない。自分たちがしたくてもできない事を、あなたがしていたから、見下して悪者にして、ストレス発散しているだけ。本社にいた時は男性社員まで敵に回すかもしれないから手を出せなかったけど、今が絶好の機会って思ってるんでしょ」

 私は肩をすくめる。

「そういうのは、放っておいていいよ。新しい会社で働きづらくなる実被害が出るなら、きちんと上司に言おう。正樹経由での再就職だし、多少融通は利かせてくれるはず。っていうか、今回の場合、五十嵐さんは悪くないからね?」

「うん、あんまりやり過ぎになるようなら、きちんと相談しようと思ってる」

 彼女は溜め息をつき、ケーキの残りをつつく。

「第一、五十嵐さんの悪口を吹き込まれた人がいるとして、まともな人なら真に受けないと思うよ。むしろ『いきなり何言ってんだこいつ?』になって終わり。人って、自分の平和な生活を脅かされるのが一番嫌だと思うの。一般的な人ならまずそう。自分にはまったく関係ないのに、第三者がああしたこうしたって、私なら聞きたくない。誰かが誰かを悪く言う姿を見たくない」

 彼女は頷いて「だね」と呟く。

「逆に悪口を真に受ける人は、五十嵐さんに悪い人であってほしいと願う人だよ。もしくは噂に踊らされやすい人。そういう人たちは〝それまで〟だから、五十嵐さんの中のふるいに掛けちゃっていいと思う」

 私は、そう考えるようにしてきた。

 他人から不確かな情報を吹き込まれて、それでたやすく意見を変えてしまう人とは友達でいたいとは思わない。
 私の事もいつ裏切るか分からないからだ。

 吹く風によってクルクル方向を変える風見鶏みたいな人に大事な話なんてできないし、信頼もできない。

 友達になるなら、やっぱり自分の中に善悪の基準や分別の軸をしっかり持っていて、公平な判断ができる人がいい。

 それはある程度、他人に嫌われてもいいと覚悟の決まった人の考え方だ。

 誰かが間違えた事を言った時、自分が被害に遭わないために話を合わせるのも処世術だけど、「それは違うと思う」と言える人は貴重だ。

 大体の人は、うまくやり過ごすためにその場で話を合わせるだろう。
 私はぶっちゃけ、人に嫌われるのに慣れちゃったし、嫌な人に嫌われても別にいいやと思っているので、気兼ねなく人に意見したいと思っていた。

 そのほうがあとでモヤモヤしないし、自分の誇りも守れる。

「私も前の会社で悪口言われてたけど、他人の悪口ばっかり言う人は、その口の悪さで身を滅ぼすよ。周りがその人を避けていく。気がつけば孤立しているか、同族の仲間しか残っていない。その〝仲間〟は調子のいい時だけ話を合わせて、困った時には絶対に助けず、いの一番に逃げてく。まともな感覚の人は、もうすでにその異常性に気付いて距離を取ってる」

 五十嵐さんは頷く。

「中にはそういう〝仲間〟でも、助け合ってるか分からないけどね。でも、五十嵐さんが仲良くしたいのは、〝そういう人〟たちじゃないでしょ?」

 その問いに、彼女はしっかり頷いた。

「うん。もう風見鶏みたいな友達はいらない。私の事を真剣に心配してくれる、本当の友達がいい。尊敬できる人で、『その人みたいになりたい』って思える人。中学生女子みたいに、誰かがちょっとでも目立ったら全員で無視するような、子供っぽい人は要らない」

 きっぱり言い切った彼女に、私は手でグーを作って突きだした。

「よし、その意気でいこう!」

「ん!」

 二人して、トンッと拳を合わせる。

「『自分の周り五人の平均が、自分』。……私はまだまだ、理想の自分になれていない。でも折原さんみたいな人と付き合っていけるように、レベルアップのための努力はできる。健康的な生活を始めたし、こないだジムにも入会した」

「おっ、いいね!」

 私はニカッと笑ってサムズアップする。

「まだまだプロポーションは変わっていないし、筋トレも軽い重りで精一杯。でも、『自分磨きのために何かをやれてる』っていう満足感はある。何もしないでスマホ弄って、好きでもない相手と付き合ってるより、鍛える人に交じって、『意識高い系の事ができてる』って思えるほうがずっといい」

「うんうん。動機は何でもいいよ。自分のテンションがアガるように生きていこう。でも、ずっと気持ちを張り詰めさせて頑張ってると、いつか糸がプツッといっちゃうから、適度に自分にご褒美あげてね」

 私が彼女のケーキを指さすと、五十嵐さんは嬉しそうに笑ってケーキを頬張った。

 そのあと、おずおずと話しかけてきた。
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