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ハワイ 編
思い上がっていたんだね
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「うん」
その言葉を、鈍い痛みと共に受け入れた。
そして、情けなくてまた涙が出てくる。
そんな私の頭を、慎也が撫でてきた。
「泣かなくていい。君は今まで沢山の人を助けてきた。俺が惚れたのは優美の努力した姿だった。君の今までの努力はすべて本物だ。君が色んな人に分け与えた優しさは、決して曇らない。それはもう受け取った側の問題だからだ。優美が何を言ったとしても、誰かに与えたあとの優しさを否定しなくていい」
「……ん」
慎也の言葉に、私は洟を啜って頷く。
「これからも、人助けをしたいと思ったら心のままにすればいいんだ。俺たちはそんな優美を支えていく。でも、もう結婚したから、まず考えるのは自分を含めた家族の事にしよう。大切なものにきちんと順序をつけるんだ」
「……そうだね。そこをはき違えたら駄目だ」
頷いた私の手を、正樹が握ってきた。
「もう肩の力を抜いていいよ。頑張ったね」
「うん……」
頷き、私は今までずっと自分に課していた「頑張らないと」を解放する事を決めた。
もうずっと前に、普通体重にはなれている。
何かに脅えてカロリー制限をして、自分を追い込んでトレーニングしなくていい。
馬鹿にする人とは距離を取ればいい。
嫌な事を言う人と、無理して繋がる必要はない。
仕事だって、私がいなくても会社は回っていく。
どれだけ仕事ができても、会社を辞めればそれで終わり。
あれほどこだわっていた営業での成績も、今の私には関わりのないものだ。
許せない、間違えていると感じた人に説教したのも、論破して気持ちよくなりたかっただけかもしれない。
正しい思考を身につけられた自分に、酔っていただけだ。
〝変わった〟私のすべてが間違えているとは思わない。
変われて良かったと心から思っている。
けど、〝正しさ〟は振りかざしたとたんに、押しつけがましい暴力になりかねない。
そういう人を何より嫌っていたはずなのに、私は自分の正しさを過信して人に説教し、否定した。
それも、「これはあなたのため」という感情からだ。最悪。
結局私は、正しさやポジティブという良い感情を制御できず、振り回されていたに過ぎない。
心の中に思い描いていた、しなやかな強さと優しさを持つスーパーウーマンには、なれなかった。
私は、普通の女性だ。
皆に「凄い」と憧れられる存在じゃない。
「思い上がっていたんだね」
その言葉を口にしたとたん、私の心の中にある卵の黄身が割れて、トロリと中身が溢れだしたのが分かった。
「……そうかもしれないね」
忌憚なく言う正樹の言葉が、今は胸に痛くもありがたい。
「良くありたいという意識、姿勢は素晴らしいよ。今まで自分の軸になっていた誇りまで、否定しなくていい」
「うん、ありがとう」
正樹に言われ、涙ぐみながら頷く。
そんな私の頭を、慎也がポンポンと撫でてきた。
「俺も正樹も、文香さんも、皆、優美のまっすぐさに惹かれた。それは紛れもない真実だ」
「うん」
力強い言葉に、私はもう一度頷く。
しばし、また沈黙が落ちた。
波音が私たちの耳朶を打ち、これから夕暮れ時になろうとする日差しが三人を包み込む。
やがて慎也が口を開いた。
「俺たちは何度も優美に救われた。けど『俺たちは優美の本音を見過ごしていないか?』って、ずっと思っていた。いつも明るく振る舞う人ほど、弱音を押し殺しているものだ。あんなに明るくて〝強い女〟な優美が、悩みを抱えていないはずがないんだ」
正樹が微笑み、言う。
「本当に救われないといけないのは、常に救っている側の人なんだよ」
その言葉に、また涙が零れる。
「皆が優美ちゃんの強さにぶらさがって、甘えているのは駄目だ。優美ちゃんが『傷付いてない』って思い込むのも駄目。小さな傷をいつまでも放って置いたら、数が増えてそのうち致命傷になる。その前に『ヘルプ』を言えるようにしよう。人を救うのは、まず自分を救えてから、余裕のある時に、だ」
「うん、その通りだね」
私が今まで必死になって背負っていたものを、二人がほぐして一緒に持ってくれる。
「優美、『助けて』って言ってみようか?」
慎也に言われ、私は軽く瞠目する。
それは、〝強い女〟の折原優美は、決して言わなかった言葉だ。
軽い感じで「助けて~」とはいっても、心の底から救いを求めた事はなかった。
「何でも自分で解決しないと」と思うほど、己の弱さを露呈する言葉は遠ざかっていた。
けど、これからは……。
その言葉を、鈍い痛みと共に受け入れた。
そして、情けなくてまた涙が出てくる。
そんな私の頭を、慎也が撫でてきた。
「泣かなくていい。君は今まで沢山の人を助けてきた。俺が惚れたのは優美の努力した姿だった。君の今までの努力はすべて本物だ。君が色んな人に分け与えた優しさは、決して曇らない。それはもう受け取った側の問題だからだ。優美が何を言ったとしても、誰かに与えたあとの優しさを否定しなくていい」
「……ん」
慎也の言葉に、私は洟を啜って頷く。
「これからも、人助けをしたいと思ったら心のままにすればいいんだ。俺たちはそんな優美を支えていく。でも、もう結婚したから、まず考えるのは自分を含めた家族の事にしよう。大切なものにきちんと順序をつけるんだ」
「……そうだね。そこをはき違えたら駄目だ」
頷いた私の手を、正樹が握ってきた。
「もう肩の力を抜いていいよ。頑張ったね」
「うん……」
頷き、私は今までずっと自分に課していた「頑張らないと」を解放する事を決めた。
もうずっと前に、普通体重にはなれている。
何かに脅えてカロリー制限をして、自分を追い込んでトレーニングしなくていい。
馬鹿にする人とは距離を取ればいい。
嫌な事を言う人と、無理して繋がる必要はない。
仕事だって、私がいなくても会社は回っていく。
どれだけ仕事ができても、会社を辞めればそれで終わり。
あれほどこだわっていた営業での成績も、今の私には関わりのないものだ。
許せない、間違えていると感じた人に説教したのも、論破して気持ちよくなりたかっただけかもしれない。
正しい思考を身につけられた自分に、酔っていただけだ。
〝変わった〟私のすべてが間違えているとは思わない。
変われて良かったと心から思っている。
けど、〝正しさ〟は振りかざしたとたんに、押しつけがましい暴力になりかねない。
そういう人を何より嫌っていたはずなのに、私は自分の正しさを過信して人に説教し、否定した。
それも、「これはあなたのため」という感情からだ。最悪。
結局私は、正しさやポジティブという良い感情を制御できず、振り回されていたに過ぎない。
心の中に思い描いていた、しなやかな強さと優しさを持つスーパーウーマンには、なれなかった。
私は、普通の女性だ。
皆に「凄い」と憧れられる存在じゃない。
「思い上がっていたんだね」
その言葉を口にしたとたん、私の心の中にある卵の黄身が割れて、トロリと中身が溢れだしたのが分かった。
「……そうかもしれないね」
忌憚なく言う正樹の言葉が、今は胸に痛くもありがたい。
「良くありたいという意識、姿勢は素晴らしいよ。今まで自分の軸になっていた誇りまで、否定しなくていい」
「うん、ありがとう」
正樹に言われ、涙ぐみながら頷く。
そんな私の頭を、慎也がポンポンと撫でてきた。
「俺も正樹も、文香さんも、皆、優美のまっすぐさに惹かれた。それは紛れもない真実だ」
「うん」
力強い言葉に、私はもう一度頷く。
しばし、また沈黙が落ちた。
波音が私たちの耳朶を打ち、これから夕暮れ時になろうとする日差しが三人を包み込む。
やがて慎也が口を開いた。
「俺たちは何度も優美に救われた。けど『俺たちは優美の本音を見過ごしていないか?』って、ずっと思っていた。いつも明るく振る舞う人ほど、弱音を押し殺しているものだ。あんなに明るくて〝強い女〟な優美が、悩みを抱えていないはずがないんだ」
正樹が微笑み、言う。
「本当に救われないといけないのは、常に救っている側の人なんだよ」
その言葉に、また涙が零れる。
「皆が優美ちゃんの強さにぶらさがって、甘えているのは駄目だ。優美ちゃんが『傷付いてない』って思い込むのも駄目。小さな傷をいつまでも放って置いたら、数が増えてそのうち致命傷になる。その前に『ヘルプ』を言えるようにしよう。人を救うのは、まず自分を救えてから、余裕のある時に、だ」
「うん、その通りだね」
私が今まで必死になって背負っていたものを、二人がほぐして一緒に持ってくれる。
「優美、『助けて』って言ってみようか?」
慎也に言われ、私は軽く瞠目する。
それは、〝強い女〟の折原優美は、決して言わなかった言葉だ。
軽い感じで「助けて~」とはいっても、心の底から救いを求めた事はなかった。
「何でも自分で解決しないと」と思うほど、己の弱さを露呈する言葉は遠ざかっていた。
けど、これからは……。
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