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折原家への挨拶 編

崖の上の豪邸のような男

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「確かに当時は楽しかった。僕の目の前で、女の子が罪悪感たっぷりの顔で、僕に抱かれてる姿を見てスカッとしたんだ。僕も誰かのパートナーを抱いてるって思うだけで、征服感と支配感がハンパなくて、ドキドキしてハイになった。あっ、誓って変なクスリはやってないよ。酒は飲んでたけど」

「やってたら殴るよ」

 俺は苦笑いし、正樹は「あははっ」と軽く笑う。

「その時はすっごい楽しかったんだ。毎晩のように出歩いて酒飲んでセックスして、自分の空っぽな心が、女の子の温もりと快楽とで満たされる気がした。でも結局、上辺だけの満たされ方だった。ちょっと冷静に考えれば、普通の人ってこんな事で幸せを感じないって分かってた。朝帰りした時、公園のベンチでコンビニおにぎり食べて、通勤する人を見ながらめっちゃ賢者タイムになってたなぁ」

「……さみし」

 その様子を想像し、俺はボソッと突っ込む。

「あははっ、寂しいよね。……でも当時の僕は、他に自分を慰める方法を知らなかったんだ」

 正樹はドリンクホルダーにあるお茶を飲み、息をつく。

「あの時の僕は、セックスする事でしか自分の価値を認められなかった。大学では友達からキラキラした目で見られて、普通の女の子にキャーキャー言われても、逆に居心地が悪くなる始末だった。中二病みたいだけど、自分だけ汚れてるように思えて『あいつらは何て綺麗なんだろう、僕とは違う……』なんて思ってたな」

「それ、やべー奴じゃん」

「そうなんだよ。ヤバかったんだよ。闇のカルマが貯まりすぎてた」

 言い合って、二人で爆笑する。

「だからさ、楽しくはあったんだけど潮時を求めてた。そりゃあ、結婚してもスワッピングできたり、3PがOKな奥さんがいたら最高だなって思ってた。でもそれは〝普通〟じゃない。イベント参加者は恋人や夫婦がいたけど、みんなパートナーを愛してるから、歪んだやり方で一時的なスリルを求めてるんだよ。イベントが終わったら、仲良し夫婦、恋人に戻る」

 口を挟める立場じゃないので、黙って続きを話すのを待つ。

「スワッピングとか乱交の醍醐味ってさ、他の男の女を寝取って勝利感に浸る所なんだよね。女性はパートナーを愛してるほど、精神的にきついんじゃないかな。女性ってどっちかというと受け身が多いと思うし。セックス大好きで参加する子もいるけど、結局リスクが高いのは当然女性で、不安もある」

「確かに」

 俺は頷く。

「当時僕と付き合ってた……ような女の子いたじゃん。まぁ、僕が振られた形になったから、一応付き合ってたんだろうけど。その子に言われたよ。『正樹に本気で惚れたら、性格以外は完璧だから独占したくなる。正樹が他の女を抱いてるのを見たら、嫉妬で狂って殺人を犯す人が出てもおかしくない。あんたはもっと、自分がどれだけ男として価値があるか知っておいたほうがいい。自覚しないでパートナーを危険に晒す相手は嫌だ』……ってね」

「……なるほど」

 正樹は自分のステータスなら、嫌というほど分かっている。

 けど中身は、女性に告白されるたび「何で僕みたいなのが好きなの?」って真顔で言う奴だ。

 自分を大切にできない奴が、パートナーの気持ちを考えて、二人で幸せになれる訳がない。

 当時の彼女にとって、正樹は優良物件でありながら危険な存在でもあったんだろう。
 崖の上の豪邸みたいなもんだ。

『僕は好きなようにやる。君も好きなようにして。結婚して夫としての責任は取るけど、君を好きになれないし、僕が他の女を抱いても嫉妬しないで』

 正樹が望んでいたのはそういう事だ。
 本当に最低だ。

「だから慎也に言われたのもあったけど、もともと『いつかやめたい』って思っていたから、イベントに行くのをやめた。卒業すれば入社するし、いつまでもああいうイベントに行けないとは思ってたからね。それぐらいの分別はあったんだ」

 静かに笑い、正樹はポンと俺の腕を叩いてきた。

「だから、慎也のせいじゃないよ」

「……ん、分かった」

 正樹が抱いていた当時のドロドロした気持ちは置いておき、「俺のせいかどうか」という件については、これで解決としよう。

「まぁ、会社については久賀城家に生まれた以上仕方ないし、普通に社畜になるよね。そんで、利佳との事も結婚しなきゃ良かったって思うけど、あの時は流れ上仕方なかった」

 自殺しようと思うまで追い込まれたのに、今「仕方ない」って言えているのは、正樹が執着しない男だからだ。
 普通ならいつまでも恨んで当たり前なのに、「終わった事だからもういいか」と興味を失っている。

 先日利佳さんに会った時は、ツンツンした態度を取られた上、優美まで馬鹿にされたからキレたんだろう。

 しばらく黙ったあと、俺はさらに切り込む。

「正樹はどれぐらい、優美を独占したい?」

 その問いは、お互いが最も避けていた話題だ。

 正樹はまた、しばらく黙った。

 首都高を走る車の走行音だけが耳に入り、俺も正樹が答えるまで黙る。
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