264 / 539
同窓会 編
当たり前の尊厳を持たない〝底辺〟
しおりを挟む
「人生は変えられないもんね」
いつもなら達観した口調でサバサバと言えたのに、今ばかりは落ち込んだ気持ちを誤魔化すような声でしか言えない。
私だって、本当は寄り道せず二人に出会いたかった。
でも、太っていたという過去がなければ、今の私はない。
痩せていたら十八歳の時に落ち込まず、ホテルの非常階段で二人に会っていなかった。
どんなにつらい出来事があっても、私は〝今〟に満足している。
それなら、今まで自分の身に起こったすべてを、必要な事だったと割り切らないといけない。
時々過去を思いだしてはモヤモヤしていた。
けれど基本的に私は、過去を受け入れ開き直って〝今〟を楽しもうとしていた。
でも残酷な事に、一番つらかった時期に関わっていた人と会うと、どうしても当時の感情や思い出に引っ張られる。
今の私のキャラなら、クラスの中心人物みたいな立ち位置になっていてもおかしくない。
それでもあの場で〝つい〟大人しくしてしまったのは、無意識に当時のスクールカーストに収まっていたのだろう。
……まぁ、結局は筋肉に物を言わせて黙らせたんだけど。
「優美ちゃん、傷付いてる?」
正樹に尋ねられ、私は「んー」と脚を伸ばして遠くの夜景を見る。
「……確かに、凄く嫌だった。裕吾を好きだった訳じゃないけど、嫌いでもなかったから、当時はちょっとドキドキしてたんだ。裕吾はクラスの中で目立つ男子のグループにいたけど、目立つタイプっていうより、彼らを見守ってる大人っぽさがあった。だから余計に、『この人は嫌な事をしない』っていう信頼感があったんだと思う」
私は溜め息混じりに笑い、続きを言う。
「『裏切られた』なんて言うには、一方的に信じすぎていたね。クラスメイトだったっていうだけで、ろくに話してなかった。彼がサッカー部だっていう事以外、特に何も知らなかった。それなのにホテルに誘われたからって、彼をいい人だと思い込んで全部信じて、挙げ句傷付いた私は〝面倒な女〟かもしれない」
「そんな事ない。騙した男がクソなんだよ」
文香が怒りを露わにする。
「ありがと。……でも、私も迂闊だった。恋愛偏差値が低かったから、さっさと処女を捨てちゃったほうが格好いいって思ってた。『痩せてちょっとはいけてる感じになった自分なら、男の子に需要があるのかも?』って思い上がって、冷静に物事を判断できなかったのもある」
自分が今の私らしくない、とてもネガティブな思考に陥っているのは分かる。
さっきの今で、すぐには戻り切れていないんだろう。
悪意をぶつけられ馬鹿にされると、心から尊厳も何もかもたやすく奪われる。
「ああやって直接ぶつけられるとキツいね」
ハハッと笑い、ちょっぴり涙が浮かんだのを指で拭う。
「昔は〝底辺〟だった存在がちょっと目立つようになったから、気に食わなかったのかな。〝底辺〟が自分と同じ位置で対等に話してきたから、『生意気』って思ったんだろうか」
それがどれだけ理不尽な事か、説明されなくても分かっている。
私がもともと痩せていて〝普通〟だったら、今日の同窓会だってほぼ言葉を交わさず終わっただろう。
「……っ、しんどい、ね。自分が当たり前の尊厳を持たない、〝底辺〟だって思い知らされるのって」
「……っ、優美……」
慎也が私の肩を抱き、こめかみにキスをしてきた。
「……見た目ってそんなに大事かな……っ、て、――ここまで必死にダイエットして、今でも鍛えてる自分が言える言葉じゃないけど……っ。もっと強い人なら、太っていてもどんな体型でも、幸せって思って、堂々としているんだと思う……っ」
私はとうとう、涙を零し始めた。
「今までの、私、全部、嘘! ……だったのかもしれない。……強くなれたって思えた自分は、まやかしで……っ」
「優美!」
ガタガタに自信喪失した私に、慎也が大きな声を掛ける。
「大丈夫だ! 〝今〟の優美は何も損なってない! 俺も正樹も、君が大好きで愛していて、来月は結婚する。文香さんも和人さんも、親友のままだ!」
力強い声に励まされ、しっかりとした腕に抱き締められる。
彼の腕に、私の頬から伝った大粒の涙が零れ落ちた。
反対側から、正樹も抱き締めてくる。
「優美ちゃん、クラスメイトって言っても〝友達〟じゃないんだ。進路の途中で学校が同じになっただけ。趣味や好きなものが同じで仲良くなった訳じゃない。挨拶をするだけのマンションの隣人にどう思われても、大した事ないでしょ?」
正樹の説明に、私は唇を引き結び、ズッと洟を啜って頷く。
「学校は、同じ組織内にいる他人とうまくやっていくための練習場だ。そこが本当につらければ、学校を出て勉強すればいい。それぐらい大した事のない場所なんだよ。学生時代の友達の名前だって、大人になれば忘れていく。僕だって、小学生低学年のクラスメイトの名前なんて覚えてないよ」
正樹は私の頭を撫で、しっかりとした声で言う。
いつもなら達観した口調でサバサバと言えたのに、今ばかりは落ち込んだ気持ちを誤魔化すような声でしか言えない。
私だって、本当は寄り道せず二人に出会いたかった。
でも、太っていたという過去がなければ、今の私はない。
痩せていたら十八歳の時に落ち込まず、ホテルの非常階段で二人に会っていなかった。
どんなにつらい出来事があっても、私は〝今〟に満足している。
それなら、今まで自分の身に起こったすべてを、必要な事だったと割り切らないといけない。
時々過去を思いだしてはモヤモヤしていた。
けれど基本的に私は、過去を受け入れ開き直って〝今〟を楽しもうとしていた。
でも残酷な事に、一番つらかった時期に関わっていた人と会うと、どうしても当時の感情や思い出に引っ張られる。
今の私のキャラなら、クラスの中心人物みたいな立ち位置になっていてもおかしくない。
それでもあの場で〝つい〟大人しくしてしまったのは、無意識に当時のスクールカーストに収まっていたのだろう。
……まぁ、結局は筋肉に物を言わせて黙らせたんだけど。
「優美ちゃん、傷付いてる?」
正樹に尋ねられ、私は「んー」と脚を伸ばして遠くの夜景を見る。
「……確かに、凄く嫌だった。裕吾を好きだった訳じゃないけど、嫌いでもなかったから、当時はちょっとドキドキしてたんだ。裕吾はクラスの中で目立つ男子のグループにいたけど、目立つタイプっていうより、彼らを見守ってる大人っぽさがあった。だから余計に、『この人は嫌な事をしない』っていう信頼感があったんだと思う」
私は溜め息混じりに笑い、続きを言う。
「『裏切られた』なんて言うには、一方的に信じすぎていたね。クラスメイトだったっていうだけで、ろくに話してなかった。彼がサッカー部だっていう事以外、特に何も知らなかった。それなのにホテルに誘われたからって、彼をいい人だと思い込んで全部信じて、挙げ句傷付いた私は〝面倒な女〟かもしれない」
「そんな事ない。騙した男がクソなんだよ」
文香が怒りを露わにする。
「ありがと。……でも、私も迂闊だった。恋愛偏差値が低かったから、さっさと処女を捨てちゃったほうが格好いいって思ってた。『痩せてちょっとはいけてる感じになった自分なら、男の子に需要があるのかも?』って思い上がって、冷静に物事を判断できなかったのもある」
自分が今の私らしくない、とてもネガティブな思考に陥っているのは分かる。
さっきの今で、すぐには戻り切れていないんだろう。
悪意をぶつけられ馬鹿にされると、心から尊厳も何もかもたやすく奪われる。
「ああやって直接ぶつけられるとキツいね」
ハハッと笑い、ちょっぴり涙が浮かんだのを指で拭う。
「昔は〝底辺〟だった存在がちょっと目立つようになったから、気に食わなかったのかな。〝底辺〟が自分と同じ位置で対等に話してきたから、『生意気』って思ったんだろうか」
それがどれだけ理不尽な事か、説明されなくても分かっている。
私がもともと痩せていて〝普通〟だったら、今日の同窓会だってほぼ言葉を交わさず終わっただろう。
「……っ、しんどい、ね。自分が当たり前の尊厳を持たない、〝底辺〟だって思い知らされるのって」
「……っ、優美……」
慎也が私の肩を抱き、こめかみにキスをしてきた。
「……見た目ってそんなに大事かな……っ、て、――ここまで必死にダイエットして、今でも鍛えてる自分が言える言葉じゃないけど……っ。もっと強い人なら、太っていてもどんな体型でも、幸せって思って、堂々としているんだと思う……っ」
私はとうとう、涙を零し始めた。
「今までの、私、全部、嘘! ……だったのかもしれない。……強くなれたって思えた自分は、まやかしで……っ」
「優美!」
ガタガタに自信喪失した私に、慎也が大きな声を掛ける。
「大丈夫だ! 〝今〟の優美は何も損なってない! 俺も正樹も、君が大好きで愛していて、来月は結婚する。文香さんも和人さんも、親友のままだ!」
力強い声に励まされ、しっかりとした腕に抱き締められる。
彼の腕に、私の頬から伝った大粒の涙が零れ落ちた。
反対側から、正樹も抱き締めてくる。
「優美ちゃん、クラスメイトって言っても〝友達〟じゃないんだ。進路の途中で学校が同じになっただけ。趣味や好きなものが同じで仲良くなった訳じゃない。挨拶をするだけのマンションの隣人にどう思われても、大した事ないでしょ?」
正樹の説明に、私は唇を引き結び、ズッと洟を啜って頷く。
「学校は、同じ組織内にいる他人とうまくやっていくための練習場だ。そこが本当につらければ、学校を出て勉強すればいい。それぐらい大した事のない場所なんだよ。学生時代の友達の名前だって、大人になれば忘れていく。僕だって、小学生低学年のクラスメイトの名前なんて覚えてないよ」
正樹は私の頭を撫で、しっかりとした声で言う。
10
お気に入りに追加
1,817
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡
雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる