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同窓会 編

当たり前の尊厳を持たない〝底辺〟

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「人生は変えられないもんね」

 いつもなら達観した口調でサバサバと言えたのに、今ばかりは落ち込んだ気持ちを誤魔化すような声でしか言えない。

 私だって、本当は寄り道せず二人に出会いたかった。

 でも、太っていたという過去がなければ、今の私はない。
 痩せていたら十八歳の時に落ち込まず、ホテルの非常階段で二人に会っていなかった。

 どんなにつらい出来事があっても、私は〝今〟に満足している。

 それなら、今まで自分の身に起こったすべてを、必要な事だったと割り切らないといけない。

 時々過去を思いだしてはモヤモヤしていた。
 けれど基本的に私は、過去を受け入れ開き直って〝今〟を楽しもうとしていた。

 でも残酷な事に、一番つらかった時期に関わっていた人と会うと、どうしても当時の感情や思い出に引っ張られる。

 今の私のキャラなら、クラスの中心人物みたいな立ち位置になっていてもおかしくない。

 それでもあの場で〝つい〟大人しくしてしまったのは、無意識に当時のスクールカーストに収まっていたのだろう。

 ……まぁ、結局は筋肉に物を言わせて黙らせたんだけど。

「優美ちゃん、傷付いてる?」

 正樹に尋ねられ、私は「んー」と脚を伸ばして遠くの夜景を見る。

「……確かに、凄く嫌だった。裕吾を好きだった訳じゃないけど、嫌いでもなかったから、当時はちょっとドキドキしてたんだ。裕吾はクラスの中で目立つ男子のグループにいたけど、目立つタイプっていうより、彼らを見守ってる大人っぽさがあった。だから余計に、『この人は嫌な事をしない』っていう信頼感があったんだと思う」

 私は溜め息混じりに笑い、続きを言う。

「『裏切られた』なんて言うには、一方的に信じすぎていたね。クラスメイトだったっていうだけで、ろくに話してなかった。彼がサッカー部だっていう事以外、特に何も知らなかった。それなのにホテルに誘われたからって、彼をいい人だと思い込んで全部信じて、挙げ句傷付いた私は〝面倒な女〟かもしれない」

「そんな事ない。騙した男がクソなんだよ」

 文香が怒りを露わにする。

「ありがと。……でも、私も迂闊だった。恋愛偏差値が低かったから、さっさと処女を捨てちゃったほうが格好いいって思ってた。『痩せてちょっとはいけてる感じになった自分なら、男の子に需要があるのかも?』って思い上がって、冷静に物事を判断できなかったのもある」

 自分が今の私らしくない、とてもネガティブな思考に陥っているのは分かる。
 さっきの今で、すぐには戻り切れていないんだろう。
 悪意をぶつけられ馬鹿にされると、心から尊厳も何もかもたやすく奪われる。

「ああやって直接ぶつけられるとキツいね」

 ハハッと笑い、ちょっぴり涙が浮かんだのを指で拭う。

「昔は〝底辺〟だった存在がちょっと目立つようになったから、気に食わなかったのかな。〝底辺〟が自分と同じ位置で対等に話してきたから、『生意気』って思ったんだろうか」

 それがどれだけ理不尽な事か、説明されなくても分かっている。
 私がもともと痩せていて〝普通〟だったら、今日の同窓会だってほぼ言葉を交わさず終わっただろう。

「……っ、しんどい、ね。自分が当たり前の尊厳を持たない、〝底辺〟だって思い知らされるのって」

「……っ、優美……」

 慎也が私の肩を抱き、こめかみにキスをしてきた。

「……見た目ってそんなに大事かな……っ、て、――ここまで必死にダイエットして、今でも鍛えてる自分が言える言葉じゃないけど……っ。もっと強い人なら、太っていてもどんな体型でも、幸せって思って、堂々としているんだと思う……っ」

 私はとうとう、涙を零し始めた。

「今までの、私、全部、嘘! ……だったのかもしれない。……強くなれたって思えた自分は、まやかしで……っ」

「優美!」

 ガタガタに自信喪失した私に、慎也が大きな声を掛ける。

「大丈夫だ! 〝今〟の優美は何も損なってない! 俺も正樹も、君が大好きで愛していて、来月は結婚する。文香さんも和人さんも、親友のままだ!」

 力強い声に励まされ、しっかりとした腕に抱き締められる。
 彼の腕に、私の頬から伝った大粒の涙が零れ落ちた。

 反対側から、正樹も抱き締めてくる。

「優美ちゃん、クラスメイトって言っても〝友達〟じゃないんだ。進路の途中で学校が同じになっただけ。趣味や好きなものが同じで仲良くなった訳じゃない。挨拶をするだけのマンションの隣人にどう思われても、大した事ないでしょ?」

 正樹の説明に、私は唇を引き結び、ズッと洟を啜って頷く。

「学校は、同じ組織内にいる他人とうまくやっていくための練習場だ。そこが本当につらければ、学校を出て勉強すればいい。それぐらい大した事のない場所なんだよ。学生時代の友達の名前だって、大人になれば忘れていく。僕だって、小学生低学年のクラスメイトの名前なんて覚えてないよ」

 正樹は私の頭を撫で、しっかりとした声で言う。
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