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五十嵐と再会 編

〝変わる〟ってとてもエネルギーのいる事だ

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「いや、私は寝てたのに、悪いなーと思って。何となくキッチンであれこれやるの、私の役目みたいに思っているところがまだある。二人が自発的にやってくれてるんだって分かってても、申し訳なさがあるんだよね」

「ま、実家で男性陣があまり台所に立ってなかったなら、そう思って当たり前じゃないか?」

 隣に座った慎也が言う。
 正樹はキッチンに立ったまま言う。

「優美ちゃんの美点は『ごめん』より『ありがとう』って言えるトコでしょ。それに僕ができる家事は限られてるから、ホントにこれぐらいはやらせて」

 正樹は明るくてふざけているから、とても甘くて優しい人に思える。

 けれど時々きっぱりと一刀両断してくれるので、普段とのギャップに驚かされる事もある。
 ふざけモードが連続して油断していた時に言い切られると、ピリッとくるんだよな。

 そこが好きなんだけど。

「ありがとう。そう言ってくれる正樹が好きだよ」

 お礼を言うと、キッチンで彼がニッコリ笑った。

「〝お詫び〟がほしい時もあるけどね~」

 あ、はい。それは分かってます……。

 やがて香りのいいお茶が運ばれてきて、ケーキをいただく。

「五十嵐さん、大丈夫そう?」

「大丈夫なんでない? さっき会った感じだと、本気で心を入れ替えたみたいだし、悪縁をスッパリ切って新しい環境で一からやり直すなら、まだまだ修正がきくと思う」

「確かに、二十代半ばならまだいけるだろ。頭が固くなった年齢だと、生き方の根本から変えるのは難しいかもしれないけど」

 慎也が同意する。

 確かに、年齢が上になるほど「価値観を変えて」って言っても、多分無理だもんなぁ。

 昭和気質な男性が、死ぬまで自分で料理を作らないとか、チラホラ聞く。
 定年を機に蕎麦打ちに凝り始めたとか、新しい事を始めようと思える人は、変われる可能性がある人なんだなと思う。

 けど、〝変わる〟ってとてもエネルギーのいる事だ。

 人って、毎日決まった事を繰り返すのが楽だし。
 そしてほとんどの人は、楽をしたいと思ってしまうものだ。

 五十嵐さんにも言ったけれど、急に全部変わろうとしたら大変だから、手の届くところから少しずつ頑張っていけたらいいな、と思っている。

「優美ちゃんは?」

 正樹に問われ、私はムグムグと口を動かしながら目を瞬かせる。

「ん?」

「もうちょっと慎重に動けるよう、直せる?」

 モグ……、と口を止め、私は冷や汗を垂らす。

「あー、違うよ。もう怒ってない。ただ、どうやって意識を変えていけるか、話し合えたらって思って」

 正樹は自分用に買った、コーヒービーンズを使った、甘みの少ないチョコレートをコリコリ囓っている。

「改善していきたい。けど、緊急の時ってどうしたらいいだろうね?」

 謝罪が必要なシーンではないと理解して、とっさに「ごめん」と言いかけてやめた。

「とりあえず、すぐ電話じゃないか? 仕事中でも何でもいいから、緊急なら電話」

「ん……」

 慎也に言われ、小さく頷く。

「防犯ベルとかも持っとく? 護身術できるから大丈夫じゃなくて、そういう間合いになる前に、でっかい音でビビらせて、逃げたほうが安全でしょ」

「確かに、それはあるかも」

 正樹の言葉にも同意する。

「よし、じゃあ何か普段つけてても違和感ない、可愛いタイプの防犯ベル探しておこっか」

「分かった。ありがとう」

 それでもう、この話題も終わりだと察した。

「正樹。それで相手の男の連絡先は分かった訳?」

 慎也が本題を切り出し、私はギクリとする。

「勿論、バッチリ! もう秘書と弁護士に動くよう言ってある。そのうち青くなって連絡してくるんじゃないかな。ま、五十嵐が無事逃げおおせるまでは、表沙汰にしないつもりだけど、水面下では動いてもらってる」

 彼は明るく言って、ぐっとサムズアップする。

 ああああ……。

 いや、もう任せるしかないか。

〝私〟が殴られた以上、家族になる彼らが怒るのは当たり前で。
 もう自分一人の問題って思ったら駄目なんだ。

 いやしかし、挑発して殴るよう仕向けたのは私であって……。ああああ……。

 そんな負い目もあるので、白状しておく事にした。

「『ヒョロい兄ちゃん相手なら勝てる』と思ったけど、私が先に手を出したら傷害罪になるから、先に殴られるよう煽ったんだよね」

 パーソナルジムで鍛える他、追い込みをかける時はキックボクシングのジムにも行っている。

 その時、素質があると思われたのか、トレーナーさんに「大会出てみたら?」とも言われた。
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