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五十嵐と再会 編
あなたが私の人生のすべてじゃない
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お酒が入ったので遅くまで寝てしまうかと思ったけど、七時ぐらいに目が覚めた。
水を飲もうとキッチンに向かうと、五十嵐さんがリビングのソファにぽつんと座って、窓の外の景色を眺めていた。
「おはよ」
声を掛けても、彼女は黙ったままだ。
私がキッチンに立って水を飲んだ頃、遅れて「おはよう」と返事をしてくれた。
「座っていい?」
「私の家じゃないし」
「そうだね。私の家でもないや」
コの字型になっているソファは広いので、私は十分なスペースを空けて座った。
「具合悪くない?」
「少し頭痛いけど、それほど」
「あとで鎮痛剤もらいなよ。でも空きっ腹に入れたらダメだから、ご飯食べてからね」
五十嵐さんはそれには返事をせず、しばらくしてから溜め息をついた。
「……私の事、憎くないの?」
「え? あー……」
そりゃあ、色々されたけど……。
「……あのさ、気を悪くしないで聞いてくれる?」
「うん」
「正直、ムカついた。でも私の人生で、五十嵐さんって大きい存在じゃないんだよね。私の人生の主役は私で、サブに家族や恋人、親友がいる。他にも登場人物が大勢いる。通りすがったモブに引っかき回されたぐらいじゃ、揺るがないんだよ。私にはそう思える芯がある。あなたが私の人生のすべてじゃない」
彼女はまた溜め息をつく。
「この世の真理を言うと、悪口って言われてるほうが主人公で、言っているほうは脇役なの」
「相手にする間もない小物だったっていう事?」
五十嵐さんは腕組みをする。
「過小評価してる訳じゃないし、当時は結構ムカついた。でも、五十嵐さんの事をずーっと気にして、あなたの事ばっかり考えて生きるか? って言われたら、やだよ。仕事があるし、トレーニングしたいし、恋人や親友と楽しく過ごしたい。いつまでもネチネチと過去の事を引きずって、同じ場所で怒っていたくないの。そんなの、気持ち悪いじゃん」
気持ち悪いと言ったからか、五十嵐さんは黙り込む。
「だってさ、起こってしまった事ってどうにもならない。五十嵐さんが心変わりしても、嫌な事をされた過去は変わらない。怒っても泣いても笑ってても同じなら、楽しい事したほうがいいでしょ」
「……腹立つ女」
「あらら」
そう言うけれど、五十嵐さんからはまったく悪意を感じない。
ぼんやりしていて、とても〝素〟になっているように見える。
「あんたみたいに生きられたら良かった」
呟いた五十嵐さんは、自分の人生を振り返っているようだった。
「私、もとからこんなんじゃなかったよ。太ってた時は、すっごい卑屈だった」
言った時、初めて五十嵐さんがこちらをチラッと見た。
「周りに迷惑を掛けてると思ったし、恥ずかしかった。でも最高のパーソナルトレーナーさんに出会って、メンタルの根本から叩き直されたんだ」
「それで、そんなポジティブの化け物になったの?」
「あはは! ポジティブオバケいいね!」
私はケラケラと笑い、彼女に向かってグッとサムズアップした。
「考えてみなよ。常に人を気にして、恨んで、妬んで、怒って、悪口言ってばっかりの人と友達になりたい?」
それに彼女は答えない。言われなくても分かる。
「人間だもん、不満や愚痴は抱えていてもいいよ。心の中でなら、どんな感情を持ってもいい。家族や信頼できる友達になら、言葉にしてもいい。けど、言い過ぎたら皆嫌になる。『あぁ、この人はいつも怒ってばっかりで、他人を気にして悪口ばっかり言ってるな』って思われる。そんな事をしていたら、どれだけ仲のいい友達でも距離を取られるんだよ。無償で我慢してくれるのは親だけ。大人なんだから、不満があっても我慢するか、自分でコントロールしないと駄目」
五十嵐さんは息をつき、ソファの上で膝を抱える。
「怒りちらして怒鳴って、それで相手が言う事を聞くと思っていたら大間違いだよ。それは赤ちゃんのコミュニケーション。社会の中にそういう人は大勢いるけど、怒鳴って言う事聞かせようとしている人を見て、見習いたいって思わないでしょ?」
彼女は少し黙ったあと、口を開く。
「私の周りには、あんたみたいな人いなかった。そういう事を教えてくれる人もいなかった」
「うん。環境はあるよね。肯定してくれる人がいる私は幸運だった。でも、五十嵐さんだって〝今〟気付けたなら、これから変わっていけるよ」
「そんなすぐ、いい人間になれない」
「すぐ善人になれたら、とっくのとうに世界は平和になってるよ」
あははっ、と笑い、私はソファの上で胡座をかく。
水を飲もうとキッチンに向かうと、五十嵐さんがリビングのソファにぽつんと座って、窓の外の景色を眺めていた。
「おはよ」
声を掛けても、彼女は黙ったままだ。
私がキッチンに立って水を飲んだ頃、遅れて「おはよう」と返事をしてくれた。
「座っていい?」
「私の家じゃないし」
「そうだね。私の家でもないや」
コの字型になっているソファは広いので、私は十分なスペースを空けて座った。
「具合悪くない?」
「少し頭痛いけど、それほど」
「あとで鎮痛剤もらいなよ。でも空きっ腹に入れたらダメだから、ご飯食べてからね」
五十嵐さんはそれには返事をせず、しばらくしてから溜め息をついた。
「……私の事、憎くないの?」
「え? あー……」
そりゃあ、色々されたけど……。
「……あのさ、気を悪くしないで聞いてくれる?」
「うん」
「正直、ムカついた。でも私の人生で、五十嵐さんって大きい存在じゃないんだよね。私の人生の主役は私で、サブに家族や恋人、親友がいる。他にも登場人物が大勢いる。通りすがったモブに引っかき回されたぐらいじゃ、揺るがないんだよ。私にはそう思える芯がある。あなたが私の人生のすべてじゃない」
彼女はまた溜め息をつく。
「この世の真理を言うと、悪口って言われてるほうが主人公で、言っているほうは脇役なの」
「相手にする間もない小物だったっていう事?」
五十嵐さんは腕組みをする。
「過小評価してる訳じゃないし、当時は結構ムカついた。でも、五十嵐さんの事をずーっと気にして、あなたの事ばっかり考えて生きるか? って言われたら、やだよ。仕事があるし、トレーニングしたいし、恋人や親友と楽しく過ごしたい。いつまでもネチネチと過去の事を引きずって、同じ場所で怒っていたくないの。そんなの、気持ち悪いじゃん」
気持ち悪いと言ったからか、五十嵐さんは黙り込む。
「だってさ、起こってしまった事ってどうにもならない。五十嵐さんが心変わりしても、嫌な事をされた過去は変わらない。怒っても泣いても笑ってても同じなら、楽しい事したほうがいいでしょ」
「……腹立つ女」
「あらら」
そう言うけれど、五十嵐さんからはまったく悪意を感じない。
ぼんやりしていて、とても〝素〟になっているように見える。
「あんたみたいに生きられたら良かった」
呟いた五十嵐さんは、自分の人生を振り返っているようだった。
「私、もとからこんなんじゃなかったよ。太ってた時は、すっごい卑屈だった」
言った時、初めて五十嵐さんがこちらをチラッと見た。
「周りに迷惑を掛けてると思ったし、恥ずかしかった。でも最高のパーソナルトレーナーさんに出会って、メンタルの根本から叩き直されたんだ」
「それで、そんなポジティブの化け物になったの?」
「あはは! ポジティブオバケいいね!」
私はケラケラと笑い、彼女に向かってグッとサムズアップした。
「考えてみなよ。常に人を気にして、恨んで、妬んで、怒って、悪口言ってばっかりの人と友達になりたい?」
それに彼女は答えない。言われなくても分かる。
「人間だもん、不満や愚痴は抱えていてもいいよ。心の中でなら、どんな感情を持ってもいい。家族や信頼できる友達になら、言葉にしてもいい。けど、言い過ぎたら皆嫌になる。『あぁ、この人はいつも怒ってばっかりで、他人を気にして悪口ばっかり言ってるな』って思われる。そんな事をしていたら、どれだけ仲のいい友達でも距離を取られるんだよ。無償で我慢してくれるのは親だけ。大人なんだから、不満があっても我慢するか、自分でコントロールしないと駄目」
五十嵐さんは息をつき、ソファの上で膝を抱える。
「怒りちらして怒鳴って、それで相手が言う事を聞くと思っていたら大間違いだよ。それは赤ちゃんのコミュニケーション。社会の中にそういう人は大勢いるけど、怒鳴って言う事聞かせようとしている人を見て、見習いたいって思わないでしょ?」
彼女は少し黙ったあと、口を開く。
「私の周りには、あんたみたいな人いなかった。そういう事を教えてくれる人もいなかった」
「うん。環境はあるよね。肯定してくれる人がいる私は幸運だった。でも、五十嵐さんだって〝今〟気付けたなら、これから変わっていけるよ」
「そんなすぐ、いい人間になれない」
「すぐ善人になれたら、とっくのとうに世界は平和になってるよ」
あははっ、と笑い、私はソファの上で胡座をかく。
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