上 下
162 / 539
イギリス 編

これ、六百円少しなんだ

しおりを挟む
 ただ、人の繋がりとか、気の合う人との邂逅っていつあるか分からないので、気が向いた時に社交の場に向かうのはありかな、と思う。

 気分転換にもなるしね。

 そんな事を思いながら、私はシートをリクライニングさせて映画のメニューを見る。
 ……やっぱタダで新作見られるっていったら、気になっちゃうのよ……。

 パーティションの外も静かになってきたかな~? と思っていた頃、トントンとパーティションがノックされる。

「ん?」

 ヘッドフォンを外して顔を上げると、慎也が立ってヒラヒラと手を振っている。

「なに?」

 少し声量に気を付けて問いかけると、彼がボックスの中を覗き込んでくる。

「ちょっといい? 飛行機の上でまったり話す時間ぐらい、あってもいいかな? とか」

「うん……。いいけど……」

 なんだろ?

 そう思って頷くと、慎也は可動式のテーブルを動かし、オットマンに腰掛けた。
 なるほど、こうやって向かい合って座れるのか。

 慎也は私の向かいに座り、長い脚を私の足に交差させるようにして、少し伸ばす。

 彼はもうパジャマに着替えている。
 シンプルなスウェット上下なんだけど、スタイルがいいし顔もいいから、何を着ても似合うんだよな……。

「優美に、これをプレゼントしたいと思って」

「ん?」

 そう言って慎也が手渡してきたのは、正方形の箱だ。
 薄めのそれは、タオルハンカチとかが入るアレかな? という印象だ。

「ありがとう。開けてもいい?」

「どうぞ」

 ベージュ色の包装紙にオレンジのリボンが掛けられているそれを、私はカサカサ開けていく。
 重みもないし、今回はジュエリー的なアレではない。

「おお……」

 中から出てきたのは、やっぱりタオルハンカチだ。
 薄いベージュ色の無地に、刺繍で〝Y〟とついているのは、私のイニシャルだろう。
 タオルで有名な某市のブランドの物らしく、特徴的な色合いのタグがついていた。

「ありがとう! 普段使いできるね」

 こういういつも使えるプレゼントが、実は一番嬉しい。

 笑顔でお礼を言うと、慎也は心底嬉しそうな顔をした。

「良かった……」

 その表情は、例の物凄いネックレスをプレゼントした時より、ずっと嬉しそうだ。

 何か特別な思い入れでもあるのかな?
 普段、お手頃価格のプレゼントとかしないから、ニーズにマッチしているか、緊張していたのかな?

 そう思っていると、慎也が口を開く。

「これ、六百円少しなんだ」

「うん? うん。ありがとう。嬉しいよ」

 値段を明かされても、私は特にガッカリしない。

 ただ「慎也の様子がいつもと違うな」と感じているので、そちらが気になっていた。

 値段の安い物がどうこうじゃなくて、このプレゼントを渡した上での彼の改まった様子に、「何かあるな」と感じている。

「……五百円って聞いて、何かピンとくる?」

「え? あー……」

 そういう尋ねられ方をされると、「どっかでお金借りたっけ? 貸したっけ?」という思考になる。
 けれど覚えている限り、慎也は私にお金で借りを作る人じゃない。
 逆に彼がお金を出す時は基本的に奢りなので、「あとで返してほしい」なんて言わない。

「体で返して」って言われてエッチな目に遭う事は沢山あるけど……。

 勿論、「割り勘にしていい?」とか言われたら全然OKだけど、前例がないので、ちょっとプチ混乱していた。

「……ご、ごめん……。ちょっと思いだせない」

 白状したけれど、慎也は特にガッカリしなかった。

「うん。そうだと思った」

 諦めたように、けれどどこか晴れ晴れと微笑むので、私はいっそう分からなくなる。

「優美に再会した時……。俺がまだ大学生で、街角でご年配の方を助けた時の」

「ああ、うん」

「あの時、優美、俺に『これでジュースでも飲んで』って言って、五百円くれただろ?」

「あ!」

 私は一気に当時の事を思い出し、少し大きな声を上げてから、とっさに両手で口を覆って周囲を気にする。
 そんな私を見て、慎也は微笑む。

「あの時の五百円、ずっと取っていたんだ」

「え……。えぇえ……。ジュース飲まなかったの?」

「飲まなかった。っていうか、缶ジュースに五百円もしないよ」

「いやいや、すぐに出るのあれしかなかったし……」

 いやー、そっか。

 当時の事を思い出して、少し照れくさい気持ちにもなるけれど、ちょっと嬉しくもある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡

雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...