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利佳 編

正樹と利佳の結婚生活

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 そのあと彼はまた横臥した姿勢に戻り、一つ息をつく。

「お見合いの時点から、合わなかったんだ。理由は話した通り、僕自身の問題からだった。色んな事がありすぎて、自分が普通に一人の女性を愛して、幸せな家庭を築き、子供を作るなんて想像できなかった。だから初めから、僕は結婚に乗り気じゃなかった」

 正樹はシーツの上に広がっている、私のロングヘアを何とはなしに撫でる。

「最初、利佳は家柄や見た目を気に入って、とても好意的に接してくれた。だからこそ、〝そういう部分〟に魅力を感じるんだなと思って、僕の心はさらに離れた」

 長い指に私の毛先を絡め、正樹は溜息をつく。

「親同士としては、企業としての旨みがあったんだろうね。両家の雰囲気はとても和やかで、僕一人が浮いている感じだった。慎也も『本当にこれでいいのか?』って聞いてきたけど、僕自身、他に手段がなかった。まさか、複数プレイにしか興奮できない、クズ野郎ですなんて言えないし」

「……そういう言い方、しないで」

 私は正樹の胸板に手を押し当てる。
 正樹は微かに笑い、言葉を続けた。

「利佳はお嬢様育ちで、料理教室に通ったのは勿論、お茶やお花、そういう〝お嬢様〟的な習い事は完璧だった。身につける物はブランド物か、有名作家による着物。移動は常に高級車での送迎。通った学校も、エスカレーター式のお嬢様学校。筋金入りだよ」

 凄いな、と思って私は息をつく。

「僕の知る限り、そういう道を辿った子って、とてもおっとりしてて『金持ち争わず』を体現したような性格が多かった。でも、利佳も結婚して家庭を持って、周りと比べてしまうようになったんだろうね。女子会して友達から結婚式や結婚生活について『誰それはこうだった』っていう話を聞いたり、女優や海外セレブの例まで持ちだされて、果てしない憧れ、理想ができたんだと思う」

 正樹は無意識に溜め息をついた。

「結婚式も披露宴も、とにかく盛大なものにしたよ。彼女は幸せそうで、僕は『良かったね』と思ってた。僕は結婚式にこだわりはなかったから、彼女にすべて任せていた。新婚旅行はフランスに行って、……まぁ、普通に過ごしたよ」

 下世話かもしれないけれど、彼が利佳さんをどんな風に抱いたのか知りたくて、私は正樹の胸板に当てた手に少し力を込める。

 それを察したのか、正樹が夜の生活について話す。

「まぁ、普通にセックスできたよ。ノリノリではなかったけど、女の子は好きだし、彼女も気合いの入った下着を着てくれた。普通に興奮したし、普通にできた。それだけ」

 自分で聞きたがったのに、私は正樹と利佳さんが愛し合っている姿を想像して、つらくなってしまった。

 そんな私の頭を、正樹はポンポンと撫でてくる。

「利佳は結婚当初、僕をとても愛してくれた。おはようのキスから始まって、SNS映えしそうな食事を作ってくれた。僕は穏やかに対応して、仕事に行って彼女が求めてたら抱いて、生理で不調そうだったらとても優しくした。彼女の話に優しく相槌を打って、望まれれば高額な物も買ってあげた。友達とのランチも旅行も、何もかも好きにさせてあげた。彼女は毎日楽しそうだったよ」

 絵に描いたような幸せそうな結婚生活なのに、正樹の声には惜しむような感情がない。
 ただ、遠くなる景色を淡々と伝えている感じだ。

「〝理想の旦那様〟を完璧に演じていたつもりだったんだけどなぁ……。やっぱり、女性は鋭いね。ある日突然、『私の事、愛してる?』って聞かれたんだ。勿論『愛してるよ』と答えたけど、彼女は納得していないし不服そうだった。面倒が起こるのが嫌だから、僕は他に女なんて作らなかったし、〝理想の旦那様〟のお手本みたいな生活を送ってた。……滅茶苦茶つまらなかったけどね」

 ハハッと正樹は乾いた笑いを漏らす。

「……でも利佳はだんだん面倒臭い女になっていった。何かあると、しつこく『私の事、愛してる?』って確認してきた。よく分からないけど、彼女の友達がラブラブ夫婦だったのかな? アーリーモーニングティーをしろだの、サプライズでディナーを用意しろだの、BBQパーティーを開いてホストとして格好いいところを見せてほしいだの……。僕、キッチン周りは苦手だって、結婚前に言ったはずなんだけどね。お茶ぐらいなら淹れてやったけどさ」

 ……かなり、それは……。面倒だな。

 たまにのおねだりならいいけど、相手の厚意があってこそだ。

「してほしい」ばかりを押しつけると、どんなに好意を持ってる相手でも負担に思われる。
 それに対し、自分は何を提供できるのかを、きちんと考えなければ関係は破綻する。

 世の中にはギバーと呼ばれる、与えるばかりの人はいるけれど、ほとんどの人はギブ&テイクのバランスが取れている事を望んでいる。
 一方的に与えて見返りを求めない人は少ない。
 逆に自分は何も与えず、人に求めてばかりのテイカーは、よほどおねだり上手でなければ嫌われやすい。

 だから私は、正樹が嫌になった気持ちを理解した。

「僕は『仕事はするから家の事は任せたい』っていうスタンスだった。昭和の男みたいに家事を全部やれなんて言わないし、彼女が働くなら家政婦さんを雇うつもりだった。『手伝って』って言われたら、強力する気持ちもあった。ただ、僕は家事オンチだから、言われないと何をしたらいいか分からないんだ。けど、利佳は『手伝って』と一回も言わなかった。無言で怒ってすべてを一人でやって、『私って家政婦みたいだね』って言う。家事をしたくないなら、家政婦さんを雇うって言えば、『違う』って言われる。『どうしてほしいの?』って聞いても『自分で考えて』って言う」

 彼の話を聞いて、よくあるすれ違いに思えた。
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