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文香&和也とお茶 編

気づかなかったの?

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 結婚生活についても、正樹の事はとりあえずまだ伏せている。

 母親って鋭いものだから、いつか何か聞かれるかもしれない。
 その時、話す必要があったら正直に打ち明ける。
 でも私の家族たちは、私が幸せなら強く反対しない……と信じている。

「私、痩せようと思ったきっかけが、ゆうちゃんの結婚式だったじゃない」

 料理を食べている途中、私はあの事を話そうと思ってそう言った。

「ああ、そうそう。途中でいなくなったから何事かと思ったら、何だかやる気に満ちあふれて戻ってきたわね。それで『私、絶対痩せる!』って言って、本当にやり遂げるんだからびっくりしちゃった」

 美味しいご馳走を食べてご機嫌になったお母さんが、あの時の事を思いだして頷く。

「あの時、非常階段で話を聞いてくれた兄弟がいたって言ったでしょ? あれ、慎也と彼のお兄さんの正樹さんだったの」

「えぇっ!?」

 まさかの事に、家族全員が声を上げて慎也を見た。

「それって、優美はE&Eフーズで慎也さんが後輩になって、気づかなかったの?」

 当然の事を尋ねられ、私は苦笑いする。

「うん、そりゃあね……。当時の慎也は高校生だったけど、あの頃から顔立ちが整っていて、新入社員として挨拶した時に『あ!』って思った。それで先輩後輩の仲になったけど、〝あの時のデブ〟って思われるのが恥ずかしくて、言いだせなかった。やっぱり恥ずかしかったんだ。泣いて、みっともない姿を見せてしまった訳だし」

「みっともないなんて言うなよ。俺は決してそう思わない」

 慎也がそっと背中をさすってくれ、私は微笑む。

「ありがとう。でもやっぱり、あの頃の私は劣等感の塊だったから、今は吹っ切れてるように見えても〝黒歴史〟だったんだろうね。太っていた頃の私を知っている友達に会って、『痩せたね』『変わったね』って言ってもらえるのは嬉しい。社会人になってこの体型がスタートで出会った人に、『昔はこうだったんだ』って言うのも笑い話とか、ダイエットに成功した勲章みたいなノリで言える」

 私は茶碗蒸しを食べていた木の匙を、手持ち無沙汰に弄る。

「でも……、言ってしまえば彼ら二人は私の憧れで、初恋の人だった。男の子なのに私をデブキャラじゃなくて、一個人として扱ってくれた。尊重してもらえて、凄く嬉しかったの。憧れの人だったからこそ、今の私が『元から〝強い女〟でバリバリやってます』っていう風に振る舞っているのを見られるのが、恥ずかしかったんだと思う。……今の私が仮面を被っているのを知っている人っていうか、んー、うまく言えないけど」

 そう言うと、慎也も何となく気持ちは察したのか、一応納得したようだった。

「慎也さんは、優美がホテルで会った女の子だって分かってたの?」

「いえ……。お恥ずかしながら、とてもお綺麗に変わっていたので、同一人物だとは分かりませんでした。初めて知った時は、本当に驚いて……。同時に、僕たちの何気ない励ましで彼女がここまで奮起したのだと思うと、感動して惚れ直しました」

「そう……」

 慎也の返事を聞いて、お母さんは満足げに笑った。

「この子、頑張り屋でしょう? 皆、一番はやっぱりここまでダイエットを成功させた事を評価しているけど、昔からやると決めた事には熱中して、やり遂げる子だったのよね。何気ない事だけど、町内会のゴミ拾いでも最後まで残って袋が一杯になるまでゴミを拾い続けていた。昔から素質はあったのよ」

「あはは、そんな大げさな。お天気良かったし、ゆっくり歩きながらゴミ拾って、綺麗になっていくのが気持ちよかっただけだよ」

 私は照れくさくなって笑ってごまかし、茶碗蒸しの続きをツルンと食べる。
 その時、お祖母ちゃんが口を開いた。

「努力って、人は注目しないからねぇ。プールで潜水して進んでいるようなものよ。皆が見えるのは、水面上のものだけ。〝氷山の一角〟という言葉もあるけれど、見えない所で努力し続けて、気がついたら築き上げたものが大きくなっていたっていう人ほど、大成するのよ。他人のそういうところを、評価したい人になりたいものね」

「確かにそう思います」

 私は不意に五十嵐さんや佐藤さんを思いだして、曖昧に笑った。

 きっと彼女たちは、私がもともと痩せていて自信に溢れていて、営業成績ももとからいいように感じていたんだろうな、と思う。

 太っていてめちゃくちゃ頑張ってダイエットしたし、エースと呼ばれるまで先輩に色んな事を教えてもらって、会話術やら何やら、役に立ちそうな本があったら片っ端から読んだ。

 だから今の〝折原さん〟は、ある程度後付けされた人格とも言える。

 何も知らない人から見れば、さぞ華やかで皆に好かれている人に見えるんだろうな、と思う。

 けれど人の過去に色々あったかもしれないと思わず、目に見える部分だけで判断するのは、想像力の欠如だと思う。

 私も、彼女たちを反面教師にして、人の見た目や社会的地位とかですべてを判断しないようにしたいな、と改めて思うのだった。

「二人は運命の出会いを果たしたのね」

 少女漫画が大好きなお祖母ちゃんがのんびりと言い、私は「もー」と照れ笑いする。

 そのあとも、食事会は和やかに進み、うちの家族への結婚報告は無事に終わった。



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