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箱根クリスマス旅行 編
彼女みたいになりたい
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五年前、大学三年生の時、俺は勉強はまじめにやってたものの、将来について他の友人ほど焦っていなかった。
就職については「親父の会社に入ればいいかな」と思っていた。
今思えば、ただ恥ずかしい。
E&Eフーズを辞めた現在、結果的に親の会社に入る事になった。
だが今は大学生当時とは真逆で、周囲から教えを請い、真剣に取り組んでいこうと思っている。
とはいえ、二十歳過ぎの時の俺は世の中を舐めていた。
そして大学三年生の初夏、俺はE&Eフーズから一駅離れた所で、当時二十三歳の優美に会っていた。
夕方、俺は講義を終えてラーメンを食べたあと、次に入りたい飯屋を物色していた。
そんな中、杖をついて足を引きずっている女性を見て「大変そうだな」と思った。
そうしたら、パンツスーツにビジネス用のパンプス姿の優美が、「お困りではありませんか?」と女性に声を掛けたのだ。
優美はしばらく女性と話していたけれど、何かを決めたあと、先に上司らしき人に電話を掛け、事情を話した。
そして女性の行き先を確認したあと、彼女をおんぶしようとしたもんだから、俺は慌てて声を掛けた。
『大丈夫ですか!? 手伝います!』
『ありがとう! でも大丈夫!』
キリッとした表情に、自分が決めた事はきちんと責任を負うという雰囲気、気迫。
彼女の性格が、言葉を交わした一瞬ですべて伝わった気がした。
全身にビリッと電気が走ったように感じられたあれは、紛れもなく一目惚れだった。
五月の暑い日で、彼女も営業帰りで汗だくに見えた。
けれど人助けをすると決めたら覆さないという、その気高さに心が震え、魂ごと持っていかれた。
大勢の人が老婦人の姿を目にしたのに、見なかったふりをして通り過ぎていた。
そして、俺もその一人だった。
けれど優美だけは彼女が困っていると分かり次第、すぐに声を掛けた。
圧倒的に、人格の出来が違うと思い知らされる。
――久賀城家の息子で、将来は会社のいい役職に就くだろうから、俺は人とは違う。
慢心があったのを、優美の姿を見て思い知らされた。
――俺は何も〝凄い〟人じゃない。
――俺を取り巻く環境や、父や親族が頑張ったものに、ただぶら下がっているだけだ。
――俺個人は、まったく偉くない。
――困っている人を見ても通り過ぎようとした、その辺の人と一緒だ。
老婦人に迷いなく声を掛けた優美を見た瞬間、全身が火照るように熱くなり、恥ずかしくなって赤面した。
そして今からでも間に合うのではと思って、慌てて声を掛けたのだ。
『あなたより俺のほうが力がありますから、俺が背負います』
そう言って、俺は女性をおんぶした。
行動に出たのは、自分が正しいと思った道をまっすぐ進む彼女に、少しでも近付きたいと思ったからだ。
俺は何をやっても人並み以上にでき、「このままだと人生つまらないな」なんて思っていた。そんな自分が恥ずかしくて堪らない。
俺は彼女のように汗にまみれ、自らの手と足を動かしていない。
守られた場所から、世界を見下ろして分かったつもりになっていただけだ。
――恥ずかしい。
――彼女みたいになりたい。
生まれて初めて、身を焦がすような焦燥感に駆られた。
老婦人を背負うと、汗を掻いた背中に女性の体温が重なり、さらに暑く感じる。
けれどそれを、彼女が請け負おうとしていたのだと思うと、男としてしっかりしなければと思った。
『ありがと! 二区画移動するけど、付き合ってくれる?』
老婦人の荷物を持った優美は、サバサバとした口調で話し掛けてくる。
大学で俺の周囲にいる女子学生たちは、いつも俺の機嫌を伺い、少しでも好かれたいという下心が透けて見えている。
友達づきあいしている子でも、「私は友達だから、安心して」という顔をしながら、特別扱いされるのを望んでいるのも分かっていた。
だからまったく態度を変えず、〝通行人A〟として扱われたのは新鮮だった。
就職については「親父の会社に入ればいいかな」と思っていた。
今思えば、ただ恥ずかしい。
E&Eフーズを辞めた現在、結果的に親の会社に入る事になった。
だが今は大学生当時とは真逆で、周囲から教えを請い、真剣に取り組んでいこうと思っている。
とはいえ、二十歳過ぎの時の俺は世の中を舐めていた。
そして大学三年生の初夏、俺はE&Eフーズから一駅離れた所で、当時二十三歳の優美に会っていた。
夕方、俺は講義を終えてラーメンを食べたあと、次に入りたい飯屋を物色していた。
そんな中、杖をついて足を引きずっている女性を見て「大変そうだな」と思った。
そうしたら、パンツスーツにビジネス用のパンプス姿の優美が、「お困りではありませんか?」と女性に声を掛けたのだ。
優美はしばらく女性と話していたけれど、何かを決めたあと、先に上司らしき人に電話を掛け、事情を話した。
そして女性の行き先を確認したあと、彼女をおんぶしようとしたもんだから、俺は慌てて声を掛けた。
『大丈夫ですか!? 手伝います!』
『ありがとう! でも大丈夫!』
キリッとした表情に、自分が決めた事はきちんと責任を負うという雰囲気、気迫。
彼女の性格が、言葉を交わした一瞬ですべて伝わった気がした。
全身にビリッと電気が走ったように感じられたあれは、紛れもなく一目惚れだった。
五月の暑い日で、彼女も営業帰りで汗だくに見えた。
けれど人助けをすると決めたら覆さないという、その気高さに心が震え、魂ごと持っていかれた。
大勢の人が老婦人の姿を目にしたのに、見なかったふりをして通り過ぎていた。
そして、俺もその一人だった。
けれど優美だけは彼女が困っていると分かり次第、すぐに声を掛けた。
圧倒的に、人格の出来が違うと思い知らされる。
――久賀城家の息子で、将来は会社のいい役職に就くだろうから、俺は人とは違う。
慢心があったのを、優美の姿を見て思い知らされた。
――俺は何も〝凄い〟人じゃない。
――俺を取り巻く環境や、父や親族が頑張ったものに、ただぶら下がっているだけだ。
――俺個人は、まったく偉くない。
――困っている人を見ても通り過ぎようとした、その辺の人と一緒だ。
老婦人に迷いなく声を掛けた優美を見た瞬間、全身が火照るように熱くなり、恥ずかしくなって赤面した。
そして今からでも間に合うのではと思って、慌てて声を掛けたのだ。
『あなたより俺のほうが力がありますから、俺が背負います』
そう言って、俺は女性をおんぶした。
行動に出たのは、自分が正しいと思った道をまっすぐ進む彼女に、少しでも近付きたいと思ったからだ。
俺は何をやっても人並み以上にでき、「このままだと人生つまらないな」なんて思っていた。そんな自分が恥ずかしくて堪らない。
俺は彼女のように汗にまみれ、自らの手と足を動かしていない。
守られた場所から、世界を見下ろして分かったつもりになっていただけだ。
――恥ずかしい。
――彼女みたいになりたい。
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老婦人を背負うと、汗を掻いた背中に女性の体温が重なり、さらに暑く感じる。
けれどそれを、彼女が請け負おうとしていたのだと思うと、男としてしっかりしなければと思った。
『ありがと! 二区画移動するけど、付き合ってくれる?』
老婦人の荷物を持った優美は、サバサバとした口調で話し掛けてくる。
大学で俺の周囲にいる女子学生たちは、いつも俺の機嫌を伺い、少しでも好かれたいという下心が透けて見えている。
友達づきあいしている子でも、「私は友達だから、安心して」という顔をしながら、特別扱いされるのを望んでいるのも分かっていた。
だからまったく態度を変えず、〝通行人A〟として扱われたのは新鮮だった。
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