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箱根クリスマス旅行 編
兄弟の話
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露天風呂から上がったあと、俺たちは軽く体と髪を拭く。
優美はもう一度基礎化粧品でフェイスケアをしていた。
浴衣を着て今度こそ寝ようと思い、俺は優美と同じベッドに潜り込む。
さっきセックスをしたあと、正樹と話し合って俺と優美が二つあるベッドを使って、正樹が布団に寝るという事になった。
遠慮してるなとは思うけど、正樹はこれからも優美のメインの相手になるつもりはないらしい。
俺は優美の体に腕を回し、彼女の匂いを吸い込みながら、先ほどセックスしたあとの事を思いだした。
『慎也さえいなければ、優美ちゃんと結婚してたって……、ごめんな』
『いいよ。本音だと思うし。へたに安心させるための嘘をつかれるより、ずっといい』
優美の体を綺麗にして寝かせたあと、俺と正樹はビールの缶を開けて話し合っていた。
『本当に、これからも二人の側にいていいの? 僕はある程度いい思いをさせてもらったから、これで退けって言われたら退くけど』
これが正樹の最後の確認なのだと俺は理解した。
俺がノーを言えば、言葉の通りこれで退く。イエスと言えば、きっと三人での付き合いが一生続く。
『正樹は、もう他の女性を好きになれない? 退いて欲しいっていう意味じゃなくて、確認しておきたい』
『そうだね。ここまで僕の本音をぶちまけて、かつ受け入れてくれる人ってもう出会えないと思う。そりゃあ世界は広いし、女性は優美ちゃんだけじゃないのは分かってる。でも、久賀城の名前を聞いてフィルターをつけないで僕を見てくれる女性を見つけるのって、難しいだろ?』
『確かに』
久賀城の名前はネームブランドと化している。
たとえばありきたりにバーで出会ったとしても、「どこにお務めですか?」と聞かれて素直に答えれば、素性がバレる。
〝バーで出会った男性〟は〝久賀城ホールディングスの副社長〟になり、そこから変化する事はなくなる。
これが一般男性なら、勤め先にそれほど大きな印象もなく、性格や趣味嗜好などに興味の対象が移るだろう。
けど久賀城の副社長っていう地位は、それらを吹っ飛ばしても構わないほど女性にとって魅力的なものだと俺たちは分かっている。
嘘をつけば、一般人同士の付き合いができるかもしれない。
順調に付き合えたとして、結婚を前にすれば実家がどこなのかはすぐバレるし、夫となる人の過去にも触れるだろう。
すべてつまびらかにしなくてもいいかもしれないが、本当の自分をうまく誤魔化した結果、正樹は一度目の結婚を失敗した。
自分を偽ればあとから苦しくなるのは目に見えている。
まず久賀城の副社長である事を話しても、態度が変わらないか。
正樹が持つ闇を、優美ほど理解して包み込んでくれるか。
その二点を知ってもまったく動揺しない女性は、そういないと思う。
駄目だった場合、また出会いからやり直しだ。
その出会ってから相手が〝どう〟なのか知るための時間を、俺は無駄だと思ってしまう。恐らく正樹も同じだろう。
別の出会いをすればいいと思っても、あとは紹介、お見合いぐらいしかない。
今の時代、マッチングアプリでの結婚を否定するつもりはないが、久賀城家の長男がマッチングアプリで……は、少々外聞が悪い。
どんな出会いでも、仕事や久賀城の家の事は知られる。
結局、フィルターをかけない人を探すっていうのは、とても難しい。
家族の事は好きだし、親父が手がける仕事も誇りに思っている。
でも俺たち子供は、久賀城の名にまつわる不自由さを、下の弟妹たちも含めて痛いほど自覚していた。
久賀城の名前を聞いて、懇意になりたいと近づいてくる人は大勢いる。
怖ろしい事に、大の大人が子供におもねってくる事だってある。
そんな世界に住んでいるから、出会う女性は〝似た者同士〟しかいないのかと諦めていた。
『僕はもう三十路だし、自由に出会って望む人に出会える確率は、限りなく低いと思う。優美ちゃんじゃない女性と結婚しても、うまくいかない未来しか考えつかない』
正樹の前の妻は、本当に身勝手な女だった。
女性全員がそうじゃないと正樹だって分かってるだろうけど、結婚についてネガティブな印象を抱くのも仕方がない。
世の中には「七度目の結婚をした」と、バラエティ番組で楽しそうに言っている人もいるけれど、全員がタフにできている訳じゃない。
『俺は、優美と結婚したい』
『うん』
自分の一番の望みを口にすると、正樹はあっさり頷いた。
『優美が許してくれるなら、新婚旅行、新婚生活に正樹がいても俺は構わない』
『ありがと』
『最初の子は、俺の子がいい』
そう言うと、正樹がフッと笑って口の中にあるビールを嚥下し、こちらを見る。
『最初はって、僕が優美ちゃんとの間に子供を作ってもいいの?』
『いいよ』
それを聞いて、ニヤついていた正樹の顔が、ス……と真顔になる。
優美はもう一度基礎化粧品でフェイスケアをしていた。
浴衣を着て今度こそ寝ようと思い、俺は優美と同じベッドに潜り込む。
さっきセックスをしたあと、正樹と話し合って俺と優美が二つあるベッドを使って、正樹が布団に寝るという事になった。
遠慮してるなとは思うけど、正樹はこれからも優美のメインの相手になるつもりはないらしい。
俺は優美の体に腕を回し、彼女の匂いを吸い込みながら、先ほどセックスしたあとの事を思いだした。
『慎也さえいなければ、優美ちゃんと結婚してたって……、ごめんな』
『いいよ。本音だと思うし。へたに安心させるための嘘をつかれるより、ずっといい』
優美の体を綺麗にして寝かせたあと、俺と正樹はビールの缶を開けて話し合っていた。
『本当に、これからも二人の側にいていいの? 僕はある程度いい思いをさせてもらったから、これで退けって言われたら退くけど』
これが正樹の最後の確認なのだと俺は理解した。
俺がノーを言えば、言葉の通りこれで退く。イエスと言えば、きっと三人での付き合いが一生続く。
『正樹は、もう他の女性を好きになれない? 退いて欲しいっていう意味じゃなくて、確認しておきたい』
『そうだね。ここまで僕の本音をぶちまけて、かつ受け入れてくれる人ってもう出会えないと思う。そりゃあ世界は広いし、女性は優美ちゃんだけじゃないのは分かってる。でも、久賀城の名前を聞いてフィルターをつけないで僕を見てくれる女性を見つけるのって、難しいだろ?』
『確かに』
久賀城の名前はネームブランドと化している。
たとえばありきたりにバーで出会ったとしても、「どこにお務めですか?」と聞かれて素直に答えれば、素性がバレる。
〝バーで出会った男性〟は〝久賀城ホールディングスの副社長〟になり、そこから変化する事はなくなる。
これが一般男性なら、勤め先にそれほど大きな印象もなく、性格や趣味嗜好などに興味の対象が移るだろう。
けど久賀城の副社長っていう地位は、それらを吹っ飛ばしても構わないほど女性にとって魅力的なものだと俺たちは分かっている。
嘘をつけば、一般人同士の付き合いができるかもしれない。
順調に付き合えたとして、結婚を前にすれば実家がどこなのかはすぐバレるし、夫となる人の過去にも触れるだろう。
すべてつまびらかにしなくてもいいかもしれないが、本当の自分をうまく誤魔化した結果、正樹は一度目の結婚を失敗した。
自分を偽ればあとから苦しくなるのは目に見えている。
まず久賀城の副社長である事を話しても、態度が変わらないか。
正樹が持つ闇を、優美ほど理解して包み込んでくれるか。
その二点を知ってもまったく動揺しない女性は、そういないと思う。
駄目だった場合、また出会いからやり直しだ。
その出会ってから相手が〝どう〟なのか知るための時間を、俺は無駄だと思ってしまう。恐らく正樹も同じだろう。
別の出会いをすればいいと思っても、あとは紹介、お見合いぐらいしかない。
今の時代、マッチングアプリでの結婚を否定するつもりはないが、久賀城家の長男がマッチングアプリで……は、少々外聞が悪い。
どんな出会いでも、仕事や久賀城の家の事は知られる。
結局、フィルターをかけない人を探すっていうのは、とても難しい。
家族の事は好きだし、親父が手がける仕事も誇りに思っている。
でも俺たち子供は、久賀城の名にまつわる不自由さを、下の弟妹たちも含めて痛いほど自覚していた。
久賀城の名前を聞いて、懇意になりたいと近づいてくる人は大勢いる。
怖ろしい事に、大の大人が子供におもねってくる事だってある。
そんな世界に住んでいるから、出会う女性は〝似た者同士〟しかいないのかと諦めていた。
『僕はもう三十路だし、自由に出会って望む人に出会える確率は、限りなく低いと思う。優美ちゃんじゃない女性と結婚しても、うまくいかない未来しか考えつかない』
正樹の前の妻は、本当に身勝手な女だった。
女性全員がそうじゃないと正樹だって分かってるだろうけど、結婚についてネガティブな印象を抱くのも仕方がない。
世の中には「七度目の結婚をした」と、バラエティ番組で楽しそうに言っている人もいるけれど、全員がタフにできている訳じゃない。
『俺は、優美と結婚したい』
『うん』
自分の一番の望みを口にすると、正樹はあっさり頷いた。
『優美が許してくれるなら、新婚旅行、新婚生活に正樹がいても俺は構わない』
『ありがと』
『最初の子は、俺の子がいい』
そう言うと、正樹がフッと笑って口の中にあるビールを嚥下し、こちらを見る。
『最初はって、僕が優美ちゃんとの間に子供を作ってもいいの?』
『いいよ』
それを聞いて、ニヤついていた正樹の顔が、ス……と真顔になる。
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