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浜崎&五十嵐トラブル 編

ベンチプレス百キロの男

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「わっ! やめてよもう!」

 私はとっさに飛び退いて、彼を突き飛ばす。

「なー、ちょっとこれからサシ飲みしようぜ」

「だから浜崎くんと話す事なんて、爪の先ほどもないの! いい加減学習しろ!」

 怒鳴りつけてズンズン歩くが、すぐに追いつかれる。
 加えて手を握られかけ、私は「もうっ!」と振り払う。

「ほんっとうにやめて! ハッキリ言わなくても迷惑! これ以上つきまとうなら、課長に言うからね!」

「何だよ。お高くとまりやがって!」

 鼻白んだ浜崎くんが私に掴み掛かろうと手を伸ばした時、その腕を捻り上げる人がいた。

「いてぇっ!」

「正樹……っ」

 黒いチェスターコートを着てグレーのマフラーを巻いた正樹が、ニコニコ笑って浜崎くんの腕をギリギリとねじり上げている。

「離せ! こんちくしょう!」

「はー? 聞こえないなぁ。僕の彼女に手を出そうとしたのを止めたつもりなんだけど、命令形? それに手を離したらまた優美ちゃんに因縁つけるんでしょ? 離せる訳ないでしょー」

 いつものように軽薄に笑いながら、正樹は容赦なく浜崎くんの腕を背中側に捻り上げている。
 ヤバいぞこれは。

「浜崎くん! 正樹はベンチプレス百キロの男なので、歯向かわないほうがいいと思う!」

 付き合っていた時、私がジムで何キロの重りでトレーニングしたなど、興味のない彼に散々聞かせていたからか、浜崎くんも興味ないなりにヤバイと察したようだ。

「わっ、分かった!」

「えー? 『分かった』? タメ口利くの?」

 あああ……、もう、正樹はねちっこいから……。

「わっ、分かりました!」

「うん、それから?」

「へっ?」

「もっと言う事あるでしょ? 僕の彼女につきまとった挙げ句、乱暴働こうとしたんだから」

「すっ、すみませんでした!」

「うん、それで? 今後は?」

 周囲の人達にジロジロ見られ、プライドの高い浜崎くんは赤面している。
 少し抵抗しようとしたらしいけれど、あっさりまた捻られて悲鳴を上げた。

「もっ、もう二度と近付きません!」

「オッケー!」

 パッと正樹が手を離し、浜崎くんは何て言ってるんだか分からないけど、早口で捨て台詞を言って走って行った。

「優美ちゃん、帰るよ」

 周りの人を気にせず、正樹は私の手を握ってきた。

「……あ、ありがとう」

「うん、どう致しまして」

 そのあと正樹は近くの駐車場で待機してもらっていた、運転手さんつきの車に乗り込む。
 正樹と行動する時はいつも、副社長づきの運転手さんがいるらしくて、高級感のある車に乗って移動するのが常だった。

「怖かったでしょ」

 正樹が手を握ってくる。

「大丈夫だよ。浜崎くんがああいう感じになるの、慣れてるし」

「は? 慣れてる?」

 正樹がフハッと鼻で笑う。
 あ、これはヤバイやつだ。

「優美ちゃん、こういう事があったら駄目だからね? 許されないからね? もし今までこういう事が日常的にあって、僕たちに何も知らせていなかったのなら、優美ちゃんにもペナルティを科さないといけないよ」

「……わ、分かり、…………ました」

 スンッと大人しくなって返事をする私を、正樹はジーッと見てからポンポンと頭を撫でてくる。

「〝強い女〟で通していても、周りから乱暴に扱われる事に慣れたら駄目だからね?」

「……うん」

 彼の言葉が、胸の奥にジンと染み入る。

「……世間的に見たら変な関係かもしれないけど、僕は優美ちゃんを恋人だって思ってる。僕は軽薄で何に対しても不真面目に見えるだろうけど、割といつでも真剣だよ」

「……うん、ごめん」

 素直に謝ると、頬にチュッとキスをされた。

「って言っても、慎也に『迎えに行って』って頼まれたんだけど」

 あはっと笑う彼にも、別々に帰りつつも気にしてくれた慎也にも、深く感謝するのだった。



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