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馴れ初め編/第三章 不明瞭な心の距離

49.國枝さんがわからない(R-18)

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 上を見れば國枝の笑顔が目につき、下を見れば尻を這う大きな手が目につく。
 何度視線を行き来させたところで、状況が変わることは無い。
 しかし、状況を正確に把握出来ていない千優にとって、それらはすべて更なる混乱を招く一因にしかならなかった。





「くに、えださ……な、何……して……ひっ!」

「あぁ……やっと柳ちゃんの補給が出来るわー」

 完全にふり向いてしまうのが怖くなり、急いで資料が並ぶ棚へ視線を戻し、間近に見える文字を凝視する。
 彼女の妙に掠れた小さな声は、残酷な程うっとりとした声にかき消されていった。

(私の補給って何だー!)

 ただでさえパニック寸前の思考を、乱さんばかりの言葉が耳元で聞こえた。
 それに加え、尻のあたりに感じる動きが若干加速している気がする。背中に感じる重みまでも、本人の意思に反し、体は敏感に感じ取っていた。

「柳ちゃんったら、会社だといつもいつも逃げちゃうし……ゆっくり話も出来なくて。アタシ……寂しかったのよ?」

 以前と比べ、國枝に対する千優の奇行は少なくなっているはずだ。ただ単にここしばらくは遭遇する機会が減っているものとばかり思っていたが、彼はそう感じていないらしい。
 耳元で普段と変わらぬ國枝の声が聞こえる。音だけを拾えば、少しだけ拗ねた表情を浮かべ、優しく頭を撫でたり、手を握る彼の姿が脳裏に浮かんだ。
 しかし、突きつけられるのは、真逆と言っていい現実。

「……っ!」

 不意に、腹部の辺りへスルリと何かが触れる。一体何だろうと、恐る恐る視線を下げれば、しっかりと腰に回された男の腕が目についた。
 半分のしかかるような体勢でくっつかれ、腰に回された腕により、動きを封じられる。
 そんな行動を続ける彼の反対の手は、今もなおスカート越しに千優の尻を撫で続けていた。

 今自分の置かれている状況は、世間一般で言えばセクハラを受けている最中なのだろうか。
 激しく混乱する思考の片隅で、そんな他人事のような感覚で、妙に冷静な分析をする自分に気づく。
 だからと言って、この状況を抜け出す妙案とはならず、千優は唖然と立ち尽くすしかない。

「ふふ、首筋と耳が真っ赤になっちゃって……本当、可愛いんだから」

「っ!」

 言葉と共に、チュッと耳へ降り注ぐ口づけ。唇が触れた途端、ビクンと反応する身体がとてつもなく憎らしい。

(あぁ、そうか)

 この時、千優は理解した。時折脳内をよぎる、第三者のように傍観する思考。それはきっと、現実を受け入れたくないという自分なりの抵抗なのだ。





(バカ……こんな事して、何が楽しいんだ。この変態)

 これまでの國枝に対する紳士的な印象が、どんどんひび割れていく。
 そんな最中、心の中でいくら罵詈雑言を吐こうとも、実際口から漏れるのは、抑えきれない羞恥心と共に零れる吐息だけ。

 最初はスカート越しだった手は、気がついた時にはもうその奥へ侵入していた。
 二人の肌を隔てる壁は、丈夫な布から、頼りない薄さの布二枚へ変わる。

「……っ」

 相変わらず大胆な手つきで、彼の手はどこか楽しげに動く。
 そんな度を越えた戯れから逃げようと、千優は何度も体をくねらせ、逃亡を試みる。
 しかし、腰に回された國枝の腕が邪魔をし、そう易々とは逃げられない。
 途中、尻を撫でまわしていた手に力が入り、何故かムチムチと尻肉を揉まれた。

 逃げ道を探す途中、無我夢中で体を動かしていたせいか、二、三度手の感触が一段と強くなる。
 無意識とは言え、自分から体を押しつけるような真似をしたことを酷く後悔した。


「はーい、こっち向きましょうねー」

 しばらくすると、まるで子供をあやすような声が聞こえ、腰の拘束がわずかに緩む。
 そのまま、くるりと体が反転したと思えば、千優の視界に國枝の笑顔が飛び込んでくる。
 清々しい程の微笑みを間近で目にし、ただでさえ熱い頬の温度が上昇する。
 それらは徐々に顔全体に広がり、全身へ伝わるのも時間の問題としか思えない。

「せ……セクハラで、訴えますよ!」

「セクハラなんかじゃないわよ。これは、スキンシップ」

 口を開き精一杯に発した声は、やけに上ずっていて弱々しかった。
 余裕たっぷりの笑みを浮かべる國枝は、楽しそうにプニプニと千優の頬を突く。
 何がスキンシップだと怒鳴りつけてやりたい。しかし、気持ちばかりが熱くなり、体がまったく思考と感情に追いついてこない。

(何なのさ、もう……)

 睨みつけてやりたいのに、どうしてかその顔から目をそらしたくなる。
 今すぐにでも彼の体を押しのけて逃げ出したいのに、手足は震えるばかりで言うことをきかない。
 チグハグな反応を見せる己の身体。その異変は、千優の心を更に追い詰めた。

「ねぇ、柳ちゃん」

「……?」

 色々なことが立て続けに起きるせいで、脳の処理速度が追いつかず、置いてけぼり状態が続く。
 いつも以上に脳を酷使しているせいか、頭が痛い。
 突然の頭痛に意識を半分奪われながら、彼女は自分を呼ぶ声にゆっくりと視線を向けた。

「もっと……補給してもいい?」

 今度は一体何をする気だ。その答えをいくら考えた所で、何もわからない。
 こちらを見つめ、小首を傾げる彼の瞳に宿るかすかなギラつきに、千優が気づくことはなかった。





「ぁ……やめ……っひぅ」

 不規則に与えられる快感に、ただでさえ混乱しっぱなしの思考は、容赦なく乱されていく。
 様々なビターチョコレートで埋め尽くされた脳内に、大量の砂糖入りミルクを注がれているような感覚だ。
 中途半端に捲れたスカートの裾と、その下へ入り込む腕を、震える千優の視線がとらえる。
 その奥へのばされた手はストッキングと下着の内側へ侵入し、縦横無尽に動く指先が、くちゅりと何度目かわからぬ卑猥な水音を奏でた。

「ん……ふ」

 さらに、耳元へ近づく彼の口元。時折悪戯に息を吹きかけられ、耳たぶを食み、キスをする。そんな小さな刺激の一つ一つにさえ、敏感に反応してしまう自分が嫌になる。

『嫌なら逃げなさい』

 数分前、國枝は先日と同じ言葉を口にした。
 この前も、今回も、彼は千優にチャンスを与えてくれる。
 まるで、その一瞬を逃がすなと言われているようで、新たな混乱を招く。
 彼が何を想い、何を求めているのかわからぬまま、その熱い視線によって、彼女の思考は絡めとられていった。

「くに、えださ……誰か、来ちゃう……っ」

 シンと静まり返った倉庫内に響く水音に、羞恥で気が狂いかける。
 そんな状態でも、頭の片隅でわずかに残った理性が、千優の意識を入り口へ向けさせた。

「大丈夫よ。ここ、普段からあまり人が来ないし。同じ時間帯に二人一緒になることがあっても……それ以上がここに集まるなんて、滅多に無いから」

 いつ誰が入ってくるともわからぬ倉庫内で、焦る千優とは対称的に、國枝の落ち着きっぷりは見事なものだ。
 その差が大きければ大きいほど、心の中で男に対する憎らしさと怒りがにじむ。
 感情をぶつけるように、キッと睨みつけたりもしてみたが、ほとんど効果は無かった。ただにっこりと微笑まれて終わりである。

「あっ、あ……は、んんっ」

 必死に我慢しようにも、慣れない快感が全身を震わせ、自分のものとは到底思えない熱のこもった声が鼓膜を震わせる。
 いくら考えたところで、答えなど見つからない。
 千優の心と身体にまとわりつき、その存在を認識しろと訴えるのは、國枝が与える甘く淫らな快感だけだ。

 限界を越えた身体から一気に力が抜け、後ろへ倒れかける。しかし、腰に回された腕によって支えられたお陰か、最悪の事態は免れることが出来た。
 プルプルと力なく震える両足では踏ん張りがきかず、頼りになるのは目の前にいる男だけ。
 片腕で千優の腰を支え、もう片方の手で彼女の蜜口を苛め抜く。なんて器用な男なのだろう。

「……っ」

 バランスを崩し倒れるのが怖くて、咄嗟に目の前に見えるスーツへ両手をのばした。
 皺がつくことなど気にせず無造作につかむと、より近くに國枝の熱を感じ、二人の身体が密着する。

「っ! ひゃ、あ……あぁ、あん」

 自分を真っ直ぐ見つめる熱い瞳を視界いっぱいに映した途端、一際強い快感が全身を駆けぬけていく。
 下腹部の異様な熱さと快感に身体が震え、ぐちゅぐちゅと煩い水音を耳が拾い、頭の中に白いもやが発生する。

「怖がらないで、柳ちゃん。このまま……俺に身を任せて」

 フワフワと頼りない思考のなか、やけにはっきりと聞こえたのは、どこか優しい男の声。
 ぐちょぐちょになった蜜壺を激しく責め立てられ、止めどなく与えられる快感に、羞恥や不安、わずかに残った理性は瞬く間に消えていく。

「……や、は……あぁ、ひっ、あぁああ」

 千優はただ目の前の男にしがみつき、まだ全容のわからぬ快感に溺れ、一人果てることしか出来なかった。

「……っ、あぁ、もう……ほんと、可愛いっ」

 ぼんやりと霞む意識の中に流れ込む声は、やけに苦しげで、酷く熱を帯びている。
 残っていた身体の力がすべて抜け落ち、すっかり國枝に身を任せるような体勢になった千優。
 そんな彼女の瞳がとらえたのは、どこかで見たような男の顔。

 ドクドクと激しく脈打つ自身の心音に気づいた時、呼吸のためにと小さく開いていた唇が荒々しく塞がれる。

「んんっ。ふ……は、んっ」

「っ、ふ……ん、ちゅ」

 口内へ時折流し込まれる熱を、無意識に飲み込む。
 そんな自分の行動に気づかぬまま、千優は自身の熱を、重なった唇の先へ届けようとする。
 その途中、わずかに触れ合った舌先がやけに熱く、全身を、取り分け蜜壺の奥を疼かせた。

 ただでさえ熱い身体に、絶え間なく唇から新たな熱が送り込まれ、千優は軽いめまいを起こす。
 それでも解放されない唇の隙間から、どちらのともわからぬ濃密な色香を含む吐息が漏れ出た。
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