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稀子編

第48話 鉄工所の専務

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「参ったな~~。社長は何時も“あぁ”何だから…」

 専務は愚痴をこぼしている。

「えっと……青柳君だっけ?」

 俺は専務には自己紹介をまだしていない。

「今日から働かせて貰う、青柳比叡です!」

「青柳比叡君…」
「年齢は……?」

「2x歳です」

「20代前半か若いね!」
「社員で無くて……アルバイトだっけ?」

「はっ、はい!」

「君みたいな子が、何でうちの会社に来たんだ?」
「他にも良い所は有ったはずなのに…?」

 専務は俺が何故、ここに来たのかを不思議がっている。

「山本さん……言え、知人からの紹介です」

「知人!?」
「社長の親友から!?」

「あっ、はい……そんな感じです」

「全く社長ったら……僕に何も相談せずに勝手に決めて!」

 専務はまた社長の愚痴を言う。
 社長と専務は顔つきが似ている訳では無いから、兄弟では無いと思う……。見た感じ専務の方が若そうに見えた。
 しかし、役職が有るらしき人は社長、専務、工場長だけで有る。
 この会社は恐らく、ワンマン会社なのだろう。

「この業界の経験は有る?」
「……無いよね。有れば小川が面倒見るはずだ!」

 専務は1人で喋って、1人で納得している。

「参ったな…」
「いきなり機械を任せる訳には駄目だし……。どうしようかな~」

 専務もかなり悩んでいる様だ。

「青柳君……。今日はバリ取りをして貰うよ」
「安井君…」

 専務は近くに居た安井さんに声を掛ける。

「安井君が担当の製品。大分出来ているだろ?」

「はい。出来てますよ」

「そのバリ取り、青柳君にやって貰うから教えてやってくれ」

「……分かりました」

 安井さんは、俺の事をしばらく無言で見ていたが返事をする。

「青柳君。後は安井君の指示に従って仕事をしてくれ」

 専務はそう言って、持ち場のMC旋盤に体の向きを変える。
 また、たらい回しされた。俺が山本さんの紹介では無く、普通に面接に行っていたら100%不採用にされているはずだ。

「青柳さん。付いて来て」

 俺は安井さんの後に付いて行く。

「これが完成品だけど、見てみて」

 安井さんは長方形状の部品を見せてくる。所々が加工されており、何かの部品で有る事は間違い無い。

「はい……」

「機械で加工するけど、断面の淵には、どうしてもバリが残ってしまう」
「この状態だとバリで怪我もするし、傷つきやすいし、バリの影響で部品同士の密着も悪く成る」

「だからヤスリを使って、バリを取って仕上げて貰う」
「まずは見本を見せるから……」

 安井さんは、長方形状部品のバリを手際良く取っていくが…、色々な面が複雑に加工されているので、見本を見せて貰っただけでは、俺の頭では直ぐに理解は出来ない。

「こんな感じ……。君の机は無いから今日はここを使って」

 安井さんが指し示した木製の台の上には、物が雑多に置かれているが、安井さんはそれを片付けて場所を作る。

「しばらくは、出来るたび(仕上げ加工)に僕に見せて!」

 安井さんはそう言って、機械の持ち場に戻る。
 どうやら機械の担当が社員、社員で決まっている感じだ。

 俺はさっき安井さんが作ってくれた、見本を見ながらバリ取りを始める。
 部品の素材はアルミ製なのでバリは取りやすいが、ヤスリで取るのでこれを何十個と取ると成ると大変そうだ……

 ヤスリがけも今までした事が殆ど無いし、湾曲部分は治具じぐを使ってバリを取るのだが上手に取れない……
 安井さんは1個当たり3分前後で完成させていたが、俺の場合は10分位掛かって完成させる。

(バリ取りは簡単だと思っていたが、意外に難しいな…)
(ノルマの話は聞いてないが、これでノルマが有ったら厳しいぞ!)

 俺はそう思いながら、バリ取り(仕上げ加工)が完成した部品を安井さんに見せる。
 加工面の淵を指でなぞりながら、目視しながら安井さんは確認していく。

「青柳さん!」
「ここが取れてない!!」
「後、この部分はもう少し深く取って!!」

 安井さんはやり残しの場所を指摘しながら言う。
 俺は指摘された場所をやり直して再び持って行く。

「うん……まぁ、良いか」

 最初の1個目が無事に通る。要した作業時間は15分位で有った。
 6個目位までは毎回確認して貰っていたが、それ以降は見せなくて良いと言われる。
 第1関門突破で有った。しかし、部品6個仕上げ加工するのに、1時間半近く掛かっていた。

(安井さんは何も言って来ないけど、これが急ぎの仕事だったら、怒られるだけでは済まないな…)

 今日が初日だから、大目に見てくれているのか、社長の知人紹介だから、不問かは分からないが、働いてお金を貰う大変さを久しぶりに思い出した……
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