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「なっ!なに、を…」

専属の護衛ではあるが友人であるロランの部屋へいつものように転移してきたら想定外の光景が目の前にあった。
自分も想いを寄せる相手が友人にソファの上に組み敷かれている。

「え?それ聞くの?」

友人に組み敷かれていた想い人は呆れたように言った。あぁまた心に傷が。グサッと来るとはまさにこのようなことだろう。

「殿下、前々から申しておりますが前触れを」
「いや、こんなことになってるとは思わなくて…」

なぜ責められているのか、それはロランにとって千載一遇のチャンスだったからにほかならないのだが、仕方ないじゃないか。自分の忠臣だった二人が自分の想い人と恋人になるだなんて抜け駆けもいいところだ。許せない気持ちもあるが聞きたいことは山程あったので突撃したのだ。まさか件の彼女がいるとは露知らず。
友人と想い人は一言二言交わしたあと起き上がり受け入れてくれた。多分手に持ったこのボトルのお陰だろう。彼女が気に入っているがまだ市場には回っていないこのシャンパン。

「つまめるものを追加でもらってきます」

ロランがいなくなった部屋で彼女と二人きりだ。緊張して言葉もでない。普段は少し離れた場所でしか彼女をみることができない、それがローテーブル一つを隔てた位置にいるのだ。緊張するに決まっている。昼間見た彼女とは違う、化粧もせず恐らく素のままの彼女は平時より幼くみえ、それでも唇は桃紅色に色付いている。まばたきをするときに揺れる睫毛までも恋しい。

「なんかついてます?」

訝しげに訪ねられた。ちがうと答えたら目線をはずされてしまった。あぁ、彼女の熱い眼差しで見つめてもらえたらと思ってはいても口には出せない。
自分にはない暗めの髪色だが、よく手入れのされた髪。指を通してみたい、あわよくばそのまま後頭部を押さえその唇も塞いでしまいたい。
素直に言えたらいいのにとは常々思っている。ロランとミシェルはもちろん、ノアールにすら言われるのだ。素直になれと。しかし失敗した経験が頭から離れないせいで好きだと素直に伝えることに臆病になってしまっている。若気の至りだと言えばそこまでであるが、当時は本気で彼女、ヒナのことが好きで愛おしかった。男しかいない環境なはずなのにそこにいる純粋無垢な彼女、警戒もなにもせず笑顔が多く男同士のコミュニケーションも厭わない本当に可憐な一輪の花だった。貴族社会のルールには疎かったし、体つきもまるで子供だったがそんなところも好きだったのだ。

そんなことを考えながらも時たま目の前の彼女と目線が合う。すぐに反らされてしまうが、向こうもこちらを気にしていのはわかる。きっと恋人との逢瀬を邪魔されたのが不愉快だったのだろう。申し訳ないがロランだけ先に進むのは阻止したいのでこのまま居座る。何か話さなければならないのもわかっているが、共通の話題は彼女の夫達や恋人、結婚式のことくらいしかない。そんな話はできればしたくないので無言の時間が続くだけだった。
彼女は枝毛を探し始めたようだ。退屈で仕方ないのだろう。彼女の目の前のグラスは空、さすがに部屋の主がいないのに持ってきたものを開けるわけにもいかない。

「戻りました」

女性の好みそうなつまみをこの男が用意したのかと思うと笑いをこらえるのに必死だ。酒も普段なら酔えればいいと度数の高いものを一気に飲む人間が女性が好むようなスパークリングやロゼ、シードルを用意したのも面白さを助長している。
嬉しそうに喜ぶ彼女をみて目を細めるのも彼の弟や甥に向ける以外でみたことがなかった。

「えー、どれから飲もうかなー。でもやっぱり王子様が持ってきてくれたやつ」

この前は名前で呼んでくれたはずなのに、もう身分でしか呼ばれなくなっている。どうせジョエルの奴が不敬だなんだと言って呼ばせなくしたのだろう

「今日はロランの友人として来ているのだから身分では呼ばないでほしい。リュカと、そう呼んでくれ」
「そう?じゃあリュカね。普段は殿下かこーしゃくかっかって呼ばないとダメでしょ?面倒だから王子様って呼んでるんだけどね」


言われた本人ではなく、ロランのほうが驚き喜んでいるのが表情でわかる。本当にいい友人を持ったものだ。抜け駆けはされているが。
ロランが来ただけで少し空気が柔らかくなった。彼女はやはり自分のことを想ってくれてはいないのだと現実をつきつけられているが、まだ笑顔を見せてくれるだけいいと思うしかない。

「はい、かんぱーい」

一瞬でグラスが空いた彼女は手酌だった。ミシェルがいないと何もできないことに気づいたのは自分だけではなかった。生まれてからずっと執事や侍従がついていた自分達には、彼女のグラスが空くのを見計らって用意しておくなんてできないのだ。もう手酌でいいだろう。それも彼女は楽しいようだ。「全部こっちが動く前にやられるとさ、最初は感動したけど、最近気色悪いもん。なんでわかるの?キモってなる」と大笑いしていた。昼間も思ったがやはり彼女は取り繕わないでありのままで笑っているのが本当に素敵だ。これはきっと夫達もロランもミシェルも思っていることだろう。貴族としてはあり得ないが、本当に魅力的なのだ。
そしてかなりの甘え上手である。ロランの腕に頭を預けたあと「ねぇおっかかっていい?だめ?」と聞いている。この男がこんな嬉しそうな顔をしているのに、駄目と言うわけがないだろう。わかっていて、しかもやったあとに言うのだから恐ろしい女だ。

「ん~、ごめん、膝かして」

他愛もない話をしながら3人で酒を酌み交わしていたが、さすがに彼女には睡魔が襲ってきたようだった。お開きにするとロランが言えばよかったのだが、先に彼女がロランの膝の上に頭を乗せて横になってしまった。

「ちょっ…まっ、待て、ミズキ!」
「だめ?ノアもジョエルもしてくれるよ?」

羨ましい限りだが、された当の本人は慌てている。アレのせいだろうなと思ったら手に持っていたグラスから酒がこぼれた。いつものやつだ。

「やだ~、濡れたってか透けてる。着替えなんて、ないよね?」
「タオルを持ってくるから!」

ロランの膝の上から彼女が頭を起こしたのはいいが、ロランが急に立ち上がったせいでなにがどうなったがもつれて彼女の上半身が露になった。これか、これが噂のやつか。人前でもなのだからロランへの呪いではなく彼女のほうが被害が大きい気がする。

「これ冷たくて着れないから服貸して」

普通なら怒ったり恥ずかしがったりするだろうに、彼女は笑いながら着替えを要求するたけだ。ロランの服なんて何を着ても大きいだろう。
それにしても一緒にいた彼氏でもない男に上半身裸を見られても笑いだけで済ませるのはどうかと思う

「ほら」

寝室に服を取りに行ったロランを待つ間、彼女は平気な顔をしていても自分が耐えられなかったから着ていたシャツを脱いで渡した。入浴後だったからインナーはきていなかったが仕方ない、彼女が上半身裸でいるより男の自分が上半身裸でいるほうがいい。いいのに、と拒否る彼女の肩にかけてまた向かいの席に腰掛ける。少しは恥じらいを持ってほしいものた。
ロランが服を持ってきたと思えば彼女はおもむろに立ち上がって「ノアが迎えにきてくれるって!バイバイ、おやすみ」と消えた。もうこれは迎えではない、ノアールは自分がいなくても転移が使えるようになっているのか

「え?」

選びに選んだであろう服を片手に自分の彼女が消えた男は呆然としていた。だろう、正直自分もそんなかんじだ。とりあえず目の前の酒を飲んでこの男と何を話したかったかも忘れたが話をしようじゃないか。


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