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「ノアールは本当にやると言っているのか?」
「えぇ。本人は殿下と私達のためだと乗り気でしたよ」

少し呆れた様子でミシェルが言えばこちらも溜め息をつくしかなかった。
もういっそノアールの魔力を後世に残すためにノアールに娶らせればいいのにとさえ思う。



当日は朝からミシェルや侍従に正装はさせられるし、貴賓室のチェックまでさせられた。その間にも執務があるというのに。
貴賓室のベッドルームは花まみれだし地下のプレイルームはそこら中に香油の瓶が置いてある。誰だこんなことをしたやつは

「陛下からの御指示でございます」

異世界から無理矢理召喚させられた娘がこんなところで落ち着けるわけもないだろうが、父の指示であれば自分が何を言っても覆すことはできないであろう。呆れて物が言えぬとはこの事だ。



どんな女が来るかなどノアールにもわからないそうだ。自分とミシェル、ロランを受け入れてくれる女というのが条件だそうだが、どうなることやら。
室内にいるのは父と宰相、なぜかいる補佐のジョエルや執事長や騎士団長、近衛騎士達が集まっている。箝口令がひかれているのだろう、人数も最小限だ

「殿下…お顔色が」
「大丈夫だ」

こちらへ召喚されて元の世界へ帰れたと記載された文献は一つもなかった。ヒナだってそうだ。勝手な都合で元いた世界と切り離され、夫達がを宛がわれるなんて自分では考えられない。自由から切り離される女のことを考えると気の毒で仕方ない。それを喜べと?

『どうしても異世界の女がいいのだろう?』

と父に言われたが恋をした相手がヒナだっただけで異世界の女にしか興味がないのかは自分にもわからなかった。確かに国の女には興味がなかったが、異世界の女ならいいというわけでもないだろうに。



ノアールの魔力が充満した部屋に落ちてきたのはヒナと同じ黒髪の女だった。黒く艶やかではあるが、前の彼女と違うのは長めの髪。キラキラした目元にばっちりひかれたアイライン、フサフサの睫毛に濡れたような唇。何よりも露出の多すぎる格好をして現れた彼女に一目で心を奪われてしまった。
つい感情的になり成人男性とは思えない言動ばかりが口から出る。このように言いたいわけではない、ただ貴女は自分のものだと、他の男をみないでもらいたいと冷静に言えればよかったのだが後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

彼女がノアールとジョエルと部屋から出ていったときは自分も周りもみなため息をつくことしかできなかった。

「殿下、なぜあのような物言いを…あれではただの愚かな者です」
「わからないんだ…あのような言い方をするつもりはなかった」
「それよりも彼女が持参したその箱、怪しいものではないか?ロラン、ミシェル、調べろ」

父の指示であった、彼女の持っていた大きな箱を開けようとするが鍵がかかっているのか開かず、結局はロランが剣と最終的には力で開けた。様々な物が入っていた。ほぼ何も持たないで来たというヒナより遥かにましであろう。
衣服と思われる物は全体的に面積の小さいものばかりでどれがなんだかわからない。しまいには紐のようなものばかりでてくるしなんだかわからなかったが、戻ってきた彼女に思いっきり殴られた。

結局彼女は自分ではなくノアールとあのジョエルを夫として望んだ。まただ、また選ばれなかった。しかし前回は全ての想いを伝えても選ばれなかった、今回はちがう。まだ何も彼女へ伝えていないのだ。

「彼女の荷物の件は私のせいではない…」

彼女とノアールとジョエルが出ていった広間に自分の発した言葉だけが響いた。

「我のせいだな、わはははっ」

笑い事ではない。本当に。いつ用意したのかさせたのかは知らないが酒を開けて飲み始めていた。それはワイナリーの新作じゃないか、まだ流通解禁していないのに。なぜ持っているんだ

「ではなぜあの場で言ってくださらなかったのか」
「いや、思ったより異世界の花嫁が怒っていたのでな。美人の怒った顔には弱いのだ」
「私はそのせいで顔を殴られましたが」
「顔だけが取り柄と貴族や一般市民にも言われているお前らしいではないか。見た目だけの王子の顔を殴る異世界の花嫁など面白い」

面白いなどと言えるのはこの場で陛下と宰相だけだと
ため息をつくことしかできなくなっていた。



異世界の花嫁に選ばれいい気になっているであろうジョエルが戻ってきたのはそこから少し時間が経ってからだ。
騎士団長と執事長がなにかしたらしく苛立ちを隠しもしない男が文句を言いに戻ってきたのだ。てっきり初夜に浮かれていると思っていたがそうではなかった。
自分の口から出るのは恨み節ばかり。名乗ってもらえなかったことや自分の花嫁であるのになど本当に自分勝手な事ばかり。昔からそうだ、この男の前ではこのような言動がでてしまう。きっと傲慢な王子とでも思っているのだろう。貴様の前だけでたと言ってしまいたいが、お互いがお互いを苦手としているのでそのようなことも言えない。
毎日一目でいいので彼女の姿を見たいと願い出れば苦虫を噛み潰したような顔でノアールと話し合ってからと言われた。わざわざこの場で閣下と呼ぶあたりが嫌味な男だ。




*****




一目会いたいと願っていたところにきたのはあのジョエルからの『バルコニーにでますから庭からでよろしければどうぞ』という提案であった。念話で寄越せばいいものを、と思うがいきなり苦手な男の声が脳内に響くなど耐えられるはずもないので侍従を通してなのは助かった。
場所は魔術師団の詰所がみえるバルコニー、あの綺麗な庭のところだ。幸いにも大きな木もあるし生垣は高め。彼女を見るのも遠くなりすぎずいい場所を選んだなと称えたい気持ちになった。
昨日も一服をしたいと言っていた彼女はこの国のものとは違う煙草を吸っていた。もういっそその煙草になってあの可憐な唇に咥えられたいとまで思ってしまう。一晩しか経っていないのに恋の病とは重病だ。

別に声を聞きたいと頼んでもいないのにミシェルが魔術を使って聞かせてくる。この執事、本当に厄介な魔術を使うものだ。執事より騎士団の暗殺部隊や諜報部隊の方が向いているのではないかと思うほどに

『愛してるはまだわかんない』

ジョエルの腕の中で抱き締められている彼女の発した言葉にはっとした。自分もそうだからだ。好きという気持ちはあった、しかしそれが愛であったかどうかは数年経った今もわからない。悲しみに打ちひしがれはしたが、あれは初めての恋だったからではないかと今は思う。
愛とはなにかを彼女と共に探りたい、様々な感情を彼女と共に分かち合いたい、それほどまでに今は彼女に焦がれているのだ。

例え目の前で彼女の恥態と鼻にかかる艶やかな声を聞かされていても。思わず生垣にぶつかって音が出てしまったが、ウサギだと言って誤魔化していた。

「本当に嫌味な男だ」

一緒にいるミシェルとロランに同意を求めることしかできない。この二人もジョエルには参っているはずだ

「彼女は本当に私達と」
「ノアールがそう召喚したのだからな」
「しかし」
「なんだロラン、ノアールの術が失敗していると?そうとでも言いたげだな」
「いえ、ノアール殿のことが気に入ったのであれば私達はお気に召さないのではないかと」
「あぁ、年下の男しか愛せないタイプだと思っているのか?ジョエルも選んだのだからそれはないだろう」

夫すべてを自分の好きなタイプで揃えることができるなんて貴族の我儘娘くらいだろう。何人かはそうであったとしても、貴族間の繋がりをある程度保たなければならない婚姻のほうが多いのである。3番目であろうと王子である自分もただ好きというだけで平民の娘など嫁に迎えることはできない。
まぁ彼女が年下男が趣味だとしてもノアールさえいれば一生困ることはないだろうが。



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