女神は堕落に染まってく

にぃ

文字の大きさ
上 下
1 / 4

女神は堕落に染まってく(前編)

しおりを挟む
 何もない真っ白な空間。
 俗界では考えられない現実離れな空間にポツンと俺は立っていた。

「ここは……天国か?」

 ブラック企業勤めが祟って俺は死んでしまったのか?
 疲労困憊の中でゲームなんかするもんじゃなかったな。普通に身体を労わって睡眠を取るべきだったわ。

「——いいえ。違います。ここは現世と別世を繋ぐ狭間の空間。そして貴方には選ばねばなりません」

「うわっ!?」

 背後から突然響く女性の声。
 自分以外に誰かがいるとは思いもしなかったので飛び上がるように驚いてしまった。

七井蒼汰なないそうたさん。選びなさい。このまま魂が昇華されて現世で生まれ変わるか、それとも異世界に転生か転移を行い、魔王と戦うか」

 ああ。なるほど。アニメで見たことある。
 これ異世界転生モノの導入でよく見るやつだ。

「貴方は……女神様なのか?」

「はい。私は転生の女神トレシアと申します」

 ペコリと一礼してくれる女神トレシアさん。
 女神という立場を笠に着ることなく、物腰柔らかで低姿勢な人だなぁ。

「もし、異世界転生を選んでくれた場合は、特殊な力を貴方に付与して差し上げます。その代わり、絶対に魔王を倒してくださいね」

 もう異世界転生を選べと圧を掛けられている気がする。
 でも、現世で生まれ変わることに何のメリットも感じないし……
 俺も凡例に肖って異世界転生を選ぶべきなのかな。

「……あ、あの、蒼汰さん? ず~っと気になっていたのですが……」

「はい?」

「手に抱えている『箱』みたいなもの、なんですか?」

「えっ?」

 言われ、自分が手ぶらでないことに初めて気づく。
 手に持っているもの……やたら馴染む感触のそれは……

「ヌンテンドースイッチ!」

「ヌンテンドースイッチ!?」

 俺に続いて女神さまも跳び退きながら驚きを示していた。






「た、たのしい! たのしいいいい! なにこれ! なんですこれ!?」

 女神トレシアさんはスイッチの携帯モードで『ミリオカート』を遊んでいる。
 日本のゲームすげぇ。女神すら魅了しているよ。

「ていうかなんで俺はスイッチ持ってたんだ?」

 死ぬ間際ゲームしていたからか? ていうか現世でもない狭間の世界で起動するスイッチってやっぱりすげぇ。

「そんなことより! 蒼汰さん! どうしてDLCを購入されていないのですか!? 48個も追加コースあるんですよ!?」

 すでに俗に馴染み過ぎじゃないか、この女神。
 さっきまでゲームの『ゲ』の字も知らなかった人がダウンロードコンテンツ未購入を嘆くんじゃないよ。

「あのさ。ゲームに夢中になる気持ちは分かるけど、遊んでいていいの? 俺、異世界に転生して魔王倒さなきゃいけないんじゃなかったっけ?」

「魔王討伐なんて別の勇者に任せればいいじゃないですか! 蒼汰さんは私と一緒にゲームで楽しんでくれればそれでいいんです!」

「それでいいんだ!?」

 目を輝かせながら夢中でゲームを楽しむ女神トレシアを見ているとつい俺も口角が緩んでしまう。
 そういえば俺、ゲーム友達を作ることが夢だったっけ。
 結局その夢を果たせずに過労で死んでしまったみたいだけど、死した後に夢がかなうことってあるんだな。

「トレシアさん。ミリオパーティやろうぜ。多人数でミリパやってみたかったんだ」

「はい! やります! えへへ。楽しいよぉ~!」

 先ほどまでの威厳はどこに行ってしまったのか。
 今や目の前に居るのは女神様というよりはゲームを買ってもらった小さな女の子にしか見えないのであった。






「あ、あの、トレシアさん? 転生希望っぽい方々が数人並んでいるみたいなんだけど」

「今いい所なんですから後にしてください。オープンワールドのゾルダ神ゲー過ぎです♪」

 ゾルダに手を染めてしまったか。100時間は抜け出せないなこれ。

「え、えっと。先に俺が代行して進路調査させて頂きます。皆さんは現世への生まれ変わりと異世界への転生どちらが希望ですか? ちなみに異世界転生の場合、魔王を倒すことがノルマとして課せられますが、そこのゲーム廃人からチート能力がもらえるみたいです」

 なんで俺、女神代行みたいなことやっているの? まぁ、暇だから全然良いのだけれど。
 これも全てトレシアさんが悪い。この子最近多人数ゲームより1人用ゲームにハマっているからなぁ。俺が暇になってしまって仕方がないのだ。

「トレシアさん。一旦ゲームストップな。ここにいる皆さん異世界転生を希望みたいなので早く送ってあげて?」

「むー、面倒くさいですね」

「お仕事全うできるまでゲームはお預けです」

 ひょいっとトレシアからスイッチを取り上げる。
 トレシアは不満そうに思いっきり頬を膨らませていた。

「うわーん! 私のゲームが!! そうちゃんの鬼―!」

 女神様と仲の良さそうな俺に怪訝の視線が集まっている。
 いつの間にか蒼ちゃん呼びされてしまっているくらい俺とトレシアさんはゲームを通じて仲良くなっていた。

「はぁ。わかりました。やればいいんですよね。それじゃ手前の貴方。貴方には『ジャンプ』のスキルを差し上げます。手から球体状の『ファイアボール』も出せる様にしてあげます。『マンマミーヤ』って言葉以外喋れなくなる副作用ありますが、それくらい別にいいですよね? 魔王討伐頑張ってください」

「マンマミーヤ!」

 最強のヒゲ戦士が出来上がったみたいだけど副作用えぐすぎない?
 まぁ、この人なんか嬉しそうだし、別に良い……のか?

「貴方には伝説の剣を差し上げます。回転切りが得意の剣士として活躍してください。『でやぁぁぁぁぁっ!』っていう言葉以外喋れなくなりますけど、どうか気にせずに」

「でやぁぁぁぁぁぁっ!」

 剣だけじゃなく、爆弾やブーメランもおまけして貰えたそうだ。めちゃくちゃ嬉しそう。

「貴方には暴食のスキルを差し上げます。食した者の能力をそのままコピーできるチートスキルです。見た目が1頭身になりますが可愛らしいので別に良いですよね」

「ぽよ!」

 くっそ可愛いピンクの球体がプカプカ浮かんでいる。この愛らしさは異世界でも人気出るだろうなぁ。
 スキルを授かった3人は仲良く異世界に送られる。頑張ってくれ。異世界の勇者として。

「よしっ! 終わりました! 蒼くんゲームタイムに戻りますよ! なんだか無性に『ヌマブラ』したい気分です!」

「奇遇だね。俺もだよ。今日もボコボコにしてあげるね」

「むぅぅ。今日こそは絶対勝つんですから! アイテム無しの終点で良いですよね?」

「もち!」

 何もない真っ白な空間。
 そこに存在する一つのゲーム機。
 そこには責務を忘れてゲームに没頭する女神が存在する。
 女神とゲーマーは今日も微笑み合いながら幸せそうにコントローラーを握っているのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...