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外伝「血風のラルダーラ」

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 マルー・スパイサーはラルダーラ傭兵団の団長をしている。ラルダーラはせいぜい数百名規模。戦乱の世の傭兵団としては、実は少ない部類に当たる。国によっては十万単位で戦力を整えているのが普通だからだ。
 彼女はまた、自分の稼業に誇りを持っている。

 世人は言う。傭兵は快楽殺人者であると。
 世人は言う。傭兵は無差別略奪者であると。

 マルーはそれを否定しない。今の時代、悪口雑言は付き物だ。たとえそれが根も葉もない噂だとしても、甘受せざるを得ない。
 代わりに、彼女は行動でもって証明する。

 私たちは確かに殺人を行う。
 私たちの一部は確かに略奪を行う。
 だが、私たちはぎりぎりの場所で人間である。

「メドラーノから情報が入った」

 ラルダーラが駐屯地している屋敷である。マルーの前には歴戦の団員たちが集まっている。皆、彼女が団長であることに不満を抱いていない。全身を猛烈な傷で覆われた強き人、マルー・スパイサー。彼女にはそれだけの格と実績があると認めている。

「『友邦雷火』の連中が、ロンドロッグに接近しつつある」
「布教活動ですかね」

 マルーの右腕とも言える弓使いの少女、ハーモニー・ドグラが言った。マルーはこれに口角を上げることで肯定の意を示した。

「ああ、あいつら流の『ご挨拶』をしてくるだろう」

 メドラーノからの急報にあったその名前を聞いた時、マルーは戦闘の予感に身震いした。単なる人間の勢力以上に心置きなく戦える相手だ。
 友邦雷火。今から半世紀ほど前に始まった市民運動である。いや、最初は市民運動だったというべきだろう。それはビリー・クラークという小柄な男が始めた、「魔族との融和共生、および文化交流」を叫ぶ言論だった。

 だが、前身団体である「友邦協和」にウィンストン・イグナシオが加入したところから、中身は大きく変容していく。イグナシオは魔法力の込められた夜間照明の営業員だったが、友邦協和に加入して以降は宣伝部長としてその豪腕を発揮した。
 その特徴は被差別階級や多重債務者への集中した勧誘にある。彼の思想はやがて友邦協和の方針にも反映され、「魔族との融和共生、および武力による生存領域の拡大」に変質していく。

 彼が暗躍して行われたとされるのが、「指導者ビリー・クラークの遭難」である。クラークはイグナシオに主導権を奪われながらも、引き続き平和を呼びかけていた。しかし、彼は演説中に突然現れた暴漢によって、無残にも刺殺されてしまう。
 イグナシオはこれを人類による国家的暗殺と非難。直接行動による人類革命のため、また魔族との共存のため、徒党を組んでの組織的略奪を正当化する演説を行った。友邦協和運動は、ここに至ってあらゆる攻撃を含む友邦雷火へと名称を改めたのである。

 以後、防衛力を持たない都市を中心に、友邦雷火は活動範囲を広げていった。言ってしまえば「イナゴ型テロリスト」なのだが、彼らは「貴族階級打破、大商家徹底破壊」を合言葉に、守る術を持たない街で略奪を繰り返した。その運動は各地で「解放部隊」の編成へと繋がり、独自の指揮系統で動き続ける形となった。

 今、ロンドロッグに迫るのも、解放部隊のうちの一つと考えられた。これを放置しておけば、ロンドロッグ市は無秩序な暴力によって蹂躙されてしまうだろう。

「ロンドロッグの市民軍はすでに行動しつつある。私たちの役目は、害虫どもの『頭』を潰すこと」
「いつもどおりにやれと」
「そういうこと」

 それでも素人相手に手数をかけるつもりはない、とマルーは言った。

「手早く済ませる。烏合の衆相手に、無駄な人命を使いたくない。平和運動には平和な行為で返すのが筋ってもんだろう。私とハーモニーだけで、敵陣に潜入して敵司令部をぶっ潰す。その間の指揮はパラムに任せる」
「了解しました、姉御」

 浅黒い肌と両脇に備えた4本のナイフが印象的な男、パラム・ダガーが答えた。彼はきちんと椅子に座り、背筋を伸ばしていた。指先まで揃える姿は、まるで学生のような几帳面さだった。

「敵が元気なうちの戦闘はぼちぼちで構わないが、逃げるようなら完膚なきまでに叩きのめせ」
「その通りに」
「団長、伏兵の準備はどうしますか」

 ハーモニーの問いかけに、マルーは付近を示した地図へ指を置くことで答えた。

「マウリク、クレオ。あんたたちが100人ほど連れて潜みな」

 マウリク・ニューサムとクレオ・ウルビナも古くからマルーに付き従っているベテランだ。それだけで、あとは自分たちのすべきことを理解していた。
 これで本隊をパラムが、別働隊をマウリクとクレオが率いることとなる。さらには、マルー自身とハーモニーが友邦雷火の中心に「潜入」する形だ。ハーモニーが魔力を込めた矢を射ち上げたら、全軍が反撃に出ることを示し合わせた。

 この話し合いから時を待たずして、マルーとハーモニーの姿はすでに友邦雷火の陣中にある。長い道のりを行軍してきた彼らはロンドロッグ市へ「金品ならびに食料を革命活動に拠出すること」を要求として突きつけており、現在はその回答を待っているのだ。
 マルーとハーモニーは、そこに「市からの回答を携えた使者」として現れた。この件はメドラーノと事前に意見を交換している。メドラーノは友邦雷火の要求をハナから無視するつもりだったし、ラルダーラの戦力を信じていた。彼はまた市民軍に被害が及ばぬよう、ラルダーラだけで解決することを望んでいた。市民に被害が出れば、支持率に傷がつく。

 かくて、マルーたちは友邦雷火の兵たちが周りを取り囲む完全包囲の中、悠然と指導者のもとへ案内された。余裕だろうか、マルーもハーモニーも武器を携帯したままの入場を許された。これもリスク管理のノウハウがないところから来る怠慢であったかもしれない。

「ラルダーラのマルー・スパイサーだな」

 友邦雷火の部隊長を名乗る女、ナンディニ・ポンダーはマルーの正体をあっさり看破した。マルーは有名人なのだ。業界に少しでも触れたことがあるなら、顔も含めた全身に傷がある女を知らぬはずがない。

「そうさ。今はロンドロッグの代表として来た」

 マルーとて、それくらいは想定済みである。また、たとえ指導者の天幕にたどり着くまでにバレたとしても、交渉が決裂するわけはないと考えていた。
 友邦雷火としても、無駄な戦闘は避けたいのだ。何しろナンディニたちは解放部隊として、独立した意図のもとで動いている。ということは、解放部隊の隊員が戦意を失ってしまうと、たちまち部隊単位で士気が死滅することになる。ロンドロッグは中から大規模の都市にあたる。ここに強攻を仕掛けることは、彼女らにとってのリスクを意味する。それなら、たとえ企みがあるにしても、使者を迎えるのに否やはない。

「ロンドロッグは私たちに物資を提供し、友邦雷火の理想を実現するための尖兵となることを望むか」

 ナンディニの言葉には、どこか台本を読むような白々しさがあった。彼女は目の前に伝説的な傭兵が現れたことで、ロンドロッグの戦意を確認したような節があった。
 事実、彼女の腕は緊張に強ばり、筋肉が隆起している。すぐにでも刀を振るい、目の前のマルーたちに斬りかかりそうだった。
 この天幕にいるのは、マルーとハーモニー以外のすべて、約30人ほどが友邦雷火の構成員だった。30対2だ。普通に考えれば、すでに勝負は決している。ましてや2人のうちの1人は弓使いで、こうした混戦には不適格だ。いかにマルーが恐るべき戦力であったとしても打ち倒せる、という計算が働いているようであった。

 それをせせら笑うのが、マルー・スパイサーである。

「ロンドロッグは、あんたたちが税金と通行料を納めてくれることを望んでいるんだがね」
「私たちの要求を拒絶するということだな」

 マルーはやれやれと首を振った。
 それだけで、辺りに緊張が走った。彼女の近くにいると、死の匂いがするのだろう。友邦雷火の構成員たちは皆、距離を取っていた。

「ナンディニだったね。あんた、人を殺したことがあるかい」
「ある」
「他の者たちは」
「これ以上答える義理も理由もない。ロンドロッグの最終回答を伺おう」

 武装した私たちを余裕こいて案内した時点で終わってたのさ、とマルーは言った。彼女は一丁のバトルアックスを背負っていたが、それがいつの間にかマルーの手に握られていた。まさしく瞬速だったため、いよいよ彼女を囲む者たちの恐れが高まった。その表情が引きつっているのがその証拠だった。
 マルーは思った。この哀れな反乱者どもを救う道はいくつかある。政治的解決。経済的解決。だが、自分たちにできるのはたった一つの道より他にない。
 もしもリュウがこの場にいたならば、彼が元いた世界の指導者の名言でもって揶揄したことだろう。そう、「死がすべてを解決する」という言葉を。

「私たちは不当な要求を拒む。そして、戦争では、てめぇの懐に入られた時点で終わりだ」

 マルーの筋肉が隆起し、殺戮の斧がぐるりと一回転した。猛烈な破壊の断撃が無慈悲に人体を破断し、猛烈な血の海が誕生する。この恐るべき一撃を、ハーモニーは悠然としゃがんでかわしていた。それのみならず、彼女はすでに両手に弓を持ち、天幕を突き破る勢いで魔法力を込めた矢を空へ放っていた。
 お互いに何を考えているかを理解できているからこそできる、生と死のタイトロープで踊る連携だった。

「殺人者め」

 暴虐的な斧の一撃をどうにか回避したナンディニが、手から炎魔法を発動する。生み出された魔法の炎はたちまちマルーにまとわりつく。
 だが、それだけだった。
 マルーの体内に施された攻撃魔法の無効化の刻印が、さながら行水をしている程度の違和感しか彼女に与えていないのだ。

「そうさ、私たちは殺人者だ」

 こう発言するマルーはすでに大上段に斧を構えている。
 その斧が、寸分違わず、ナンディニの頭を粉砕する。悲鳴すら上げることを許さない、絶対的な死の落下だった。

「生きるからには、誰かの命を奪うのさ」

 天幕は今や完全に吹き飛び、マルーとハーモニーは友邦雷火の陣中に孤立する形となった。しかしながら、それは事実ではない。現実的な味方をするならば、「友邦雷火の哀れな弱兵たちが、歴戦の武者2人に相対させられた」のである。
 辺りはたちまちパニックになった。天幕があった場所に現れたおびただしい血が、彼らを恐怖のどん底に突き落とした。しかも、マルーとハーモニーがさらなる殺戮の手段の行使に入ったから、流れる血の量は劇的に増大した。

 そこへ、マウリクとクレオの伏兵が襲いかかる。たかだか200名程度の奇襲だが、それだけで数千人規模の友邦雷火の部隊が浮足立った。さらには指示を請いに来た指揮官たちが、マルーとハーモニーの餌食になっていく。
 事ここに至り、パラムの本隊が乱入してくる。ここまで来ても数的比率はなお1対8ほどだったが、もはや友邦雷火の潰走は免れない状況となっていた。すでに彼らは指揮系統に異常をきたし、「革命指導」の頭脳を失っている。彼らはもはや存在意義を失った上に、三方からの敵の出現に備えなければならなくなった。なお言えば、中央では激烈な虐殺が始まっているのだ。

 彼らにとっての不幸は、「帰る場所を持たない」という特性にあっただろう。潰走しようにも、どこに向かえばいいのかわからないのだ。まとめて逃げるならまだしも、散り散りになって逃げるしかなかった。結果として、川や沼にハマって溺死する者が相次いだ。
 やけになってラルダーラに突撃を行う小部隊もあったが、局地的な数的不利を背負って戦える相手ではなかった。

「捕虜を取りますか」

 弓を連射しながら、ハーモニーが言った。彼女の声は弾んでいて、まるで遊園地に来た少女のような明るさがあった。まさしく戦場という居場所で高揚しているのだった。

「私たちはそういう戦い方を学んでこなかったからねぇ」

 マルーの答えはこうだったが、すぐに「いや」と続けた。捕虜を取る戦い方をしてこなかったのはハーモニーも同じであり、今さら聞いてくるわけがないのだ。よって、マルーは考え方を変えた。

「リュウのやつに恩を売ろうか」
「たらふくお金がもらえますよ」
「新しい戦場もね」

 かくて、二人は明らかに戦意を失った者の命を奪わないように努めた。これは「戦力漸減」を旨とする戦い方には反するものだったが、結果として、より高い純度での戦果を挙げることになった。
 もしも相手が友邦雷火でなく正規軍であったならば、偽装降伏にも注意する必要があっただろう。マルーはその可能性を踏まえて、常に全力で敵の排除を行ってきた。組織に雇われる傭兵ならではの発想である。
 だが、彼ら根無し草であれば、あるいは生け捕りにする方が価値が高くなるのではないか。その可能性に行き当たった。

 事実、たとえ国同士の戦いであっても、王族を捕虜にすることは多額の身代金を得る効果があった。こうした本隊への攻撃は貴族を主力とした常備軍が行うことが多く、傭兵は基本的に露払いが多かったため、「生きた人間で金を得る」というところに行き当たらなかったのだ。
 もちろん、ラルダーラには殺傷力が求められてきたという事情もある。しかし、今その前提は崩れ、新しい道を大量の血が導くままに模索すべき時だった。

「逃げるやつは殺せ、降るやつは生かせ」

 マルーの叫びが、合流しつつあったラルダーラの者たちにも届いた。もっとも、戦闘中にどれだけ意図が伝わったかはわからない。
 ただ、この戦いの後にロンドロッグならびにチャンドリカの人口が増えたという事実がある。戦乱の中、血しぶきが作り出した現実は、紛れもなく新しい軸となって動きつつあった。
 それとともに、ラルダーラ傭兵団がロンドロッグに雇われているという情報も、ようやく世界の中小勢力にも広がりつつあったのである。
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