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第64回「怨霊聖女」

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 見かけは、確かにサマーだ。
 だが、声がまるで違う。同じ少女のものでも、サマーのそれとは完全に違ったし、何より聞き覚えがあった。

「その声、ジャンヌか」
「寝ていれば気持ちよくあの世に逝かせてあげたのに」

 月並みだな。
 だが、ゆえに恐ろしい。
 僕はそう感じた。殺人快楽症を思わせるジャンヌの言動は、サマーの体を通じて出ることで、より不気味に感じられた。
 ああ、そうだ。すでに、僕はサマーの中身に、「どうにかして」あのジャンヌの意志が入り込んでいることを確信している。そして、その「どうにかして」の部分は、彼女がヴィセンテ塔でほとんど野放し状態で捕えられていたことに由来すると考える。

「サマーに何をした」
「月並みな質問ね。そんな凡庸な問いに答えるために、私の頭脳が存在しているわけではないわ」
「サマーを泳がせておいたのは、君がこうして楽に『潜入』するためか」
「まあ、そういうところね。本当はアルビオンの首を取れれば良かったんだけど、貴方でもいいかなって」
「僕はついでか。安く見られたもんだ」

 僕にはジャンヌが魔王の首を本気で取ろうとしていたようには思えなかった。こんな回りくどいことをしなくても、いくらでもやり方はあるのだ。

「その暗殺にも失敗しちゃってさ。あーあ、私ってば無能ちゃん。可哀想で泣けてくる」

 サマーは泣くような仕草を見せた。仕草だけだ。涙は一滴たりともこぼれていない。見る者を不快にさせるジェスチャーだった。だが、それこそが彼女の裏側にいる支配者の狙いであろう。

「サマーの意識は生きているのか」
「貴方、夕方までお風呂で乳繰り合ってたじゃない。好きなだけ話しかけるといいわ。もっとも、それを届けるかどうかは私の意思次第だけど」

 まったく性悪なやつもいたもんだ。

「全部見ていたとはね。覗き魔に聖女の名前は似合わない」

 サマーの青白い炎がいっそう強まり、辺りの空間が歪んで見えた。あの自称ジャンヌ・ダルクが時空間を歪めることに長けているのならば、今まさしくサマー・トゥルビアスはその狭間に連れ去られているのかもしれなかった。
 これは決して正しい理論と確定していないが、僕には確信があった。ジャンヌはこの世界にある転移魔法や時空魔法の理論を応用し、どこでも自由に出入りできる能力を会得している。しかも、それは決してこの世界のみに留まらず、あらゆる異世界を行き来できるのではないか。そう仮定することもできるのだ。

 僕はたっぷりと肺まで水で満たされて、この世界にやってきた。自分の命を賭して、ここに流れ着いてきたのだ。いわば漁師に釣り上げられた魚のようなもので、たまたまそこで超一級の烙印を押せてもらえたから、こうして幸福な立場にいるに過ぎない。
 ジャンヌは違う。彼女は今や魚にも漁師にもなれる。そうだ。「漁師を食っちまった」のかもしれない。あらゆる世界を悠々と泳ぎ回り、人や魔や国の思惑を超えて、超然たる調停者として振る舞おうとしている。

「リュウ。貴方の力は本当にすばらしい。ぜひとも私に味わわせてちょうだい。そして、私の一部になるといい。それがこの世界のためにもなる」

 サマーの右手が強く輝き、中から大振りな槍が現れた。それは僕らが回収してきた聖女の槍に似た形だったが、決して同じ形状とは言えない代物だった。

「神、あれは」
「ああ、聖女の槍……いや、魔王の槍か」

 古びた槍とは呼べない、禍々しい力に満ちた輝きを放っていた。サマーは槍を掲げ、一歩近づいてきた。
 僕は退かなかった。だが、間合いには気をつけないといけなかった。この部屋の入り口は決して狭くないが、それでも槍にとって有利な空間であることは確かだった。

「サマー・トゥルビアスは優秀な依代でね。すばらしい実験ができたわ。彼女が心の底から心配していた副官を、カディ・ヤオを、本当は自らの手に掛けたと知ったら、どんな顔をするでしょうね」
「お前は……」

 プラムが怒っている。
 挑発だ。落ち着け。

 ただ、サマーがカディ・ヤオを殺したというのは、ありありと想像できる光景だった。もしも彼女がジャンヌに入り込むことをたびたび「実験」していたとするならば、その手で戦友を殺させるような「見世物」も喜んで行っただろう。
 空間の歪みが大きくなったように見えた。さながら餓狼が四肢に力を込め、飛び掛かる直前のようだ。言葉ほどにはサマー、ひいては中身であるジャンヌも、僕らのことを侮っていないことが理解できた。

 一瞬で、首を跳ね飛ばしてあげる。

 そんな意志が放射されているように思えた。だとするならば、僕はそんなものに付き合ってはいられなかった。

「怒りなさい。その怒りはやがて世界を変革する力となる」

 彼女が何を求めているのか、少し垣間見えた気がした。
 怒りによる世界の変革だって。そんなものは有史以来、幾度となく試みられてきた。だが、怒りはやがて放散し、怠惰の中に眠りを見る。ポリュビオスの政体循環論を引用するまでもなく、これは動物としての人間の宿命だ。群れは常に同じボスで居続けることはできない。
 それとも、彼女はそんな枠組みすらも超越することを望んでいるのか。

「君の望みは何だ、ジャンヌ・ダルク」
「私の望みは貴方よ、リュウ」

 僕は強く拳を握った。自分が想像以上に感情を動かされていることに気づいた。何としてでも哀れな少女を救わねばと思った。あの子に取り憑いているのは、いわば命の業としての怨霊だ。僕なんてかわいく見えるレベルの邪神だ。必ずや解放してあげねばならない。
 そうだ。
 寄生虫を、破壊するのだ。
 これが僕に与えられたミッションだ。

「では、僕の望みを言おう。その少女の体から離れろ、桜の園の亡霊」
「この少女の体は私のものよ、寄る辺なき賢者」

 サマーが槍を構え、猛然と突進してきた。
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