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第八章

8-14.横穴

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 翌日、仁たちは10階層の安全地帯を出発した。10階層のボスである迷宮王牛ミノタウロスは別のパーティーに倒されたのか存在せず、そのまま通過して中層に足を踏み入れた。

 これまでの道中と同じく、ノクタの先導で進み、特に問題が起こることなく12階層に到達した。他の冒険者や探索者とすれ違うことがなく、昨日以上の情報は得られなかったが、捜索隊の一行は足早に横穴が出現したという階層の端を目指した。入り組んだ細い洞窟状の通路を進むと、奥まったところにある行き止まりだった場所の壁に、大穴が開いていた。光の届かない暗闇がぽっかりと口を開けて仁たちを出迎える。

「ここか。兄ちゃん。照明の魔道具を用意してくれ」

 ガロンの指示を受け、仁がアイテムリングから照明の魔道具を取り出してガロンに手渡す。ガロンが魔道具を起動すると柔らかな光が灯った。ガロンは横穴の手前まで進み、照明の魔道具を暗闇の中に挿し入れてゆらゆらと辺りを照らす。他の面々もガロンと共に既存のダンジョンと横穴の境界線の辺りから内部を覗き込んだ。光の届かない奥まではわからないが、ダンジョンの壁と似たような剥き出しの岩肌を持つ洞窟が続いていた。仁は目にした光景に違和感を覚え、眉間にしわを寄せる。

「なぁ、おかしくないか?」

 ガロンが横穴に視線を固定したまま、誰に問うでもなく声を上げた。

「この横穴が本当に2階層の縦穴に繋がってるんだっていうなら、崩落した土砂や瓦礫はどこに消えた?」

 誰も答えることができないまま、しばしの沈黙の後、ガロンが続ける。

「そもそもだ。この掘られたような平坦な横穴はなんだ。奥はわからねえが、こんなものが自然にできるっていうのか? 壁から光こそ出てねえが、まるでダンジョンに新しい通路ができたみたいじゃねえか」

 ガロンの言葉に、仁はハッと息を呑む。今回の件は崩落事故などではなく、ダンジョンが造られたものであることを知る何者かによって人為的に引き起こされたものではないのか。仁は薄ら寒さを感じて身震いをする。一体、誰が、何のために。仁の頭を疑問が埋め尽くす。以前、仁の前に現れた若いラストルの姿をした観測者は、必要になれば最下層を訪ねるよう言っていた。今がその時なのか。仁の心中で鎌首をもたげた不安がとぐろを巻く。

「ジンお兄ちゃん?」

 胸中の不安が表情に出ていたのか、ミルが仁を見上げながら裾を引っ張った。仁はかぶりを振ると、何でもないとミルに微笑みかける。ミルは尚も心配そうにしていたが、仁は意識を横穴の内部に向けた。

「兄ちゃん、何か感じるか?」
「いえ。はっきりとはわかりませんが、もしヴィクターさんたちがこの中にいるとしても、すぐ近くというわけではなさそうです」

 もっと時間をかけて精査すれば何かわかるかもしれないが、今のところ仁の魔力感知に引っかかるものはなかった。洞窟の中は外よりも魔素が濃いように感じられ、仁の感知の精度を下げていた。

「ミルの嬢ちゃんはどうだい?」
「魔物の気配は感じないの」

 ミルがふるふると首を横に振ると、ガロンは一際大きな声を出す。

「よし。ここでこうしていてもらちが明かねえ。十分に注意しつつ、中に入ってヴィクターたちを捜そうと思うが、それでいいか?」

 ガロンが周囲を見回すと、皆は真剣な眼差しで頷きを返した。

「決まりだな」

 ガロンがそう宣言して、ノクタに照明の魔道具を手渡す。

「想定外すぎて、何が起こってもおかしくねえ。慎重に頼むぜ」
「は、はい」

 緊張の面持ちのノクタが喉を鳴らす。その丸まった背中をガロンが平手で打った。

「頼りにしてるぜ」

 ガロンがニカッと歯を見せると、ノクタの細い背が真っ直ぐに伸びる。ノクタは左手に持った大きな盾を左斜め前方に構え、松明たいまつ状の魔道具を高く掲げた。仁はノクタの後ろ姿を眺めながら、仄かな安心感を抱く。

「そういえば、玲奈ちゃんが盾を使いたいって言い出したのはノクタさんがパーティを守る姿に影響を受けたからなんですよ」

 仁がぽろっと告げた事実に、勢いよく振り返ったノクタが驚愕で目を見開いた。

「ほう。ノクタ殿はあの勇者殿の隠れた師というわけですかな? それは興味深い」
「そ、そんな、師だなんて。ぼ、僕なんてレナさんの戦いぶりに比べれば足元にも……」
「勇者の憧れる盾使いか。俺も鼻が高いぜ」

 再び丸まったノクタの背を、ガロンが豪快な笑い声を上げながら何度も叩く。ひとしきり笑い合った捜索隊の面々から硬さが取れていた。

「で、では、行きます」

 ゆっくりと横穴へ足を踏み入れるノクタに、皆が続く。仁はノクタが照らす先に注意を向けながら全方位の魔力を探ろうと試みるが、やはり洞窟内に充満する濃い魔素に遮られ、遠くまで探ることができないでいた。洞窟は段々と広がっているようで、ダンジョンの通路とは比べ物にならないくらいの横幅と高さを持っていた。

「ガロンさん。大声でヴィクターさんを呼んだりしていいものですかね?」
「どうだろうな。下手に大声を出して魔物を呼び寄せてもまずいしなあ。もし奥にいるんなら向こうからは光が見えるはずだから、それに期待した方がいいかもしんねえな」
「そうですよね……」

 仁はもどかしさを感じるが、どうしようもなかった。せめてヴィクターたちが動ける状態でいるよう祈りながら捜索を続ける。仁は光の届かない闇の中で何かが手ぐすねでもしているような、言い知れない不安を感じた。

「ミル、大丈夫? 怖くない?」

 仁は自身の不安を誤魔化すようにミルに声をかけた。ミルは真剣な表情で洞窟の奥を見つめていた。

「ミルは大丈夫なの。ミルにはジンお兄ちゃんたちがいるの。ファムちゃんもヴィクターさんと一緒だから、きっと大丈夫なの」

 ミルは自分よりも友人が心配なのか、自身に言い聞かせるように話し、右手で握りしめた両親の形見の短剣に目を向けた。小さなミルが不安に負けないように頑張っているのに、仁は自分が形のない不安を恐れてどうするのかと不甲斐なさを感じ、左の手のひらで自身の頬を軽くはたく。仁は気合を入れ直し、より集中して周囲の魔力を探り始める。

「え」

 仁の口から思わず言葉が零れた。急に足を止めた仁を訝しがり、ガロンがノクタにストップをかける。

「兄ちゃん、どうかしたか?」
「こ、これは……?」

 仁は立ち止まったまま、心ここに非ずといった風に周囲にキョロキョロと視線だけを動かす。洞窟内部に満ちていた目には見えない濃い魔素が、台風の強風のよう唸りを上げて奥に向かって移動していた。仁たちのいる場所よりもっと奥の一点で、魔素が集まり、球状に凝縮されていく。

「おい、兄ちゃん。どうした!」

 仁の様子にただ事ではない雰囲気を感じ取ったガロンが仁の肩を掴んで体を揺さぶる。

「まさか!」

 カッと目を見開いた仁が唐突に声を上げる。その直後、ドンッと大きな音が響き、洞窟の床を振動が伝った。

「皆さんはここにいてください!」
「あ。おい! 兄ちゃん!」

 ガロンの制止を振り切り、仁は洞窟の奥目指して全力で駆け出した。その先で――

「きゃぁあああ!!」

 聞き覚えのある少女の悲鳴が洞窟内に反響したのだった。
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