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第八章

8-13.強行軍

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 仁は直接縦穴を降ってヴィクターたちを捜したいという思いに後ろ髪を引かれながらも、後から来る探索者の調査チームに任せようと気持ちを入れ替え、通常ルートで中層を目指した。ミルの獣人特有の優れた感覚器官と仁の魔力感知をフル活用し、ルート上に現れる魔物を察知しては、近づかれる前に仁が魔法で仕留めていく。捜索隊を先導しているノクタは自身の常識を超える光景に目を丸くしながらも、どこかワクワクした思いを抱きつつ、足を速めた。

 仁たちはかなりの強行軍で進み、途中、一度安全地帯で順番に仮眠を取ったものの、通常のパーティが3~5日かける中層までの道程を1日半で走破するという結果となった。

「いやあ、兄ちゃんが強いのは知ってたが、直接目の当たりにするととんでもねえなあ。おかげで楽させてもらったぜ」
「そうですな。英雄殿の実力を疑っていた過去のそれがしのなんと愚かなことか」
「ダンジョンの先導を任されて一度も魔物と戦闘にならないなんて初めての経験です」

 10階層の安全地帯に辿り着いたガロンたちが口々に仁に称賛の言葉を贈る。仁は気恥ずかしさで照れ笑いを浮かべた。

「ミルの察知能力のおかげですよ。的確なミルの指示がなければ、ここまでスムーズではなかったと思いますよ」

 仁がそう言いながらミルの頭を撫でると、ミルは犬耳をピクピクさせながら気持ちよさそうに目を細めた。



 仁たちは10階層のボス部屋近くの安全地帯で夜を明かしてから中層に突入する予定を立て、クランフスに周囲に居合わせた冒険者や探索者などへの聞き込みを任せてテントなどの準備を始めた。

 道中ですれ違った中層帰りの探索者によると、12階層の端で見慣れない横穴を見かけたという話だった。その横穴は縦穴と同じく暗闇に支配されていて、興味はそそられたものの安全を第一に考え、立ち入ることはしなかったという。仁たちの意見はその横穴と2階層の縦穴が繋がっている可能性が高いというもので纏まり、明日はその横穴周辺の捜索と、横穴内部の捜索を行うことになっていた。原因は未だ不明だが、本当にヴィクターたちが崩落に巻き込まれたのであれば明日にでも見つけられるのではないかと仁は希望を感じた。

「兄ちゃんやミルの嬢ちゃんのおかげで予定よりだいぶ早く到達できたな。ヴィクターたちが無事だったとしても満足に動けない状態に陥っていた場合、食料や水の問題を心配していたが、このくらいなら大丈夫だろう。ヴィクターのことだ。万一に備えてある程度の準備はしているだろうしな」

 ガロンが不安を吹き飛ばすように豪快に笑い飛ばす。ガロンの笑い声が周囲に伝播し、捜索隊の面々が笑みを浮かべた。ヴィクターと長い付き合いだというノクタが冗談っぽく口を開く。

「ヴィクターのことだから、今頃子供たちとイチャイチャしているかもしれませんね」
「あ、あの。ヴィクターさんって、やっぱりそういう趣味が……?」

 仁が恐る恐る尋ねると、ノクタとガロンは顔を見合わせ、丸くした目を細めて笑い声を上げた。

「ジンさん。それは直接ヴィクターに聞いてみてください」
「え、いや、それは」
「きっと楽しい反応が見られますから」

 楽しそうに笑うノクタに、仁は困惑の表情を浮かべる。仁としては半ば確信的に、ヴィクターはロリコンなのではないかと疑っているが、直接尋ねる勇気は持ち合わせていなかった。

「ねえ、ジンお兄ちゃん。そういう趣味ってなあに?」

 焚火を囲んでいる仁が声のした方に目を向けると、隣に座っているミルが不思議そうに仁を見上げていた。仁が返答にきゅうしてアタフタしていると、ミルは細い首をこてんと傾げる。そんな二人の様子に、ガロン、ノクタが再び笑い声を響かせたのだった。

「何やら面白いことでもありましたかな?」

 聞き込みを終えて戻ってきたクランフスに、皆の視線が集まる。

「ああ、いや、大したことではないんだがな。それよりどうだった?」

 ガロンがそれまでの笑みを引っ込め、真剣さを滲ませた声で尋ねると、クランフスは首を横に振った。

「そうか。この規模の崩落だと12階層にいなくても音やら振動やらが伝わりそうなもんだがなあ。まぁダンジョンのことだから何が起きてもおかしくはないかもしれねえが。ま、とりあえずは明日だな。みんな、明日に備えて英気を養ってくれ。それじゃあ兄ちゃん頼む」
「はい」

 仁がアイテムリングから次々と料理を取り出すと、歓声が沸き起こる。ミルのお気に入りの屋台の串ものから、鳳雛亭の女将フェリシアの手料理まで、仁が貯め込んでいた非常食を提供する。元々はイムを竜の棲家に連れて行く旅のためのものだったが、ダンジョンを出てからまた集めればいいということで今回の捜索隊の食事は仁が一手に担当することになっていた。

 ダンジョン内で調理する人もいないわけではなかったが、ダンジョンに潜る際には最低限の荷物に止めるのが一般的であり、ほとんどの冒険者にとって既に調理されたものが熱々の状態で出てくるなど考えられないことだった。

「なあ、兄ちゃん。“戦斧バトルアックス”に移る気はねえか?」
「え?」
「それはいいですね。ジンさんなら大歓迎ですよ」

 ホカホカと湯気を上げる串焼きを見つめながら、ガロンがいつになく真面目な口調で言うと、ノクタがフェリシアお手製のスープを飲み干し、満面の笑みを浮かべた。

「ダメなの。ジンお兄ちゃんは渡さないの」

 仁が唐突な話に困惑していると、ミルがピトッと仁に体を寄せ、腕にしがみ付いた。

「すまんすまん。ミルの嬢ちゃん、冗談だよ冗談。大切な兄ちゃんを取ったりしねえよ」
「ガロンさん。今、それなりに本気じゃなかったですか?」
「おい兄ちゃん。ミルの嬢ちゃんが睨んでるじゃねえか。蒸し返すようなこと言うんじゃねえよ。ちょっとだけだよ、ちょっとだけ」

 慌てたように苦笑いを浮かべるガロンの様子に、ひとしきりの笑いが起こる。その後、見張りの順番を決め、最初に担当するクランフスを残して、仁とミル、ガロンとノクタがそれぞれのテントで就寝準備を始めた。仁は寝袋に潜り込んだミルに毛布を掛ける。

「ミル。今日もかなり急いだから疲れたよね。交代の時間までしっかり休んでね」

 仁が自分の寝袋に足を入れていると、ミルが毛布の中から抜け出し、仁の枕元に立った。

「どうしたの? トイレ?」

 仁が頭を持ち上げて尋ねると、ミルは仁の寝袋の口を広げて強引に潜り込んできた。

「ミル?」
「ジンお兄ちゃんと一緒に寝たいの……。ダメ……?」

 窮屈な寝袋の中で仁にしがみ付いたミルが、仁の肩に頭を乗せ、不安げに窺い見る。先ほどまで皆の笑い声が響いていたのが嘘のように、辺りは静まり返っていた。仁はミルの小さな体を片手で掻き抱く。

「ダメじゃないよ」

 仁が優しく囁くと、ミルは安心したように表情を緩め、静かに瞼を閉じた。仁は規則正しく寝息を立てるミルを見つめながら、ヴィクターとファムたちの無事を祈ったのだった。
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