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第六章

6-11.決闘

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「場所を開けろ!」

 騎士たちの訓練場にやってきたガウェインは、開口一番、怒鳴り声を上げた。ガウェインの不機嫌さを隠しもしない様子に、若い騎士たちは訓練を中止して、我先にと壁際に寄った。訓練場の中央に1人残った中年の騎士がガウェインに歩み寄る。

「これはガウェイン殿下。どうかされましたか」
「ちょうど良い。お前、立会人をしろ」
「立会人ですか?」
「ああ。これからオレ様に楯突いた生意気な奴隷の処刑……いや、決闘を行う」

 ガウェインは腹立たしい思いを表情に乗せて振り返り、ゆったりとした足取りで歩を進めるコーデリアと、その後ろの仁を睨みつける。中年の騎士はガウェインの視線を辿り、コーデリアに気づくと驚きで目を見開いた。

「コーデリア。遅いぞ」
「そんなに急かさずとも、わたくしの騎士は逃げも隠れもしませんわ」
「ふん。すぐに吠え面をかかせてやる」

 板張りの訓練場の中央で、ガウェインとコーデリアが向かい合う。コーデリアのすぐ後ろに従う仁は兜のバイザーの下で不安げな表情を浮かべていた。

「ひ、姫殿下。これは一体……」

 ガウェインの背後から顔を出した中年騎士が、コーデリアに状況説明を求める視線を送った。

「あら。あなたは?」
「はい。今しがたガウェイン殿下より決闘の立会人を命じられましたゼスト・ローグルと申します」
「そう。ガウェイン兄様と決闘を行うのはわたくしの騎士、ジークよ」

 コーデリアは決闘に至った経緯をゼストに簡潔に話して聞かせた。

「ジークはまだ儀礼用の剣しか持っていないから、元々そちらの武器庫に武器を取りに来たのだけど、せっかちな兄様はジークがじっくり武器を選ぶのを待ってはくれないみたいだわ。それで、悪いのだけど、その訓練用の剣を貸してもらえるかしら」
「そ、それは構いませんが、決闘に訓練用の剣で挑まれるのですか?」

 ゼストは自身が手にしている訓練用の剣に目を落とす。訓練用の剣の形状は一般的な両刃の片手剣と変わらないが、刃を平らに潰されていて、斬ることができないようになっていた。

「いくら決闘とはいえ、ガウェイン兄様の命を奪ってしまうわけにはいかないわ」

 コーデリアとゼストのやり取りを聞いていたガウェインの顔に血液が集まる。ガウェインは怒りで赤く染まった顔で大声を上げた。

「コーデリア! 騎士の決闘とは命のやり取りだ。貴様の奴隷がどんな武器を使おうと勝手だが、オレは手加減などせんぞ!」
「ええ。わかっていますわ」

 コーデリアは激高するガウェインに軽く答え、ゼストから受け取った訓練用の剣を仁に手渡す。

「ジーク。あなたは強い。余計なことは考えず、思うまま剣を振りなさい。きっと体が応えてくれるはずよ」
「わ、わかりました。やってみます」

 仁が真剣な表情で答えると、コーデリアは満足げな微笑を浮かべた。

「ゼスト。後は任せます。セシル、いらっしゃい。こちらで観戦するわよ。あなたの隊長の戦いぶりをしっかりと目に焼き付けなさい」

 コーデリアは不安げな表情を浮かべているセシルを引きつれ、訓練場の端に移動した。仁はコーデリアとセシルから目を離し、右手に握った訓練用の剣を軽く上下に振って手に馴染ませる。

「奴隷。とっとと始めるぞ。このオレ様に楯突いたこと、後悔する暇も与えずにあの世へ送ってやる」

 ガウェインが豪華な装飾の施された鞘から長剣を抜き放ち、仁の喉元に向ける。仁はガウェインの鋭い眼光をバイザーの隙間越しに見返し、訓練用の剣を中段に構えた。ゼストが緊張の面持ちで二人を順に見遣り、コーデリアやセシル、多くの騎士たちが見守る中、決闘の開始を宣言する。

「こちらから行くぞ。奴隷!」

 先手を取ったガウェインが力強く踏み込み、長剣を大上段から振り下ろす。赤色甲冑を授かった上級騎士の名に恥じぬ一撃は並みの騎士では反応できない程の鋭さを持っていた。仁は上方より迫りくる長剣の迫力に負けじと間合いを自ら詰め、ガウェインの剣が振り切られる前に剣の根元を下から斬り上げた。2本の剣が交差し、鋭い金属音が響く。渾身の一撃を弾き返されたガウェインがたたらを踏む。よろめきながら驚愕に見開かれたガウェインの目に飛び込んできたのは、斜め上方から振り下ろされる鈍色の斬撃だった。

「ぐっ……」

 首と肩の間に見事に撃ち込まれた一撃に、ガウェインがくぐもった声を零して片膝をつく。仁はスッとガウェインの眼前に潰れた剣先を突きつけた。あっという間の決着に、周囲の騎士たちの間にどよめきが広がっていく。仁がガウェインから視線を外してゼストに目を向けると、ゼストは小さく頷いた。

「勝者――」
「まだだ!」

 ゼストの口上が遮られると同時に、仁の体が引っ張られて体勢を崩す。仁がハッと顔をガウェインに向けると、左手で仁の刃の潰れた剣を掴んで引き寄せているガウェインの姿が目に入った。ガウェインの顔は勝ち誇った笑みが張り付いていた。前方に倒れ込む仁の首筋目掛けて、ガウェインの長剣が迫る。仁は咄嗟に剣から手を離すと、つま先に力を込めた。次の瞬間、長剣が仁を捉えるより早く、床を力強く蹴って跳ね上がった仁の膝がガウェインの顎を打ち砕いた。ガウェインはそのまま背後から床に倒れ、辺りに鈍い金属音を響かせた。

「しょ、勝者、奴隷騎士、ジーク!」

 今度こそゼストの口上は誰にも遮られることなく、仁の勝利を告げた。一瞬の静寂に包まれた訓練場に、再びどよめきが巻き起こる。ガウェインの連れていた銀甲冑の騎士2人がガウェインに駆け寄り、血相を変えた。

「あ、顎の骨が……!」

 2人の騎士はガウェインを左右から抱えて、引きずるように訓練場を後にした。仁はその後ろ姿を呆けたように見送る。

「大丈夫よ。あのくらいでは死にはしないわ」

 仁は間近から聞こえた声の主に目を向ける。

「ジーク、よくやったわ。これでわたくしの騎士の実力を疑う者はいなくなるわ」
「それが目的で第一皇子を煽っていたんですか」
「あら。何のことかしら」

 コーデリアは悪戯っぽく笑い、小首を傾げる。その歳相応な態度に、仁も思わず笑みを浮かべた。コーデリアが表情を引き締め、辺りを見回す。

「皆のもの! 此度の決闘は正当なものであった。何があろうと、この結果は変わらない。貴公らはその証人である。帝国騎士の名に誓って、真実を偽ることのないよう願う!」

 コーデリアの凛とした声が、辺りに静寂をもたらす。

「さあ。ジーク、セシル。武器庫に行くわよ」

 仁とセシルは顔を見合わせ、上機嫌のコーデリアの後に続く。ゼストをはじめ、多くの騎士たちの様々な感情を孕んだ無言の視線が仁たちの背に注がれていた。この後、黒色甲冑の奴隷騎士がガウェインを打ち負かしたという噂話が、あっという間に帝国騎士の間に広まったのだった。
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