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第五章

5-1.10階層

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「やぁ!」

 玲奈が気合の籠った声を発しながら、3メートル超の巨体から振り下ろされる大斧を左腕の小盾タージェで受け止める。接触面から轟音が響き、玲奈の足腰が深く沈み込んだ。盾が薄青く発光し、毒蛇王バジリスクの毒が大斧を逆流していく。

「はっ!」

 玲奈のすぐ斜め後ろからロゼッタが裂帛の気合と共に槍を突き出し、大斧を持つ牛頭人身の魔物の太ももを抉った。堪らず後退する迷宮王牛ミノタウロス脹脛ふくらはぎを、音もなく背後に忍び寄ったミルの赤い刃が切り裂く。ミルの右手に握られた血喰らいの魔剣ブラッドイーターは、ミルから供給される魔力によって血色の薄い刃を伸ばしていた。迷宮王牛ミノタウロスは茶色い剛毛に覆われた太い腕を後ろに振り回すが、ミルは既にその場を離れていて空を切った。

「毒があまり効いてないみたい。みんな気を付けて。氷弾アイスバレット!」

 玲奈は後ろに跳んで距離を空け、氷弾アイスバレットを続けざまに三連射する。迷宮王牛ミノタウロスは鼻先目掛けて勢いよく迫る氷の弾丸を、大斧で弾き飛ばした。



 玲奈たちが3人だけでの10階層のボス討伐を願い出た日から1週間の時が過ぎていた。仁は3人の要望通り、玲奈たちが10階層のボスである迷宮王牛ミノタウロスと戦っている様子を後ろから見守っている。事前に得た情報から、十分安全マージンを確保したつもりではあったが、一進一退の攻防に一喜一憂していた。仁は助け舟を出したい気持ちをグッと我慢する。仁は討伐成功の前祝いとして贈った新たな装束に身を包んだ3人の勇姿を目に焼き付けるように見つめた。

 玲奈は、薄ピンク色のロングドレスを身に纏い、要所要所を白銀の軽鎧でガードしている。更に側面に羽根飾りの付いた額当てをしている姿は元の世界のヴァリキリーを思わせた。色こそ声優としての玲奈のイメージカラーであるピンクに寄せたが、これは仁の好きなアニメで玲奈が演じたヒロインの衣装を元にして発注した特注品だった。強力な蜘蛛の魔物の糸や希少な鉱物をふんだんに使用しているため、防具としての性能も折り紙つきだ。仁は玲奈にコスプレをさせるようで少し後ろめたさを感じていたが、受け取った玲奈は素直に喜んでくれて、そっと胸を撫で下ろした。

 ミルは玲奈の装備と同様、魔物の素材を用いた革製の軽鎧で、黄色を基調とした色合いに統一されている。素早い動きを阻害しないように可能な限りの軽量化が図られてはいるものの、十分な防御性能を持ち合わせていた。一方、ロゼッタは防御力を重視した金属性の鎧と兜を身に纏っている。白で統一されたそれはロゼッタの輝くような白い髪と合わさり、ロゼッタの高潔さを表しているようだった。

 仁は3人の装備品を手掛けた職人の迅速で確かな仕事に満足し、職人を紹介してくれたリリーに改めて感謝の念を抱く。そんな仁の眼前で、遂に決着の時が訪れようとしていた。



「ロゼ! ミルちゃん!」

 迷宮王牛ミノタウロスの大斧による重い一撃を、玲奈が盾で受け止め、跳ね返した。繰り返した攻防で何度も毒を体内に送り込まれた迷宮王牛ミノタウロスは当初ほどの剛力を失っていた。右腕を大斧ごと弾かれて体勢を崩した迷宮王牛ミノタウロスの胸を、場所を入れ替わるように前に出たロゼッタが胸の真ん中を抉るように槍を突き刺す。苦悶の声を上げながらもロゼッタの頭上に大斧を振り下ろさんとしている迷宮王牛ミノタウロスの右腕を、側面から跳び込んだミルの赤い刃が根元から斬りおとした。怒りに燃える迷宮王牛ミノタウロスの赤い瞳は、左右から玲奈とミルの得物に貫かれて光を失った。

 3人がそれぞれ武器を引き抜くと、支えを失った迷宮王牛ミノタウロスの体が地に倒れて砂煙を巻き上げた。玲奈たちは無言でそれを眺めていたが、砂煙が落ち着くと実感が込み上げてきたのか、口々に歓声を上げた。仁が離れたところで安堵の息を吐いていると、玲奈がミルとロゼッタにハイタッチを教えたようで、互いに手と手を打ち合わせていた。

「玲奈ちゃん、ミル、ロゼ。おめでとう」

 仁が近づいて声をかけると、3人は振り返って笑顔を見せた。

「ありがとう、仁くん。やったよ!」
「ミル、やったの!」
「ジン殿。自分にもできました!」

 興奮冷めやらない様子の3人に、仁は心からの賛辞を贈った。



 その後、ボス討伐の証として迷宮王牛ミノタウロスの巨大な魔石と立派な角を玲奈の革袋に収め、10階層の安全地帯で一夜を明かした。夕食後の話し合いで、仁たちはこのまま11階層以降の中層へ向かうことに決めた。玲奈たちのボス討伐成功の朗報を待っているリリーに申し訳ない気持ちもあったが、一度戻ってからまた潜るのは労力的にも時間的にも効率が悪いように思えたのだった。道中で地上へ戻る探索者か冒険者に会えば伝言を頼むこともできるだろうと、自分たちを納得させた。仁は玲奈たちの新装備を用意する際に力を借りた件も合わせて、戻ったらリリーに何かお礼と、心配をかけたお詫びをしようと心に決めた。ちなみにマルコに支払ってもらった宿代の分は今回の遠征中に過ぎるため、事前に追加料金を払ってそのまま同じ部屋を使わせてもらうことにしていた。

「それじゃあ、行こうか。ここからは俺も一緒に戦うね。初めての場所だし、気を引き締めていこう」
「「「おー!」」」

 仁の出発の合図に、玲奈たち3人は握り拳を突き上げて応えた。
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