55 / 616
第四章
4-8.契約
しおりを挟む
「本当にロゼッタでよろしいのですか?」
「ええ。ロゼッタさんがいいのです」
仁は躊躇いなく答えた。仁の隣で玲奈とミルも大きく頷いた。
「わかりました。それではロゼッタを連れて参りますので少々お待ちください」
パーラはそう言うと応接間を出ていった。
「ねえ、仁くん」
ぽんぽんと肩を叩かれて、仁は横を向いた。
「そういえば、代金ってどうなってるの? パーラさんも何も言わないし、よくは知らないけど、たぶん奴隷ってその人その人で値段違うんだよね?」
「あ、そうだね。誰にしようかってことに頭が行って、すっかり忘れてた。マルコさんによれば余程高値の奴隷でなければ金貨200枚も予算があれば十分だって話だから、足りないってことはないと思うけど」
その後の必要経費を考えると少しは手元に残しておきたいところではあるが、仁は多頭蛇竜の素材を売れば当面の生活に困らないだけの資金は得られるだろうと考えていた。
「仁くんにばかりお金を出させてごめんね」
「いやいや。この資金は玲奈ちゃんの、“戦乙女の翼”みんなのものだよ」
「でも、それって合成獣の報酬だよね。合成獣倒したのは仁くんだし」
「いや。玲奈ちゃんの凍結がなければ素材が痛んで、もっと安くなってたと思うし、みんなのために使うのが一番だよ。それに、個人的な買い物がしたくなったら、そのときは相談して使わせてもらうからさ」
仁と玲奈に挟まれたミルが合成獣という聞き慣れない単語に首を捻っていたが、それを説明するより先に、パーラがロゼッタを連れて戻ってきた。
「お待たせしました」
パーラは一礼すると、後ろに控えるロゼッタに場を譲った。
「改めまして、白虎族のロゼッタと申します。自分を選んでいただき、本当にありがとうございます。自分はレナ様の良き奴隷となることを誓い、非才の身ではありますが、粉骨砕身、皆さまに尽くす所存です」
整った顔に喜色を浮かべたロゼッタが、直立不動で奴隷契約を受け入れる宣言をした。
「それでは意思確認も済みましたし、契約作業に移りますね」
「あ、待ってください」
仁が声を上げると、パーラとロゼッタの視線が仁に向いた。ロゼッタの表情が僅かに曇った。
「ジン様。何か問題でもございましたか?」
「えっと、その。お恥ずかしながら、値段をお聞きするのを失念していまして」
「ああ。そのことでしたら心配なさらずとも大丈夫ですよ。万が一予算を超えるようなら超過分はマルコさんが支払うと紹介状に書いてありましたので」
「え」
仁と玲奈はマルコにもう何度目かになる感謝の念を抱いた。ここまでよくしてもらうと何か裏があるのではと勘繰りたくなってしまうが、仁はマルコの善意を疑うような真似はしたくなかった。
「それに、紹介状によると若い新人冒険者だからと侮るなとのことですし、マルコさんの出番はないと思いますよ。ご購入いただくのもロゼッタですしね」
「ロゼッタさんだからというのは?」
「ロゼッタは特に特技や経験も持たず、非力さから戦闘や肉体労働にも適さず、既に成人しており、唯一の長所である外見は多くから疎まれる種族で打ち消され、物珍しさと歪んだ性癖から来る数少ない需要も性的な要求を本人が拒否する始末。まぁ最後に関しては同情の余地はありますが。ありていに言えば、売れ残りですね」
淡々とパーラから語られる自身の評価の低さに、ロゼッタは今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。ロゼッタは事実なので反論できずにいるようだった。
「そういうわけなので、お客様にロゼッタをご購入いただけて、私も肩の荷が下りた思いです。何分、ロゼッタは私の父の代から買い手が付かず、日々の生活費だけが嵩んで行く始末。奴隷商ギルドの取り決めで簡単に放り出すわけにもいかず困っていたのです。最近になって、とある帝国貴族の目に留まったのですが、それはもう奴隷を人と思わない肥えた豚が人の皮を被ったような男でして。性奴隷としての購入希望だったため、ギルド規約を盾に追い払っておりますが」
パーラはそこで一旦話を切って、口に手を当てた。
「あら、いけません。他のお客様の悪口のようになってしまいましたね。お客様方。聞かなかったことにしてくださいね」
仁と玲奈は入店時の八つ当たりの原因だと思い至り、曖昧な笑みを浮かべた。
「それで、ロゼッタの代金なのですが、金貨10枚となります。本来ですとそれに手数料の金貨5枚をいただくのですが、今回はマルコさんの紹介状もありますし、なによりロゼッタをお買い上げいただけるということで負けさせていただきます」
まるで厄介払いと言わんばかりの物言いだが、仁はパーラの言葉の裏に、ロゼッタへの愛情が隠されているように感じた。こっそり仁がロゼッタの様子を盗み見ると、嬉しいような嬉しくないような、微妙な表情を浮かべていた。
「わかりました。ありがとうございます。問題ありません」
「ね、仁くん。それなら私の所持金から払っていい?」
「それはいいけど、いいの?」
「私もこれから頑張って稼ぐよ。でも、どうしてもというときは、お小遣いちょうだいね」
ニコッと気持ちのいい笑顔を浮かべる玲奈に、仁は苦笑いを浮かべた。
それから代金の支払いを済ませ、玲奈を使役者としてロゼッタの奴隷契約が行われた。複雑な制約は設けず、主人やその仲間に危害を加えないこと、また自身に危害が及ばない限り主人や仲間たちの情報を洩らさないことの2つのみを課すことにした。
「ロゼッタ。ご主人様方の言うことをよく聞いて、迷惑にならないようにするんですよ。出戻りは許しませんからね」
「はい、パーラ様。長い間お世話になりました。ロゼッタは良い奴隷商の元、良い主人に巡り合えたことを幸運に思います」
仁はパーラとロゼッタのやり取りから、単なる奴隷商と奴隷という以上の関係性を感じた。新たな仲間となったロゼッタを、玲奈とミル同様、大切にしていこうと仁は強く思った。
「ええ。ロゼッタさんがいいのです」
仁は躊躇いなく答えた。仁の隣で玲奈とミルも大きく頷いた。
「わかりました。それではロゼッタを連れて参りますので少々お待ちください」
パーラはそう言うと応接間を出ていった。
「ねえ、仁くん」
ぽんぽんと肩を叩かれて、仁は横を向いた。
「そういえば、代金ってどうなってるの? パーラさんも何も言わないし、よくは知らないけど、たぶん奴隷ってその人その人で値段違うんだよね?」
「あ、そうだね。誰にしようかってことに頭が行って、すっかり忘れてた。マルコさんによれば余程高値の奴隷でなければ金貨200枚も予算があれば十分だって話だから、足りないってことはないと思うけど」
その後の必要経費を考えると少しは手元に残しておきたいところではあるが、仁は多頭蛇竜の素材を売れば当面の生活に困らないだけの資金は得られるだろうと考えていた。
「仁くんにばかりお金を出させてごめんね」
「いやいや。この資金は玲奈ちゃんの、“戦乙女の翼”みんなのものだよ」
「でも、それって合成獣の報酬だよね。合成獣倒したのは仁くんだし」
「いや。玲奈ちゃんの凍結がなければ素材が痛んで、もっと安くなってたと思うし、みんなのために使うのが一番だよ。それに、個人的な買い物がしたくなったら、そのときは相談して使わせてもらうからさ」
仁と玲奈に挟まれたミルが合成獣という聞き慣れない単語に首を捻っていたが、それを説明するより先に、パーラがロゼッタを連れて戻ってきた。
「お待たせしました」
パーラは一礼すると、後ろに控えるロゼッタに場を譲った。
「改めまして、白虎族のロゼッタと申します。自分を選んでいただき、本当にありがとうございます。自分はレナ様の良き奴隷となることを誓い、非才の身ではありますが、粉骨砕身、皆さまに尽くす所存です」
整った顔に喜色を浮かべたロゼッタが、直立不動で奴隷契約を受け入れる宣言をした。
「それでは意思確認も済みましたし、契約作業に移りますね」
「あ、待ってください」
仁が声を上げると、パーラとロゼッタの視線が仁に向いた。ロゼッタの表情が僅かに曇った。
「ジン様。何か問題でもございましたか?」
「えっと、その。お恥ずかしながら、値段をお聞きするのを失念していまして」
「ああ。そのことでしたら心配なさらずとも大丈夫ですよ。万が一予算を超えるようなら超過分はマルコさんが支払うと紹介状に書いてありましたので」
「え」
仁と玲奈はマルコにもう何度目かになる感謝の念を抱いた。ここまでよくしてもらうと何か裏があるのではと勘繰りたくなってしまうが、仁はマルコの善意を疑うような真似はしたくなかった。
「それに、紹介状によると若い新人冒険者だからと侮るなとのことですし、マルコさんの出番はないと思いますよ。ご購入いただくのもロゼッタですしね」
「ロゼッタさんだからというのは?」
「ロゼッタは特に特技や経験も持たず、非力さから戦闘や肉体労働にも適さず、既に成人しており、唯一の長所である外見は多くから疎まれる種族で打ち消され、物珍しさと歪んだ性癖から来る数少ない需要も性的な要求を本人が拒否する始末。まぁ最後に関しては同情の余地はありますが。ありていに言えば、売れ残りですね」
淡々とパーラから語られる自身の評価の低さに、ロゼッタは今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。ロゼッタは事実なので反論できずにいるようだった。
「そういうわけなので、お客様にロゼッタをご購入いただけて、私も肩の荷が下りた思いです。何分、ロゼッタは私の父の代から買い手が付かず、日々の生活費だけが嵩んで行く始末。奴隷商ギルドの取り決めで簡単に放り出すわけにもいかず困っていたのです。最近になって、とある帝国貴族の目に留まったのですが、それはもう奴隷を人と思わない肥えた豚が人の皮を被ったような男でして。性奴隷としての購入希望だったため、ギルド規約を盾に追い払っておりますが」
パーラはそこで一旦話を切って、口に手を当てた。
「あら、いけません。他のお客様の悪口のようになってしまいましたね。お客様方。聞かなかったことにしてくださいね」
仁と玲奈は入店時の八つ当たりの原因だと思い至り、曖昧な笑みを浮かべた。
「それで、ロゼッタの代金なのですが、金貨10枚となります。本来ですとそれに手数料の金貨5枚をいただくのですが、今回はマルコさんの紹介状もありますし、なによりロゼッタをお買い上げいただけるということで負けさせていただきます」
まるで厄介払いと言わんばかりの物言いだが、仁はパーラの言葉の裏に、ロゼッタへの愛情が隠されているように感じた。こっそり仁がロゼッタの様子を盗み見ると、嬉しいような嬉しくないような、微妙な表情を浮かべていた。
「わかりました。ありがとうございます。問題ありません」
「ね、仁くん。それなら私の所持金から払っていい?」
「それはいいけど、いいの?」
「私もこれから頑張って稼ぐよ。でも、どうしてもというときは、お小遣いちょうだいね」
ニコッと気持ちのいい笑顔を浮かべる玲奈に、仁は苦笑いを浮かべた。
それから代金の支払いを済ませ、玲奈を使役者としてロゼッタの奴隷契約が行われた。複雑な制約は設けず、主人やその仲間に危害を加えないこと、また自身に危害が及ばない限り主人や仲間たちの情報を洩らさないことの2つのみを課すことにした。
「ロゼッタ。ご主人様方の言うことをよく聞いて、迷惑にならないようにするんですよ。出戻りは許しませんからね」
「はい、パーラ様。長い間お世話になりました。ロゼッタは良い奴隷商の元、良い主人に巡り合えたことを幸運に思います」
仁はパーラとロゼッタのやり取りから、単なる奴隷商と奴隷という以上の関係性を感じた。新たな仲間となったロゼッタを、玲奈とミル同様、大切にしていこうと仁は強く思った。
0
お気に入りに追加
704
あなたにおすすめの小説
後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。
もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど……。
やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年16歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。
『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場する令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出ない人物で一部設定を使い回した話ですが、独立したお話です。
完結済み!
リセット〜絶対寵愛者〜
まやまや
ファンタジー
悪意だらけの世界で生きてきた少女は、全てを捨てる事にした。そう、自分自身さえ。
終わりを迎えたはずだった少女は、生きる事になる。
別の世界で。
そして、私は気がついた。
私が溺愛していたはずが、逆に崇拝され過保護なまでに自分が溺愛されている事に。
後に『寵愛の王女』と呼ばれる少女の物語。
※少しずつ、編集中。誤字脱字が多いので、ご報告下さればありがたいです。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
王女ですが、冤罪で婚約破棄を迫られています
杉本凪咲
恋愛
婚約破棄させてもらう。
パーティー会場でそう告げたのは、私の愛する彼。
どうやら、私が彼の浮気相手をいじめていたらしい。
しかし、本当にそんなことを言っていいのかしら。
私はこの国の王女だというのに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる