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第四章

4-6.面接

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「お客様の条件に合う奴隷は、当館ではこちらの3名になります」

 レヴェリー奴隷館の応接室で、仁たちはパーラが連れてきた3人の人族の奴隷の女性と対面していた。どの奴隷も首に隷属の首輪を付けていた。聞けば、奴隷商のところの奴隷は、奴隷商自身と仮の奴隷契約を結んでいるそうだ。待遇は奴隷商次第だが、奴隷は高価な商品であるため、取り立ててひどい扱いは受けていないようだった。

 3人の女性はソファに座った仁たちと向かい合う形で壁際に一列に並んでいた。仁が小奇麗な身なりの3人を順に眺めていると、肩を叩かれた。横を見ると、ミル越しに顔を寄せた玲奈が仁に縋るような目を向けていた。

「仁くん、仁くん。この後どうすればいいの?」
「俺に聞かれても、こういうのは初めてだし……」

 仁と玲奈が小声で話していると、パーラが仁たちの前のテーブルに、羊皮紙を3枚並べた。

「こちらが3人のステータスを書き写したものになります。ご確認ください」

 玲奈が仁のステータスを見られるように、パーラもこの館で仮登録している奴隷たちのステータスを見ることができ、それを表にしているようだった。

「嘘偽りがないかどうかは、最終的に奴隷契約後に使役者のお客様のステータスから確認していただく形になります。鑑定石があれば直接確認していただくことができるのですが、何分、わたくしどものような小さな奴隷館が所有するには少々値の張るものでございまして。ご不便をおかけしますが、どうぞご容赦ください」
「いえ、3人の比較もしやすいですし、助かりますよ」

 仁と玲奈はステータス表を手に取って、正面に立つ女性たちと見比べた。

「それではこれから3人に順に自己紹介をさせます。そちらのステータスと合わせて、ご検討の助けとしてください」
「な、なんか、面接官になった気分だね。いつもはオーディションで審査される側だったけど、これはこれで緊張するね」

 玲奈が硬い声を上げた。今後、行動を共にする人を選ぶと言うのはもちろん、奴隷の女性たちのこれからの人生を左右するものでもあるのだ。オーディションという仁には想像することしかできないものを日常的に受けてきた玲奈にとって、それはとても重いものに感じられるようだった。仁も気を引き締め、奴隷の女性の自己紹介に耳を傾けた。



「仁くん、どう思う?」

 3人の女性はパーラに連れられて一旦待機部屋に戻っている。客だけで忌憚のない意見を言い合えるようにというパーラの配慮だった。

「戦力という意味では3人目の元騎士の人なんだけど……」
「やっぱり、そうだよね。でもあの人は……」

 3人目の女性は元々帝国で騎士をしていたところ、親族の犯した罪の連座で奴隷落ちした経歴の持ち主だった。騎士をしていただけあって、ダンジョンの上層ならばすぐに戦力になるくらいの強さを持っていた。

「獣人が苦手っていうのは致命的だよなぁ」

 元々差別的な人が多い帝国で育った元騎士の女性は、自身が奴隷落ちしたことで、これまで差別してきた奴隷も人間なのだということに気付いて心を入れ替えたと語っていたが、どうも獣人に関しては別のようだった。嫌っているわけでも差別しているわけでもないのだが、生理的に苦手というのはどうしようもなかった。元の世界にも動物が苦手という人はいたし、それと似たようなものなのかと仁は思ったが、動物と同じ扱いをされる獣人にはたまったものではない。本人は克服すると話していたが、苦手とする雰囲気を敏感に感じ取ったのか、ミルは居心地を悪そうにしていた。

「ミルと仲良くできないんじゃ、本末転倒だしね。他の2人のどちらかにしようか」

 玲奈が頷くのを確認し、仁は手元のステータス表に目を落とした。残りの2人のステータスは元騎士と比べるとかなり低く、戦闘経験は皆無だということだった。やる気だけはあるとアピールしていたが、どちらもこれというものがなく、決め手に欠けていた。仁と玲奈がうんうんと悩んでいると、応接室のドアが控えめにノックされた。仁が返事をすると、パーラが部屋に入ってきた。

「すみません。まだ決めきれてなくて」
「いえ。大事なことですし、とことん検討していただきたいて構わないのですが、可能ならばもう少しだけお客様のお時間をいただきたく思いまして」

 仁と玲奈は顔を見合わせた。仁と玲奈は首を傾げながら、了承の意を示した。

「ありがとうございます。実は、先ほどの3人の他に、どうしてもお客様に自分を売り込みたいという者がおりまして。入りなさい」
「失礼します」

 パーラがドアの向こうに声を掛けると、澄んだ声と共にドアが開かれ、一人の女性が入ってきた。すらっとした高身長で、背筋を伸ばして仁たちの正面まで颯爽と歩く姿は、モデルのようであり、凛々しい武人のようでもあった。棚引く白髪に、仁の視線が吸い寄せられた。仁は思わず立ち上がった。白髪の女性は白い毛に覆われた耳と尻尾を持っていた。

「仁くん。どうしたの?」

 玲奈が困惑の視線を仁に向けた。仁は何でもないと苦笑いを浮かべ、腰を下ろした。仁より少し年上に見える白髪の女性の薄青色の瞳が仁に向けられた。儚さと力強さの同居したような、不思議な魅力を感じさせる瞳だった。

「ジン様は白虎人族しろとらびとぞく、通称、白虎族びゃっこぞくをご存じのようですね」
「え、ええ。古い友人に白虎族の女性がいまして。雰囲気がそっくりだったので、驚いてしまいました。すみません」
「希少な白虎族とお知り合いとは、ジン様は顔がお広いのですね」

 目を丸くするパーラに、仁は曖昧な笑みを返した。

「仁くん。白虎族っていうのは?」
「玲奈ちゃんも虎人族とらびとぞくを知ってるよね」
「うん。冒険者にもいるし、街でたまに見かけるよ」
「その虎人族から稀に白髪で薄青色の瞳の子供が生まれることがあるんだ。その人たちのことを、特別に白虎族って呼ぶんだよ」
「へー。そうなんだね」

 玲奈は仁の簡単な説明で納得いったようだ。おそらく元の世界のホワイトタイガーを思い浮かべたのだろうと仁は推測した。

「少々補足させていただきますと、古くから白虎族は周囲を不幸にすると言われ、生まれた時から忌み子として理不尽に差別対象となることが多く、このロゼッタも辛い思いをしてきたようです。お客様方がその辺りを気にされないのであれば、ご検討いただければと思います」

 顔を僅かに伏せる白髪のロゼッタの様子を見て、玲奈とミルが顔を歪めた。仁はかつての仲間だった白虎族の女性を思い出していた。その女性は訓練の休憩時間に、これまでの日常に比べたら厳しい訓練も天国のようだと笑顔で語っていた。仁は、ロゼッタも大なり小なり似たような人生を歩んできたのだろうと思った。

「お初にお目にかかります。自分はロゼッタと申します。先ほどお話に上った通り、白虎族です。生まれた時から自身が差別対象だったこともあり、同じ奴隷や獣人に対して偏見も持っておりませんし、ダンジョンの如何に強大な魔物相手だろうと決して怯むことなく、ご主人様や仲間の方々と共に戦うことを誓います」

 整然と決意表明するロゼッタに、玲奈は感心したように息を吐いた。端正な顔立ちと相まって、ロゼッタの姿は女性すら魅了してしまう美しさを湛えていた。

「パーラさん。なんでロゼッタさんを他の人と一緒に紹介してくれなかったんですか?」

 玲奈の素朴な疑問に、パーラが苦笑いを浮かべた。

「こちらをご覧ください。ロゼッタのステータスの写しです」
「あっ。パーラ様、待って。それは、ダメ……!」

 玲奈がパーラから羊皮紙を受け取った。それまで凛々しい姿を見せていたロゼッタが、あわあわと羊皮紙に向かって手を伸ばした。玲奈がロゼッタのステータス表に目を落とし、横から仁も覗き込む。

「え」

 玲奈の口から驚きの言葉が零れた。玲奈の丸くなった目が手元と正面とを行き来した。仁は想像通りだった理由に、こっそりと息を吐いた。玲奈の手にしている羊皮紙に書かれたロゼッタのステータスは、先ほどの元騎士は愚か、他の2人と比べてもかなり下回っていた。玲奈の反応を目にしたロゼッタは、綺麗な薄青色の瞳に薄らと涙を浮かべていた。その姿からは武人然とした凛々しさは微塵も感じられなかった。
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