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最終章

21-46.送別会

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 ラインヴェルトの街を上げてサプライズで催された仁と玲奈の送別会。リリーが一昨日の夜から姿を見せなかったのは、その開催のために昼夜問わず走り回っていたからだ。

 それと同時に、リリーは仁と玲奈の事情を知る者らには二人のために時間を作ってほしいと頼んで仁たちの挨拶回りがスムーズに行えるよう陰ながら手を回し、また、事情を知らない街の人々も送別会で仁たちとの別れを惜しむことができるよう、異世界云々は隠したまま、二人が街を出て旅に出るということにして送別会への協力と参加を呼び掛けたようだ。

 そして多くの人たちが仁と玲奈への感謝の意を示し、二人に内緒で準備を進めていたのだった。ちなみに、ミルもロゼッタもココも、昨日、仁たちと別行動をしているときに知らされ、賛同していた。

「よう、兄ちゃん。飲んでるか?」

 開会宣言を兼ねた乾杯の後、ココを中心とした調理班の用意した朝食に舌鼓を打ってからは、以前メルニールで行われた祝勝会のようにお祭り騒ぎが繰り広げられている。折を見ては仁と玲奈に挨拶をしようと人々が訪れたが、一段落ついた後は特に親しい者らが二人を中心に集い、革製のシートの上で騒がしくも穏やかな時を過ごしていた。

「飲んでますよ」
「いやいや兄ちゃん、そりゃあ酒じゃねえだろ。相変わらずだな」

 ガロンが仁の隣にドカッと腰を下ろす。今、仁の逆隣には玲奈が座り、ミルは仁の膝の上に陣取っている。ちなみに、イムは仁の頭の上だ。ガロンの横に、ノクタが会釈をしてから遠慮がちに座った。

「ま、楽しんでくれてりゃ、それでいいんだけどよ」

 ガロンがニカっと笑いながら、少し離れた場所で武器を構えて向かい合う男女に目を向けた。それに釣られるように、ノクタの視線も動く。

「ロゼさんもクランフスさんも、怪我がないといいですけど……」

 多くの見物人に囲まれて向かい合うのは、槍を手にしたロゼッタと大剣を携えたクランフスだった。特段、いさかいがあったわけではない。送別会の余興も兼ねてクランフスがリベンジマッチを挑み、ロゼッタも快く応じたために模擬試合が行われることになったのだ。

「まあ、大丈夫だろ。クランフスにゃ悪いが、ロゼの姉ちゃんとでは力に差がありすぎる」

 メルニール陥落後、ココの叔母を守ってマークソン商会と行動を共にしていたクランフスは、ガロンやノクタたちとは違い、仁と玲奈による高効率のパワーレベリングを行っていない。そのため、今となってはガロンたちとクランフスの間でもそれなり以上に差が生まれているはずだが、そのガロンたちをもってしても、“戦乙女の翼ヴァルキリーウイング”の面々との実力差は明確だった。

「それに、万が一クランフスが傷を負っても、ミルの嬢ちゃんがすぐ治してくれるからな」
「ミルに任せるの!」

 ミルが串焼きを持ったままの手でドンっと胸を叩く。昼食の時間は特に設けておらず、皆が自由に飲み食いする中、ミルは大好きな串焼きを手放さず、自分で食べるのと仁の頭の上のイムに食べさせるのに夢中になっていた。これには、わざわざメルニールに飛んでマークソン商会に保護されていた屋台の少年を連れてきたリリーも顔をほころばせていた。

 そのリリーはというと、少しは仁たちと過ごす時間はあったものの、今も送別会を滞りなく行うために忙しそうに動き回っている。

「お、始まるようだぜ」

 仁たちはもちろん、多くの観衆が見守る中心で、ロゼッタとクランフスが互いに名乗りを上げる。もちろん顔見知りではあるが、試合前の礼のようなものだ。

「A級冒険者パーティ“戦乙女の翼ヴァルキリーウイング”所属にして、ジン殿が四天王の一人、白槍のロゼッタがお相手いたす」

 これまでの諸々の活躍で“戦乙女の翼ヴァルキリーウイング”はA級に昇格していたため、それは間違いではないが、仁は僅かに首を傾げる。

「ロゼってお酒飲んでいたっけ?」
「あ、ええっと。酔っぱらっちゃわないように量は抑えていたみたいだけど」
「そ、そっか」

 仁の疑問に玲奈が答え、仁は苦笑いを浮かべる。前後不覚になるまで飲むことはないだろうが、今の口上を聞く限り、ロゼッタが少なからず酔っぱらっているのは間違いなかった。

「参り申した!」

 そうこうしている間に、あっという間に勝負がついた。以前と同様に、いや、それ以上の鋭さで弾き飛ばされた大剣が宙を舞っていた。クランフスが礼を尽くしてその場を去る。ロゼッタの活き活きとした表情に、仁は既視感を覚えた。

「さあ、他に自分を倒して望みを叶えようという者はいないか」

 ロゼッタが自らを囲う観客たちを見回しながら凛とした声で告げた。周囲がざわつく中、仁は額に手を当てる。いつかの再現を見ているようだった。

「兄ちゃん、いいのか?」
「ま、まぁ、ロゼがそう易々と負けるとは思いませんし」

 言葉の通り、仁はそれほど心配していないが、万が一ロゼッタが負けてひどいことをされそうになった際は力づくでも止めようと心に誓う。街の人々のこともある程度信用しているものの、ロゼッタのような美人に何でもお願いできるとなれば、あんなことやこんなことをしてもらいたいと思う男が出てくるのは、それを許すかどうかは別として仕方がないことだと仁は思う。

 仁がそんなことを考えていると、メルニール出身の冒険者の男とエルフの精兵が名乗りを上げ、共に瞬殺された。もちろん実際に死んだわけではない。

「ジンお兄ちゃん。ミルも行ってくるの!」
「あ……!」

 仁が止める間もなく、ミルが飛び出していく。またしても既視感を覚えるその光景に、仁は笑うしかなかった。

「ミルもジンお兄ちゃんの“してんのー”なの。次はミルが相手になるの!」

 メルニールでの時と違い、ほとんどの人はミルが幼い見た目からは想像もできないくらい強いことを知っているため、遊び半分で挑もうという者はいなかった。しかし、強者と戦える機会というのは冒険者や戦士にとって、特に武を志す者にとっては魅力的なものだ。それも、模擬戦という命の危険があまりない状況で挑めるチャンスはなかなかない。

 とはいえ、先ほどのロゼッタの瞬殺具合を目の当たりにした者にとっては、力の差がありすぎるという点が尻込みする原因となっていた。また、ミルがまだ幼いということもそこに拍車をかけていた。幾人かがけん制し合う中、一人の少年が進み出る。

「ミルちゃん、お願いします……!」

 新人冒険者のラウルだった。以前、棒切れで挑もうとした少年は、今では立派な剣を手にしている。

「相手にとって不足はないの」

 戦いたくてうずうずしていたミルは、嬉々として腰の後ろから火竜の牙製の短剣を取り出した。ラウルがミルに惚れていると思っている仁は、一瞬だけミルが負けてラウルとデートする様を思い浮かべて歯噛みする。

「兄ちゃん。心配しなくても、まだ今のラウルじゃ手も足も出ねえよ」

 ガロンの笑い声で仁はハッとし、ぶんぶんとかぶりを振った。ラウルが嫌いなわけではない。むしろ、ひたむきに努力する様を仁は好意的に思っている。そんな彼が成長し、ミルを守ってくれるのなら、今日この世界を去る仁にとっては歓迎すべき事態なのだ。もしそうなれば、妹を、娘を取られるようで悔しい気持ちはあるが、ミルの幸せが仁の幸せであることだけは間違いない。

「そうですね。ミルが勝つのは間違いないにしても、ラウルくんがどの程度成長したか、この目で確認するのは大切ですね」

 仁は気を取り直し、二人の戦いを見守ることにする。

「ミルちゃん。もし僕が勝ったら、僕と二人っきりでダンジョンに潜ってください……!」

 ラウルにとってもミルに勝てないのは承知の上だろうに、それでもダンジョンデートを申し込む勇気に仁は感銘を受ける。果たして仁にラウルのようにここまでストレートに玲奈をデートに誘うことができるだろうか。いや、できはしない。仁は固唾を呑んでミルの返答を待つ。

「それは嫌なの」
「え……」
「ファムちゃんを仲間外れにするのはダメなの。そんな意地悪なラウルくんは、ミルは嫌いなの」

 ラウルの顔が絶望に染まっていく。剣を持つ手がプルプルと震えていた。

「さあ、始めるの!」

 ミルが高らかに宣言するが、ラウルがそれどころでないのは火を見るより明らかだった。見る者のほとんどから同情の視線がラウルに向けられていた。

「なあ、兄ちゃん」
「ま、まぁ、ミルに恋愛はまだ早いっていうことですよ。それに、友達想いなのはいいことです」

 仁が苦笑しつつもホッとしていると、ラウルが泣きながら走り去る。模擬戦の相手に背中を見せる情けない行為ではあるが、誰もそれを咎める者はいなかった。

「ミルはまた戦わずして勝ってしまったの。さすがジンお兄ちゃんの“してんのー”なの」

 その後、ラウルがファムに慰められているのを目にした仁は、人知れずラウルにエールを送り、二人がこれからもミルと仲良くしてくれるよう願ったのだった。
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