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最終章
21-41.限界
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召喚の際には世界の壁を越えるだけで済んだが、送還時にはそれに加えて時をも越えなければならない。それがコーデリアの出した結論だった。
仁たちはこのことがなぜ即時帰還すべきという考えに繋がるのか疑問に思いながら、コーデリアの話に耳を傾ける。
「ジン、レナさん。あなたたちがルーナリア姉様に召喚されたとき、魔法陣が割れたのは覚えているわね」
仁と玲奈が同時に頷く。あのとき、召喚魔法陣は確かに真っ二つに割れていた。今、魔法陣が一つとなっているのは、仁たちを元の世界に帰すべくルーナリアが修復したためだ。コーデリアが首を回して地下室に置かれている召喚魔法陣を見遣り、再び仁と玲奈に視線を戻す。
「元々、この魔法陣はこの世界の外にある魔王ジークハイドの、つまりはジンの魂を探し出し、その魂の持ち主を召喚者に隷属させた状態でこの世界に召喚するために作られたものよ。そして隷属の効果だけを解除して召喚したのがクリスティーナ姫ね」
かつて仁がラインヴェルト王国に召喚された当時には知り得なかったことだが、これはアナスタシアが生み出した召喚魔法陣を深く理解していなければ不可能なことだ。この事実だけでもクリスティーナが賢者と呼ばれていたのも頷けるというものだ。
「そしてラインヴェルト王国を滅ぼして魔法陣を手に入れた帝国、当時のグレンシール王国は、建国時からの悲願である大陸統一のための手駒とすべく、帝国に隷属する勇者の召喚を目指したわ」
当時の仁は今ほどではないにしてもこの世界の人族としては傑出した力を見せていたため、グレンシール王国は周辺諸国に仁を魔王だと喧伝して討伐を呼び掛ける一方、クリスティーナを捕らえて人質とすることで仁を支配下に置く目論見もあったという。けれど、それはクリスティーナが仁を送還したことで失敗に終わり、奴隷勇者召喚の研究が始まった。
そうして代々の王族、後に皇族の続けてきた研究を引き継いだルーナリアが何とか召喚を実現させるも、それは不完全なもので、仁に触れていた玲奈を主という形で巻き込んだ。
その結果、元来一人を召喚するための魔法陣はその想定を超えた負荷に耐え切れず、真っ二つに割れてしまった。それがコーデリアとルーナリアの双方が立てた仮説だ。
とはいえ、実際に仁と玲奈が召喚されたということは、召喚魔法陣の動力たる魔力は二人を召喚するのに足りていたということでもある。しかし。
「世界の壁を越えるだけの召喚時より、世界の壁と時を越えなければならない送還時の方が、より多くの魔力を必要とするはずよ。そして、この魔法陣に込められる魔力には限界があるわ」
「そ、それじゃあ……」
コーデリア曰く、ルーナリアが仁と玲奈を召喚したとき、魔法陣には限界近くまで魔力が込められていたという。それでも魔法陣が割れてしまうほどなのだから、動力の魔力的にも余裕があったわけではないはずだと仁は考える。
もし召喚時に必要だった魔力が限界ギリギリだったのだとしたら、果たして送還時に二人が時を越える魔力が足りるのか。仁の脳裏に最悪の事態が過った。
「安心なさい――とは言ってあげられないけれど、この魔法陣には召喚の際、余剰分の魔力が召喚された者を強化するのに使われるような仕組みが組み込まれているみたいよ。ジンはともかくとしても、レナさんも強くなっていたのでしょう? 送還時にはその必要はないのだから、魔力はすべて送還のために使われるはずよ」
コーデリアは、アナスタシアが異世界で弱体化しているかもしれないジークハイドのために組み込んだ機能だろうと語っていたが、仁にとってその真相は大した問題ではなかった。重要なのは、帰れないかもしれないという絶望的な事態に僅かながら光明が差したということだ。決して楽観視はできないが、仁は思考をまとめるために大きく深呼吸をする。仁が真っ直ぐにコーデリアを見つめた。
「日を追うごとに、時を越えるための、即ち、元の世界に戻るために必要な魔力が増えていく。魔法陣に込められる魔力には限度があるから、もしそれ以上必要になってしまった場合、元の世界に戻れなくなる可能性がある。だから、今すぐにでも帰るべき。そういうことだね?」
「そうね」
「最悪、その時を越える機能を止めて世界だけを越えることは可能?」
そうした場合、握手会という多くの人の目のある場から仁と玲奈が突如として消え、行方不明になったことになってしまうが、元の世界に戻ることはできる。その後のことを思えば避けたい事態ではあるものの、二度と戻れないよりは幾分かマシなはずだ。仁が僅かな期待を胸にコーデリアの反応を待っていると、戻ってきたのは歓迎したくないものだった。
「残念だけれど、無理ね。もし可能だとしても、途方もない時を要するはずよ」
コーデリアがゆっくりと首を横に振った。時を越えることに関しては、状況から推測することはできても、魔法陣がどうやってそれを実現しているか、今のところまったく不明とのことだった。
魔王妃が魔法陣を作った目的を思えば、わざわざ送還時のことを考慮しているとは考えにくく、仁はもしかすると魔法陣の効果というより、世界の理のようなものによるのかもしれないと漠然と思った。
それでも仁はコーデリアならいつかは実現してくれるだろうと思いはするが、何年も、それこそ何十年もかかるのだとしたら、それでも戻りたいと言える自信がなかった。
「今すぐ……いや、最後の調整が済んですぐなら、無事に元の世界に戻れる公算はあるんだよね?」
「絶対とは言えないけれど、今あるデータから推測する限りでは大丈夫なはずよ。いえ、大丈夫にしてみせるわ」
コーデリアの真摯な瞳を見つめ、仁は心を決める。いろいろな思いが溢れそうになるが、仁はグッと堪え、皆を見回した。皆が皆、悲痛さを押し隠したような表情をしていた。最後に仁は玲奈と顔を見合わせ、しばらくの後、ゆっくりと頷き合った。
「ミル、ロゼ、イム、コーディー、セシル、カティア。それと、リリー……」
仁がそれぞれの名を呼びながら視線を向けると、リリーの肩がビクッと揺れる。
「コーディーが最後の調整を終え次第、俺と玲奈ちゃんは元の世界に帰るよ」
地下室に静寂が訪れる。仁の宣言以降、誰も言葉を発することなく、色をなくした時だけが過ぎ去っていく。やがて、その静寂を引き裂いたのは誰かの鼻を啜る音だった。
「私たちは少し席を外すわ。脅すようなことを言ったけれど、あなたたちが腹を割って話すくらいの時間はあるはずよ。もう一度話し合って、それでも決意が変わらなかったら言ってちょうだい。そのときは全身全霊をもって送還のために力を尽くすわ」
コーデリアがセシルとカティアを促して席を立つ。仁は何か言わなければと顔を上げるが、コーデリアは視線だけでそれを制した。
「行くわよ」
三人が地下室のドアから姿を消し、“戦乙女の翼”とリリーだけが残された。
急に部屋の温度が低下したかのような肌寒さを感じる地下室で、いつしかいくつもの嗚咽が交じり合い、悲しみのハーモニーを奏でていた。
仁たちはこのことがなぜ即時帰還すべきという考えに繋がるのか疑問に思いながら、コーデリアの話に耳を傾ける。
「ジン、レナさん。あなたたちがルーナリア姉様に召喚されたとき、魔法陣が割れたのは覚えているわね」
仁と玲奈が同時に頷く。あのとき、召喚魔法陣は確かに真っ二つに割れていた。今、魔法陣が一つとなっているのは、仁たちを元の世界に帰すべくルーナリアが修復したためだ。コーデリアが首を回して地下室に置かれている召喚魔法陣を見遣り、再び仁と玲奈に視線を戻す。
「元々、この魔法陣はこの世界の外にある魔王ジークハイドの、つまりはジンの魂を探し出し、その魂の持ち主を召喚者に隷属させた状態でこの世界に召喚するために作られたものよ。そして隷属の効果だけを解除して召喚したのがクリスティーナ姫ね」
かつて仁がラインヴェルト王国に召喚された当時には知り得なかったことだが、これはアナスタシアが生み出した召喚魔法陣を深く理解していなければ不可能なことだ。この事実だけでもクリスティーナが賢者と呼ばれていたのも頷けるというものだ。
「そしてラインヴェルト王国を滅ぼして魔法陣を手に入れた帝国、当時のグレンシール王国は、建国時からの悲願である大陸統一のための手駒とすべく、帝国に隷属する勇者の召喚を目指したわ」
当時の仁は今ほどではないにしてもこの世界の人族としては傑出した力を見せていたため、グレンシール王国は周辺諸国に仁を魔王だと喧伝して討伐を呼び掛ける一方、クリスティーナを捕らえて人質とすることで仁を支配下に置く目論見もあったという。けれど、それはクリスティーナが仁を送還したことで失敗に終わり、奴隷勇者召喚の研究が始まった。
そうして代々の王族、後に皇族の続けてきた研究を引き継いだルーナリアが何とか召喚を実現させるも、それは不完全なもので、仁に触れていた玲奈を主という形で巻き込んだ。
その結果、元来一人を召喚するための魔法陣はその想定を超えた負荷に耐え切れず、真っ二つに割れてしまった。それがコーデリアとルーナリアの双方が立てた仮説だ。
とはいえ、実際に仁と玲奈が召喚されたということは、召喚魔法陣の動力たる魔力は二人を召喚するのに足りていたということでもある。しかし。
「世界の壁を越えるだけの召喚時より、世界の壁と時を越えなければならない送還時の方が、より多くの魔力を必要とするはずよ。そして、この魔法陣に込められる魔力には限界があるわ」
「そ、それじゃあ……」
コーデリア曰く、ルーナリアが仁と玲奈を召喚したとき、魔法陣には限界近くまで魔力が込められていたという。それでも魔法陣が割れてしまうほどなのだから、動力の魔力的にも余裕があったわけではないはずだと仁は考える。
もし召喚時に必要だった魔力が限界ギリギリだったのだとしたら、果たして送還時に二人が時を越える魔力が足りるのか。仁の脳裏に最悪の事態が過った。
「安心なさい――とは言ってあげられないけれど、この魔法陣には召喚の際、余剰分の魔力が召喚された者を強化するのに使われるような仕組みが組み込まれているみたいよ。ジンはともかくとしても、レナさんも強くなっていたのでしょう? 送還時にはその必要はないのだから、魔力はすべて送還のために使われるはずよ」
コーデリアは、アナスタシアが異世界で弱体化しているかもしれないジークハイドのために組み込んだ機能だろうと語っていたが、仁にとってその真相は大した問題ではなかった。重要なのは、帰れないかもしれないという絶望的な事態に僅かながら光明が差したということだ。決して楽観視はできないが、仁は思考をまとめるために大きく深呼吸をする。仁が真っ直ぐにコーデリアを見つめた。
「日を追うごとに、時を越えるための、即ち、元の世界に戻るために必要な魔力が増えていく。魔法陣に込められる魔力には限度があるから、もしそれ以上必要になってしまった場合、元の世界に戻れなくなる可能性がある。だから、今すぐにでも帰るべき。そういうことだね?」
「そうね」
「最悪、その時を越える機能を止めて世界だけを越えることは可能?」
そうした場合、握手会という多くの人の目のある場から仁と玲奈が突如として消え、行方不明になったことになってしまうが、元の世界に戻ることはできる。その後のことを思えば避けたい事態ではあるものの、二度と戻れないよりは幾分かマシなはずだ。仁が僅かな期待を胸にコーデリアの反応を待っていると、戻ってきたのは歓迎したくないものだった。
「残念だけれど、無理ね。もし可能だとしても、途方もない時を要するはずよ」
コーデリアがゆっくりと首を横に振った。時を越えることに関しては、状況から推測することはできても、魔法陣がどうやってそれを実現しているか、今のところまったく不明とのことだった。
魔王妃が魔法陣を作った目的を思えば、わざわざ送還時のことを考慮しているとは考えにくく、仁はもしかすると魔法陣の効果というより、世界の理のようなものによるのかもしれないと漠然と思った。
それでも仁はコーデリアならいつかは実現してくれるだろうと思いはするが、何年も、それこそ何十年もかかるのだとしたら、それでも戻りたいと言える自信がなかった。
「今すぐ……いや、最後の調整が済んですぐなら、無事に元の世界に戻れる公算はあるんだよね?」
「絶対とは言えないけれど、今あるデータから推測する限りでは大丈夫なはずよ。いえ、大丈夫にしてみせるわ」
コーデリアの真摯な瞳を見つめ、仁は心を決める。いろいろな思いが溢れそうになるが、仁はグッと堪え、皆を見回した。皆が皆、悲痛さを押し隠したような表情をしていた。最後に仁は玲奈と顔を見合わせ、しばらくの後、ゆっくりと頷き合った。
「ミル、ロゼ、イム、コーディー、セシル、カティア。それと、リリー……」
仁がそれぞれの名を呼びながら視線を向けると、リリーの肩がビクッと揺れる。
「コーディーが最後の調整を終え次第、俺と玲奈ちゃんは元の世界に帰るよ」
地下室に静寂が訪れる。仁の宣言以降、誰も言葉を発することなく、色をなくした時だけが過ぎ去っていく。やがて、その静寂を引き裂いたのは誰かの鼻を啜る音だった。
「私たちは少し席を外すわ。脅すようなことを言ったけれど、あなたたちが腹を割って話すくらいの時間はあるはずよ。もう一度話し合って、それでも決意が変わらなかったら言ってちょうだい。そのときは全身全霊をもって送還のために力を尽くすわ」
コーデリアがセシルとカティアを促して席を立つ。仁は何か言わなければと顔を上げるが、コーデリアは視線だけでそれを制した。
「行くわよ」
三人が地下室のドアから姿を消し、“戦乙女の翼”とリリーだけが残された。
急に部屋の温度が低下したかのような肌寒さを感じる地下室で、いつしかいくつもの嗚咽が交じり合い、悲しみのハーモニーを奏でていた。
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