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最終章

21-37.二度目

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「あれ? リリー?」

 仁が玲奈と連れ立ってリビングへ戻ると、実家に戻っているはずの赤髪の少女がいた。リリーが二人の姿を見るや否やソファーから立ち上がり、満面の笑みで近寄ってくる。

「さあ、ジンさん。次は、わたしの番ですねっ!」

 リリーが仁の腕に自身のそれを絡める。必然的に柔らかいものが押し付けられ、ぐにゃりと形を変えた。

「さあ、行きましょうっ!」
「ちょ、ちょっと、リリー!?」

 仁が困惑しながらどこへ行くつもりなのか尋ねると、リリーは清々しいほどの笑顔で「ジンさんのお部屋ですっ!」と答えた。

「な、なんで!?」
「レナさんだけなんてズルいですっ! 一番は譲りますけど、同じことをわたしにもしてくれないと拗ねちゃいますよっ」
「同じことも何も、玲奈ちゃんとは少し話をしてきただけなんだけど!?」
「またまた~。お互いに想い合う若い男女が二人っきりですることなんて、一つに決まってるじゃないですかっ」

 リリーが何やら盛大に勘違いをしているようだと察した仁は、助けを求めるように周囲を見回すも、ミルはイムを抱いたまま不思議そうに、ロゼッタは微笑を湛えて微笑ましく見守っているだけだった。そして玲奈は――

「しかも、レナさんから誘ったっていうじゃないですか。わたし、もう感動しちゃって! これは、わたしも負けてられないぞって思っちゃいましたっ」
「さ、さそっ!?」

 真っ赤になっていた玲奈が、更なる追い打ちを受けて固まった。仁はどこからも援軍が来ないことを悟る。

「リリー、勘違いだから! 本当に話をしてきただけだから!」
「本当ですか?」
「本当に本当!」

 仁は玲奈と何もなかったと声高に主張しなければならないことに、そこはかとなく物悲しい気持ちになるが、事実は変えようがなかった。

「レナさんにまったく触れなかったんですかっ?」
「もちろ――ん」

 立ち上がる際に玲奈の手には触れたが、リリーの言う“触れる”とは違うはずだと仁はそのまま言い切った。リリーは仁を見上げる視線に疑惑の色を浮かべ、やがてそれを落胆に変えて顔全体へと広げていった。

「そうですよね。そんなことだと思ってました。もし、わたしの期待するようなことがあったなら、お二人が普段通りなはずがないですからっ」

 リリーが露骨に溜息を吐く。仁は誤解が解けたことにホッと胸を撫で下ろしながら、空気を変えるべく別の話題を探す。

「でも、ジンさん。それならそれで、わたしとも二人っきりでお話ししましょうっ」

 パッと再び笑顔の花を咲かせたリリーが、仁に腕を絡めたまま歩き出す。仁は口を半開きにしたまま、誰に制止されることもなく、引きずられるようにリビングを後にした。



「ジンさんっ。このままでいいんですかっ!?」

 自室のベッドに腰を下ろした仁に、リリーが隣からグイっと身を寄せる。

「な、何が?」

 そう返しながらも、仁はリリーと言わんとしていることに気付いていた。リリーは、玲奈との関係がこのままでいいのかと問うているのだ。

「レナさんのこと、好きなんですよね?」
「それは……」
「ジンさん。こっちを向いてくださいっ」

 答えに窮する仁の頬をリリーの手のひらが両側から優しく押し挟み、横向きに固定する。仁の目の前に、リリーの真剣な表情があった。仁の視線が、ぷっくりと膨らんだ花弁のような唇に吸い寄せられる。このまま口付けでもされるのではないかと仁が喉を鳴らすと、蠱惑的な唇の上下がゆっくりと分かたれた。

「わたしはジンさんが好きです」

 それはリリーの二度目の告白だった。冗談やからかいを欠片かけらも含まない、真摯な言葉。その端的で短い言葉には、仁への想いが溢れんばかりに込められていた。

 仁は息を呑む。唇に、瞳に、リリーのすべてに引き込まれそうだった。

「ジンさん」

 凍り付いたように静止した時を、リリーの呼びかけが動かした。仁はドクンドクンと強く脈打つ心臓の鼓動が全身に伝わっていくのを感じたが、それと同時に心の中心がズキンと痛みを覚えた。

「わたしと結婚を前提にお付き合いしてください」
「ごめん、リリー。それはできない」

 リリーのような魅力的な女の子に好かれることは嬉しい。一度振ったにもかかわらず、今まで想い続けてくれて、自身や仲間たちを支えてくれたことに、仁は心の底から感謝している。しかし、その願いを叶えることはできない。

「それは、ジンさんがもうすぐ元の世界に帰っちゃうからですか?」

 もちろんそれもある。けれど、それを言い訳にしてはいけないと仁は思った。

「そうじゃないんだ。リリーのことは尊敬しているし、大切な家族のように思っている。だけど、俺には好きな人がいるんだ」

 リリーの両手が仁の頬を離れるが、仁の視線の行く先は変わらない。

「それは、わたしの知ってる人ですね?」
「うん」

 仁が頷くと、リリーは柔らかに微笑んだ。仁はリリーの穏やかな表情の理由がわからなかったが、それを疑問に思う暇なく、もはや予定調和とも言えるリリーの質問は続いた。

「それは誰ですか?」
「それは――」

 仁は一瞬言葉を詰まらせるが、リリーの微笑みに促され、自身の想いを紡ぎ出す。

「俺は、玲奈ちゃんが、好きだ」

 言ってしまった。仁はそう思いながらも後悔はなかった。この“好き”はファンとしての“好き”ではない。憧れでもない。玲奈を自身と対等な女性として、恋愛対象としての“好き”だ。ようやく気付きならも素直に受け入れられず、誰にも知られてはいけないと思っていた想い。

「ジンさん。よく言えましたっ」

 リリーの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。しかし、その表情は悲しみにまみれてはいなかった。リリーは、母のような、姉のような、慈愛に溢れた微笑みを湛えていた。その中に、僅かな切なさを滲ませながら。

「リリー……?」

 どうしたらいいかわからない仁に、リリーが横から抱き付いた。リリーは仁の肩口に顔を埋め、静かに嗚咽を漏らす。

「リ――」

 仁は開きかけた口を閉じ、そっとリリーの背に腕を回す。仁は玲奈が好きだ。しかし、だからといってリリーを突き放すようなことはしたくなかった。恋愛的な“好き”でなかったとしても、リリーを大切に思う気持ちは変わらない。これまでも、これからも。

 二人きりの仁の部屋に、リリーのすすり泣く声だけが響く。

 仁はリリーが泣き止むまで、努めて優しく抱きしめ続ける。リリーの温かさを感じながら、自身の想いが伝わるよう信じて。
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