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最終章

21-35.感慨

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 突然のドラゴンの来訪の後、無事にメルニールへと辿り着いた仁たちは当面の目的を果たし、少し懐かしさを覚える屋敷のリビングでくつろいでいた。既に馬車が通れるくらいに入り口を広げたダンジョンの設置は終えていて、現在メルニールを取り仕切っているバランと冒険者ギルドへの挨拶と話し合いを済ませてしまえば、後はリリーの用事が終わるのを待つばかりだった。

 もちろん、正式な開通はまだとはいえ、実際にはメルニールとラインヴェルトを繋ぐ転移罠は稼働しているため、いつでもラインヴェルトに戻ることはできるのだが、せっかくなので、少しの間、この屋敷で過ごそうということになったのだった。

 メルニールは住む人が減り、ところどころに魔王妃の眷属との戦闘の爪痕が残っているものの、仁たちの屋敷は普通に暮らす分にはそれほど被害を受けてはいなかった。

 今朝、一緒に帰ってきたリリーに「おかえりなさいっ」と言われて、仁は玲奈と共に不覚にもウルっとしてしまい、やはりメルニールも玲奈や仲間たちとの思い出の詰まった第三の故郷と呼べる場所なのだと再確認した。

 かつての仲間のラストルが築いた街。ミルやリリーの故郷で、ミルやロゼッタと出会った街。仲間たちと共に命がけで守った街であり、そして守れなかった街でもある。

 ユミラや帝国の悪意で広まった噂に悩まされたことはあるが、それでも仁にとって思い入れのある大切な街だった。

 幾度か災禍に襲われたメルニールが、黒いドラゴンの炎に焼かれずに済んだことを仁は心の底から嬉しく思った。

「イムちゃん」
『ミルちゃん』

 仁が深くソファーに腰掛けてメルニールに帰ってこられた感慨に耽っていると、隣でミルとイムが互いの名前を呼び合っていた。ミルの小さな膝には乗り切れなくなってきたイムだったが、ミルに請われるままに抱きしめられている。ミルは余程イムに名前を呼んでもらえるのが嬉しいのか、澄み切った青空のような笑みを浮かべていた。

「ミル、重くない?」
「大丈夫なの!」

 もちろん仁に他意はなく、言葉のままにミルを心配しての発言だったのだが、イムには白い目で見られてしまった。苦笑する玲奈とロゼッタの視線を受け、仁は以前に似たやり取りをした記憶が蘇り、例え相手が玲奈だったとしても女性の体重にそれほど興味のない仁は首を捻りたくなる。とはいえ、敢えて地雷原に足を踏み入れる気はなく、イムに素直に謝罪した。

 もちろん対象がイムではなく玲奈で、もし体重ではなく3サイズだったとすれば仁は興味津々だっただろうが、それにしてもその数字からわかるのは漠然とした胸の大小くらいで、リアルに体型をイメージすることはできないし、どちらかと言えば玲奈の3サイズを知っているという事実に神聖さと優越感を覚えるだけだろう。ゆえに、細かに数字が前後したところで、仁にとってはあまり意味がなかった。

 仁はミルとイム越しに同じ3人掛けのソファーに座る玲奈を盗み見る。当然玲奈の体重も3サイズも知らないが、身長が公表されているものより実際には少しだけ小さいことと、その体の柔らかさは知っている。

 この二つはファンの間では有名な話だが、仁の知る玲奈の体の柔らかさは、180度に開脚できることや前屈で体を床にぺたりと付けられることだけではない。

「仁くん?」

 仁の視線に気づいた玲奈が小首を傾げた。仁は邪な考えを頭の中から追い出し、誤魔化すように笑った。玲奈の首がますます傾いていくと、仁は唐突に話題を変じる。

「そ、そういえば――」

 仁は一旦言葉を切って、視線を玲奈からイムへと動かした。

「イムは、あの黒いドラゴンがどこから来たか知っているの?」

 本当は玲奈が魔王妃の魂に体を奪われているときにそれらしいやり取りを魔王妃と眷属がしていなかったか聞きたかったのだが、仁は玲奈にあの時のことをあまり思い出してほしくなかった。最終的には無事解決したが、玲奈が辛い思いをしたのは確かなのだ。

『西から。それだけしか言えないの』
「そっか……」

 実際に仁たちはあのドラゴンが西の空に消えるのを目にしている。この大陸を東西に二分する大山脈、もしくは更にその先の、かつて魔族の暮らしていた地。そのどちらかが黒いドラゴンの領域なのだろうと仁は推測する。

 仁の持つ魔王の記憶では、かの地に黒竜が住んでいた事実はない。しかし、あれから長い時間が経っているため、あまり役に立ちそうはなかった。

『大丈夫なの。普通に暮らしていれば、もうあの竜と出会うことはないの』

 仁が自分と玲奈が元の世界に帰った後でミルやロゼッタたちが不意にドラゴンの領域を侵してしまう危険を心配していたが、イムが大丈夫だと太鼓判を押す。仁はイムを見つめ、この幼い竜はきっと自分たちの知らない色々なことを知っているのだろうと思いを巡らせる。

「ああ、そうだ。イムもご両親のところに一度顔を出さないとな」
「グルゥ?」

 今頃、リリーは久しぶりに再会した両親と大切な時間を過ごしているはずだ。ミルとロゼッタの父母は既に他界していて、仁と玲奈の両親もこの世界にはいないが、イムは違う。

「そろそろ、ミルと盟約を結んだ理由をちゃんとご両親に話してあげないと」

 イムは自ら進んでミルと共にあることを望んだとはいえ、イムが両親と共に過ごした時間は非常に短い。卵のまま帝国に攫われ、ようやく帰った日にはミルの盟友として仁たちと共に旅立つことになったのだ。その際、竜の言葉も人の言葉も理解はできても話すことのできなかったイムに、その父がいつか盟約を結んだ理由を話してほしいと願ったのだ。

 一度魔王妃の眷属について伝えに行った際に再会しているが、あのときもとんぼ返りだったし、イムもまだ言葉を話すことはできなかった。

 親竜からイムを任された身として、ゆっくりと両親と話をする時間を作るべきだと仁は考えていた。イムが言葉を覚えた今なら、文字通り話ができるのだ。

 そして、イムにはこれからもミルや仲間たちを助けてほしいと思っているからこそ、仁が魔王の魂を継ぐものであることを魔王や魔王妃と因縁のある隻眼の炎竜に黙っているわけにはいかなかった。もちろんミルとイムの行く末を見届けることなくこの世界を去ることも。

 まさかいきなり戦闘になるとは思わないが、仁が竜王ヴェルフィーナの仇でもあるジークハルトの魂と力を持っていると知ったイムの父竜がどう出るか予想がつかない。しかし、黙っていて気付かれるよりはいいはずだ。仁はジークハイドではなく、あくまで仁なのだから。

「大丈夫。串焼きに釣られたって正直に話しても、きっとイムのご両親はわかってくれるよ」

 イムは茶化すように言った仁に恨みがましい視線を向けつつも、親子の再会を喜ぶミルの手前、喜んで見せたのだった。
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