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最終章

21-31.帰省

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 数度を経た仁によるダンジョン体験会も好評を博し、今後も少し形を変えて続けていきたいとエクレアが笑顔で語っていた。初心者講習的な意味合いとは別に、非冒険者にダンジョンと冒険者について理解を深めてもらうということも、冒険者の街を運営していく上で重要だと感じたようだった。

「それで、キャロルはどうでしたかっ?」
「どうだも何も、よくよく考えてみれば、あの子、サポーターとしてはけっこうベテランだよね」

 普段ダンジョンに潜る際にサポーターを必要としていない仁は、何となく非戦闘員がダンジョンと縁遠い存在だと考えてしまいがちだったが、キャロルは既にサポーターとしてのそれなり以上の経験を積んでいる。

 仁がミルと出会うより前からヴィクターとコンスタントに上層に潜り、ガロンたちがダンジョン攻略に乗り出した際にもサポーターとして同行し、精力的に働いていたのだ。そんな彼女が、いくらダンジョン自体が別のものになったとはいえ、上層での立ち回りで殊更学ぶことがあるとは思えなかった。

 体験会が始まってしばらくしてそのことに思い至った仁だったが、仁の考えた通り、キャロルはそつなくこなしていた。若干ソワソワしていたように見えたのは、うぬぼれでなければ自分が一緒だったからだろうと仁は当時の様子を思い返す。

「あ。もしかして」
「実は、わたしが参加するようキャロルの背中を押したんですよっ」

 リリーが、えへんと胸を張る代わりとでも言うように、仁の背中に大きな胸をぎゅうぎゅうと押し付ける。残念ながら火竜の革と鱗でできた軽鎧に阻まれてダイレクトに柔らかさを感じることはできなかったが、その弾力の圧力は仁の背中にしっかりと伝わっていた。

 今、オニキスを駆る仁の腰に、リリーが後ろから腕を回してしがみ付いている。なぜそのようなことになっているかと言えば、戦争の終結からしばらく経ったこの日、リリーが一時的に帰省することになったからだ。

「ジンさんと二人っきりというわけではないですけど、あの子はジンさんと一緒にダンジョンに潜るのが夢でしたから」

 キャロルはサポーター業から離れ、リリーのお手伝い、いては秘書的な立場になるためにマルコの下で勉強している。そのため、このままではキャロルの夢が叶うことがないと考えたリリーが手を回したようだ。

「キャロルはジンさんきーの仲間ですからっ」

 そう言って、リリーが更にぐいぐいと体重を預けてくる。

「仁くん、楽しそうだね」
「玲奈ちゃん!」

 いつの間にか、玲奈を乗せたパールが並走していた。といっても、オニキスとパールの間には3メートルほどの距離がある。5メートル離れていないのは、声をかける玲奈に配慮して、パールが仁と近づくのを我慢しているのだろう。既に魔の森を抜けてメルニールに続く街道の脇を駆けているため、離れようと思えばもっと離れて並走することも可能なのだ。

「あれ? レナさんもジンさんにくっつきたいんですか? 代わりましょうかっ!?」

 返答に窮した仁の代わりに、リリーが大声で返した。

「リリーはパールに乗れないよね!?」
「レナさん、失礼ですよっ! ジンさんがヘタレで手を出してくれないから、まだ乗れます!」
「乗れるって、そういう意味じゃないよ!?」

 賢い一角馬ユニコーンのパールは言葉や念話で意思の疎通がとれることもあり、元の世界での乗馬よりは苦労はしない。とはいえ、一人で騎乗するとなれば練習なしでは難しいことに変わりはない。

「ジンさん、気付いてますか? レナさん、ジンさんとくっつきたいことは否定しませんでしたよっ」

 リリーが囁くように告げると、仁の心臓の鼓動が大きく跳ねる。

「でも、レナさんは毎晩ジンさんに抱き付いてるんですから、こういうときくらい、わたしが抱き付いてもいいですよね?」
「いいというか、何というか……」

 仁が玲奈を窺い見ると、二人のやり取りが聞き取れないのをやきもきしているように見えなくもない表情をしていた。

「リリーお姉ちゃん。ミルは代わってほしいの!」

 パールとは反対側でオニキスと並走しているガーネットの背中で、ミルが声を上げた。ミルは手綱を握るロゼッタの前に座り、イムを抱え込んでいる。パールはオニキスに近く、大きな声を出さなくてもやり取りが可能だった。

「ミルちゃん、ごめんねっ。わたし、ジンさんの子供が欲しいから、ここは譲れない!」
「あの、リリーさん。何を言って……!?」
「じゃあ、仕方ないの。リリーお姉ちゃん、頑張ってなの」

 困惑する仁を余所よそに、ミルはあっさりと引き下がる。

「ミル様。ただくっついているだけでは赤ちゃんはできませんよ」
「でも、おとーさんとおかーさんは、仲良くしてたらミルが生まれたって言ってたの」
「そうですね。うんと仲良くすると、生まれるかもしれませんね」

 ロゼッタが微笑ましい眼差しでミルを見下ろしていた。何となく居た堪れない気持ちになった仁が前方を見据えていると、遠くに商隊と思しき一団が目に入った。幾人かの護衛を連れた一行は仁たちと同じ方向に進んでいて、仁は帝都からメルニールに向かうどこかの商会の一団だと当たりを付ける。

 未だ復興途中のメルニールだが、避難していた人々が続々と戻ってくると共に、新たな移住希望者も増えていて、新たな門出を迎えていた。既に帝都や避難民たちが身を寄せていた近隣都市や小国家との交易も再スタートを切っているという話を聞いて、仁は平和が戻ってきたのだと感じ入ったものの、メルニールの輸出品としてなくてはならない魔石などのダンジョン産の品々は入手できない状況にある。それを改善するためには、ダンジョンと冒険者の存在が不可欠だった。そして、メルニールのダンジョンは、仁の、リリーの手の内にあった。

 リリーの帰省の一番の目的は、ダンジョンをメルニールに再設置することだ。仁としては一度リリーからダンジョン核の所有権を返してもらい、オニキスでメルニールに一っ走りしてくるつもりだったのだが、仲間たちが一緒に行くことになり、気が付くとリリーも同行することになっていた。

「ジンさん。わたしはいつ一角馬ユニコーンに乗れなくなっても構いませんからねっ」

 仁がメルニールの復興に思いを巡らせていると、リリーが甘い声で囁いた。

 リリーは魔王妃の狙いを悟ったルーナリアの計らいで脱出してからメルニールに帰っていないため、仁は帰省自体には賛成したのだが、事あるごとに誘惑してくるのには困っていた。玲奈への恋心を自覚したからといって、リリーを上手くあしらえるほど、仁の恋愛経験値は高くはないのだ。

 仁が玲奈を恋愛的な意味で好きになったことはリリーには筒抜けのようだったが、リリーは今まで以上に玲奈を仁にけしかけるようにあおりり、仁への好意を示す行為もエスカレートしているように感じ、仁は戸惑っている。

 一度振っているとはいえ、しっかりと話し合った方がいい。リリーが未だ仁を諦めず、子供まで求めているのだから、なおさらだ。しかし、それをわかっていても、仁はなかなか話を切り出すタイミングが掴めないでいた。

 仁は大きく溜息を吐く。勇者だ魔王だ英雄だなどと言われていても、実態はこんなにも情けない人間なのだと自嘲しながら、仁は元の世界に帰還するまでにしなければならないことの一つを胸に深く刻んだのだった。
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