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最終章

21-26.注文

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「仁くん」

 エルヴィナと恐るべき鉤爪テリブルクローを見張っていた仁は、背後から大好きな声で呼ばれて振り返る。

「玲奈ちゃん。わざわざ、ごめんね」
「ううん。すぐだから」

 先ほどまでラインヴェルトにいたはずの玲奈が魔の森の只中に現れた理由。それはエルヴィナの件を相談するために仁が呼び寄せたからに他ならない。もちろん特殊従者召喚のような特殊技能を用いたわけではなく、予定通り仮設置したダンジョンを通してだ。

 マークソン商会の面々をいつまでも森に放置するわけにはいかず、仁はエルヴィナの目を気にしつつもダンジョンを設置し、マルコに事情を話して既にラインヴェルトへと向かってもらった。その際にロゼッタに誘導してもらい、ついでに玲奈を呼んできてもらったのだった。

 にっこりと仁に微笑みかけた玲奈がエルヴィナに向き直る。エルヴィナは瞳を興味津々に輝かせていた。詳しいことは話していないが、エルヴィナは何が起こったのか、状況からかある程度理解しているようだった。

「それで、魔王様のご主人様はわたくしをどうされるのかしら?」
「仁くん」

 玲奈はエルヴィナと一言二言挨拶の言葉を交わすと、続くエルヴィナからの問いかけを無視して仁をジッと見つめる。仁の大好きな玲奈の笑顔が、なぜかほんの少しだけ怖く感じた。仁が困惑しながら応じると、玲奈は「ミルちゃんだから」と口にした。仁が首を傾げる。

「後継者はミルちゃんだから。さっき、ミルちゃんがすっごく乗り気で承諾したから。だから、エルヴィナさんと訓練する必要はないから。仁くん、これはみんなの総意だからね」

 有無を言わせぬ迫力に、仁はたじろぎながら何度も頷く。そんな仁の反応に満足したのか、玲奈の笑みから目に見えない圧力が消え、安堵したような笑みに変わった。

「えっと、それで玲奈ちゃん。ということは、玲奈ちゃんはエルヴィナさんの受け入れには反対なんだね?」

 そう問いながら、仁は無理もないかと考える。仁はエルヴィナと直接戦ったことがないが、玲奈は、玲奈たちは違う。数度にわたり、実際に命のやり取りをしたのだ。先ほどのロゼッタしかり、そんな玲奈たちがエルヴィナを警戒するのは当然だと仁は思った。

 仁としては悩むところではあるが、仲間たちの反対を押し切ってまでエルヴィナを受け入れるつもりはなかった。魔人族同様の力を持ったエルヴィナの動向は気になるが、この世界の強者は何もエルヴィナだけというわけではない。強者だからというだけで危険人物扱いしては、仁は自分たちの首を絞めることになりかねないと理解していた。この世界の人々にとって、魔王の力を持つ仁こそが最も脅威となり得る存在なのだから。

「あ、ううん。違うよ」
「え?」

 仁はエルヴィナの申し出を断ろうと口を開きかけるが、玲奈の答えは仁の予想したものとは違っていた。

「違うの?」
「うん。断って敵に回られるより、味方になってくれるならその方がいいでしょ?」
「それはそうだけど……」
「あれ? 仁くんは反対なの?」

 玲奈が、こてんと首を傾ける。どうやら玲奈はマルコたちを案内している間にいろいろとロゼッタから話を聞いて、仁は受け入れ賛成派だと思っていたようだ。

「仁くんが反対じゃないのなら、私は反対しないよ。一度敵対したらずっと敵っていうなら、コーディーさんだって敵っていうことになっちゃうよ。もちろん裏切らないっていうのが前提だけど」
「さすがは新たなる魔王妃様。寛大なお心に感謝し、お二人に忠誠を尽くすことを誓いますわ」
「わ、私が魔王妃!?」
「魔王様の主にして、今世の伴侶となるお方でしょう? とても以前のように“お嬢ちゃん”とは呼べませんわ」

 仁と玲奈のやり取りを見守っていたエルヴィナがここぞと玲奈を持ち上げると、玲奈が困惑顔でチラチラと仁に視線を送ってきた。仁は満更でもなさそうに見えてしまう玲奈の仕草に気付かないふりをして、勘違いしそうになる心を無理やり静めて平静を装う。

「エルヴィナさん。さっきは玲奈ちゃんのこと、可愛いお嬢ちゃんって言っていたけどね」
「あら? 魔王様も可愛いと思っているのではなくて?」
「それはそうだけど」

 わかっていて敢えてズレた返しをしてくるエルヴィナに、仁はがっくりと肩を落とす。いろいろと複雑な心の内を見透かされているようで居心地が悪く、仁はあまりからかうと弟子の話はなかったことにすると告げる。

「あ、仁くん。エルヴィナさんを受け入れる前に確認しておきたいことがあって」
「確認したいこと?」
「うん。仁くん、エルヴィナさんは私たちのことをどこまで知ってるのかな?」

 玲奈のぼかしたような言い様に、仁はいずれこの世界を去ることについてだと察する。それは仁も懸念していたことだった。仁が健在である限りは味方でいるというエルヴィナだったが、仁と玲奈が元の世界に戻ってしまったらどうするつもりなのか。もしミルたちやラインヴェルトと敵対するようなことになる可能性があるのなら、エルヴィナをより強くすることは将来の危険を大きくすることになってしまう。

「粗方のことは知っているつもりでしてよ。外の世界から召喚されたあなた方が、そう遠くないうちに帰ろうとしていることも。ですので、わたくしは魔王様がこの世界に健在である限り、忠誠を誓うつもりですわ」
「エルヴィナさん。もしかして、これまでもけっこう俺たちのこと見ていました?」
「さあ、どうでしょう」

 頬を引きつらせる仁に、エルヴィナが妖艶な笑みを向けた。

「エ、エルヴィナさん!」
「はい、魔王妃様」
「そ、その、魔王妃っていうのはやめてください。それから、自分の命と尊厳の危険がない限り、私たちと敵対していない人たちに危害を加えないでください。敵だからというだけで不必要に傷つけるのもダメです」
「承知いたしましたわ」

 玲奈の注文を、エルヴィナは何の迷いもなく受け入れる。

「それと、これが一番大事なことですけど、私たちが元の世界に帰った後も、私たちの仲間と敵対しないって約束してください……!」
「ええ。初めからそのつもりですわ」

 あっさりと頷くエルヴィナに、玲奈が目を丸くする。隣で聞いていた仁も驚いてエルヴィナをまじまじと見つめてしまう。

「あのドラゴンを従えた小さなお嬢ちゃん」
「ミルですか?」
「ええ」

 エルヴィナは仁と玲奈がこの世界を去った後、仁と玲奈に準じる実力者であるミルに友達にしてもらうつもりだと話す。配下や弟子と言われるよりは信憑性を感じる言葉だった。

 かくして、仁たちは一定の警戒をしつつもエルヴィナを受け入れることになり、ダンジョンの転移罠と玲奈の特殊従者召喚でラインヴェルトに帰還した。

 ただ、いきなり街中に恐るべき鉤爪テリブルクローを連れて行くわけにはいかず、ダンジョン内に待機してもらっている間に仁がラインヴェルト湖の湖畔に新ダンジョンを仮設置するという手間をかけて連れて行き、当面の間は肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントのルビーと共に暮らしてもらうこととなったのだった。
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