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最終章

21-25.処世術

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「長いものに巻かれたいと思うのは自然なことではなくて?」

 仁の困惑を見て取ったのか、エルヴィナがそう続けながら妖艶さを感じさせる笑みを浮かべた。

 以前、エルヴィナはA級冒険者パーティの仲間と共にメルニールを裏切り、帝国にくみした。そして玲奈たちに敗れてメルニールを追放されると、今度は魔王妃に味方して仁たちやラインヴェルトと敵対。そして魔王妃が倒れた今、仁の下に馳せ参じた。

 これまでの経緯を見るに、エルヴィナの言はそれまでの彼女の行動と齟齬がないように仁は思った。それに、長いもの、即ち、強者に従うという処世術は頭ごなしに否定するものではない。とはいえ、「はい、そうですか」と配下に加えるわけにはいかなかった。

 というより、仁は確かにいにしえの魔王の魂を持っているが、今世の仁は誰かにかしずかれるような立場の人間ではない。

「ジン殿! 聞く耳を持ってはなりません」

 ロゼッタがエルヴィナの視線から仁を隠すように前に躍り出た。

「この者は虎の威を借りて自分も強くなったように錯覚し、優越感に浸るだけの狐です。そのような者は必ず裏切りを繰り返し、いずれは再びジン殿に、そしてレナ様やミル様に牙を剥くに相違ありません!」

 ロゼッタが語気を強めるが、エルヴィナはどこか優雅さを感じさせる態度を崩さない。

「白虎族のお嬢ちゃん。あなたは勘違いしているようだけれど、わたくしは誰も裏切ってなんていないわ。ちゃんと義理は果たしているもの」

 エルヴィナ曰く、エルヴィナはパーティの総意に従って帝国側に付き、その目論見が露見しても自身が倒れるまで玲奈たちと戦った。そして今度も魔王妃が敗れ去るまで力を尽くした。エルヴィナは決して与した相手を裏切ったわけではないのだという。

「魔王様」

 仁がロゼッタの横に並ぶと、エルヴィナが跪いたまま仁の方へと向き直る。

わたくしはあなた様が健在である限り、忠誠を尽くすことを誓いますわ」
「う、うーん……」

 確かにエルヴィナの話を聞く限りでは一度味方と定めた相手を裏切ることはないのかもしれないが、エルヴィナがメルニールやラインヴェルトと敵対したという事実は消えてなくなったりはしない。

 幸いにもどちらも玲奈たちが防いでくれたためにそこまで大きな被害は出ていないが、帝国や魔王妃に付いて自らやその家族、仲間たちの生存を脅かした相手を受け入れられるかと言われると疑問が残る。それは仁のみならず、メルニールから避難している人やラインヴェルトに集った人々も同様だ。

「あくまで俺が強いから従いたいということですよね?」
「ええ、そうね」

 そう言い切るエルヴィナからはメルニールやラインヴェルトの人たちへの謝罪や贖罪の気持ちは一切見受けられず、仁は溜息を吐く。どう判断すればいいか、仁はわからなかった。改心して仲間になりたい、もしくは雇ってほしいというのであればまだしも、仕えるというのだから余計だ。

「ジン殿は魔王ではない。故に、部下など必要としてはおられぬ! そうですよね!?」

 ロゼッタがエルヴィナに強く言ってから、ずいっと仁に顔を近づけた。

「ま、まぁ、そうだね」

 仁はロゼッタの勢いに気圧され、こくこくと頷く。旗色が悪そうだと察したのか、エルヴィナが笑みを少しだけ引っ込めながら艶めかしく溜息を吐いた。

「わかったわ。わたくしが魔王様にお仕えしたいと考えた、もう一つの理由をお話しますわ」
「もう一つの理由?」
「それは何だ!」

 仁とロゼッタの視線を受けたエルヴィナは、あっけなくその理由を口にした。

「魔王とは魔人族の王なのでしょう? ならば、魔人となったわたくしがお仕えするのは当然のことではなくて?」
「……まさか、エルヴィナさん。あなたも飲んだんですか……?」
「理解が早くて助かるわ」

 帝国が開発していた魔人薬。それはもともと、人を魔人族のように強力な魔力と強靭な肉体を持った存在へと変える効果を持つという太古の遺跡から見つかった薬を再現して生まれたものだ。いや、実際には成功しておらず、飲んだ者を理性なき灰色の化け物に変えることしかできない失敗品だが、重要なことは、少数ながら現品が存在していたということだ。

 仁はユミラの最期を思い出す。あのとき、ユミラは非戦闘員ではありえないほどの魔法を扱っていた。そして魔導人形ゴーレムに憑依した魔王妃に胸部を貫かれたときに零れ落ちた水晶のようなものは、魔石に他ならない。

 魔物のように体内に魔石を持つ人。それは即ち、この世界で魔人族と呼ばれる存在だった。

 当のエルヴィナ自身もメルニールにいた頃より格段に強くなっていたと、仁は玲奈たちから報告を受けていた。

 これらを合わせて考えれば、ユミラとエルヴィナは遺跡から見つかった正規の魔人薬を飲んでその体を魔人のものへと変えたのだと推測できた。

「魔王様。これでわかっていただけたかしら?」
「魔人族なら山脈の向こうに帰ればいいのです。ジン殿が召し抱える必要などありません」

 ロゼッタがエルヴィナを睨みつける。それに怖気づいたわけではないだろうが、エルヴィナは再び大きく息を吐いた。

「そこまで言うのなら、わかったわ。魔王様。では配下ではなく、あくまで弟子のような存在としてお仕えしますわ」
「弟子……?」
「ええ。わたくしは虎の威を借りて強くなった気になるのではなく、虎の力を借りて強くなることを望みますわ。そのお嬢ちゃんのように」

 エルヴィナがロゼッタに目を向け、妖しい笑みを浮かべた。口角が吊り上がり、濡れた唇が上下に分かれる。

「気持ちの良い訓練というものに興味もありますし、後継者を探しているのでしょう?」
「な!」

 仁とロゼッタの驚愕の声が重なった。魔力操作の訓練の継承の話はここに来るまでの道中でしか話したことがない。疾走するオニキスとガーネットの馬上でなされた話を、エルヴィナが知っているはずが――

「まさか、遠隔監視魔法……」

 仁が思わず仮に名付けられた未知なる魔法名を呟くと、ロゼッタが、ハッと息を呑んだ。そして仁はその瞬間、この場にやってきて最初に感じた違和感を思い出す。

 助太刀を申し出ると同時に熊の魔物を切り飛ばした仁に、クランフスは驚いていたのだ。仁がそこに現れたことではなく、仁が本当に・・・その場に現れたことに。

「そんな名称がついているとは知らなかったけれど、弟子にしていただけるのなら、お教えしますわよ? それと、これも――」
「な……!?」

 仁は驚愕に目を見開く。エルヴィナは目の前で跪いたまま確かに存在しているにもかかわらず、気配が消えていた。

「魔王妃様にご教授頂いたことをヒントに身につけたものですけど、意外と便利でしてよ?」

 唐突にエルヴィナの気配が戻る。何をしたのか正確にわからなかったが、仁はふと思ったことを口にする。

「周囲の魔素に何らかの干渉をして……?」
「さすがは魔王様。遠隔魔法を操る魔王様ならば、すぐに使いこなせるのではなくて?」
「いや、さすがにすぐというわけにはいかないけど……」

 仁の想像通りならば、不可能ではないものの相当の修練を必要とするはずだった。

「この技があれば、あの可愛らしいお嬢ちゃんの着替えを覗くことも、いとも容易いことですわよ」
「ジン殿! たぶらかされてはなりません。そのようなことをせずとも、ジン殿が望めばレナ様はいくらでも着替えを見せてくれます!」
「あら? わかっていませんわね。魔王様のような人は、あからさまに見せつけられるよりも、普段見られない姿をこっそり覗き見る方が好きなのよ」
「ジン殿を貴様のような覗きと盗み聞きが趣味の変態と一緒にするな!」

 ロゼッタがいつになくヒートアップし、エルヴィナがからかい交じりに応じている横で、仁は途方に暮れていた。ロゼッタが熱くなっている理由は言うまでもなく、エルヴィナと関わるのに反対だからだろう。これまでのエルヴィナとの関係を考えれば、それは当然の反応とも言えた。

 しかし、仁は魔人となったエルヴィナを放置するのも得策ではないようにも思う。この場でエルヴィナを拒んだことによって起こりえる未来の不安を思えば、手綱を握っておく必要はあるのかもしれない。とはいえ、自身や周囲の感情を別にしても、仁はいずれこの世界を去る立場だ。故に、おいそれと配下、もしくは弟子として受け入れることもできない。

 仁は言い合いを続けるロゼッタとエルヴィナを眺めて大きく溜息を吐き、再び天を仰いだのだった。
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