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最終章

21-13.抱き枕

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「ジンさん。寝不足ですか?」

 翌朝、食卓についた仁が伸びと欠伸を繰り返していると、リリーが不思議そうに小首を傾げた。昨夜、仁たちの家に泊まったリリーは一緒に朝食をとってから帰る予定となっていた。

「寝不足というか、何というか……」

 仁は曖昧に答えると、再度両腕を上げて大きく伸びをする。一晩中、玲奈に抱き枕にされてしまったため、寝返りを打つこともできず、仁は全身の筋肉が硬くなったように感じていた。もちろん、色々な意味で目が冴えてしまったことが寝不足の原因の一つであるのも確かだった。とはいえ、玲奈の体の柔らかさと温かさを味わえたことは幸せ以外の何ものでもない。

「ジンお兄ちゃんのおかげで、ミルはよく眠れたの」

 隣でミルが満足そうな笑みを湛え、リリーがいぶかし気に目を細める。一歩間違えればミルが今の仁の立場と入れ替わっていたわけで、その発言自体に誤りはないのだが、仁は危険な気配を感じてミルの口を塞ぐ。

「ジンさん。どうしたんですか?」

 リリーの探るような視線が仁とミルを行き来する。仁は笑って誤魔化そうとするが、リリーの追及の手は止まらなかった。丁度そこへ、玲奈とココが出来上がった朝食を運んで来た。

「あ、レナさん。ジンさんが寝不足みたいなんですけど、原因わかりますか?」
「え」

 玲奈が足を止め、手にした食器がガチャンと音を立てた。玲奈の視線がチラリと仁に向き、バッと顔を逸らす。

「レナさん。頭の上から湯気が出てますよっ」
「で、出てないから!」

 玲奈は慌てた様子で食卓に配膳し、足早にキッチンへと戻っていく。リリーはその後姿を見送ると、仁に向き直った。

「ジンさん。ずばり、昨夜はお楽しみでしたねっ?」

 どこぞのゲームの宿屋の主人みたいなことを言うリリーに、仁はがっくりと肩を落とす。

「ジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃんは仲良しさんだったの!」

 ミルが満面の笑みで語弊を招く物言いをすると、リリーはわざとらしく愕然とした表情を浮かべた。

「そんな、ミルちゃんが見てる前でなんて……」
「あー、違うからね?」

 リリーが冗談で言っているのはわかっているが、仁は一応否定しておく。あまり放っておくとミルの教育に悪いことを言い出しかねない気がした。

 仁がリリーに苦笑しつつ配膳を手伝おうと腰を浮かせると、ロゼッタが制止する。

「ジン殿。しっかり誤解を解かないと、レナ様がこちらに来られないようですよ」

 そう言ってロゼッタが首を回す。仁がその視線を追うと、柱の角から玲奈が半分だけ顔を出していた。仁と目が合った玲奈が顔を引っ込めた。ロゼッタが笑いながら席を立つ。

「誤解も何も、リリー、わかって言っているよね?」
「はいっ。ジンさんとレナさんが一晩中、抱き合っていたんですよねっ」
「抱き合ったっていうか、俺が一方的に抱き付かれていた、が正解だね」
「ジンさんはレナさんの腰に腕を回したりしなかったんですか?」
「いや、腕もまとめてホールドされていたからね」

 仁も聖人君子ではないのだから、強く抱きしめられた苦しさはあれど、大好きな玲奈に密着されてよこしまな気持ちがまったく湧かないということはない。しかし、理性と戦う以前に腕が自由にならないのではどうしようもなかった。

「本当に何もなかったんですか?」
「強いて言うなら、玲奈ちゃんの抱き枕になったってところかな」

 不可抗力でいろいろと体で味わうことにはなったが、仁が玲奈に対して能動的に何かしたということはない。たぶん。

「でも、ミルちゃんじゃなくてジンさんを選ぶのは、レナさんらしいです」
「え、選んだんじゃなくて、寝てたんだから無意識にだよ!?」

 丁度ロゼッタに背中を押されてやってきた玲奈が反論すると、リリーはニヤリと口角を吊り上げた。

「寝ていても無意識にジンさんを求めてしまったんですね。その気持ち、わかりますっ」
「そ、そういうことじゃなくて……!」

 玲奈は半分当事者である仁が気の毒に思うくらい真っ赤になっていた。

「ま、まぁ、冗談はそのくらいにして、そろそろ朝食にしようよ。せっかくの料理が冷めちゃうし」
「そ、そうだね!」

 仁が助け舟を出すと玲奈が食い気味に乗っかってくるが、仁と目が合った途端、玲奈は顔を背ける。仁も何となく気恥ずかしく、あまり玲奈を視界に収めないようにしながら皆で食事を始めた。ミルが食べながら、仁と玲奈と一緒に寝られて嬉しかったことをロゼッタやココたちに報告し、穏やかな時が流れる。

「ところでジンさん」

 朝食が一段落ついたところで、リリーが表情を改めて居住まいを正した。仁をはじめ、皆の視線がリリーに集まる。

「実は、わたしも抱き枕がないと眠れない体質なんですが、今夜はわたしの抱き枕になってくれませんかっ?」

 仁はガクッと肩の力を抜き、リリーに半眼を向けた。そんな体質があると聞いたことはないし、それならそれで布団を丸めて抱き枕にすれば問題ないはずだ。

「リリーお姉ちゃん、それはダメなの」
「な、何でですかっ!」

 まさかミルに拒否されると思っていなかったのか、リリーが目を見開く。

「今夜はココちゃんの番なの」

 もちろん、ココが仁を抱き枕にするということではなく、ココが仁と玲奈と一緒に寝ると言うことだ。それは即ち、今夜も玲奈がおそらく仁を抱き枕にするということに他ならない。

「じゃ、じゃあ、明日で!」
「明日はミルの番なの」
「明後日!」
「明後日はココちゃんの番なの」
「そんな殺生な……!」

 リリーが愕然とした表情でミルとココを交互に見遣った。ミルは笑顔で、ココは申し訳なさそうにしながらも譲る気はないようだった。

「ミルちゃん! 一昨日、残されるもの同士で語らったのは何だったんですかっ!」

 自分もミルやココと同じくらい寂しいのだと力説するリリーに、ミルとココは顔を見合わせる。仁の胸にズキッと痛みが走った。

「わかったの。リリーお姉ちゃんも順番に加えるの」

 今夜は予定通りココだが明日はリリーの番でいいとミルが告げると、リリーは立ち上がってミルとココに順番に駆け寄り、その手を握ってぶんぶんと振った。

「ミルちゃんもココちゃんも、ありがとう!」

 リリーは向日葵ひまわりのような満面の笑みを浮かべて辺りに幸せを振りまく。

「そういうわけなので、ジンさん。ついでにレナさんも。明日の夜は、よろしくお願いしますっ!」
「え。ダメだけど」

 いくらリリーでも、ミルとココと同じように扱うわけにはいかない。そもそも、端から仁を抱き枕にしようと企んでいるリリーと一緒に寝ればどうなるか、今更言うまでもなかった。仁に嬉しい気持ちが全くないと言えば嘘になるが、玲奈とリリーと三人で一緒に寝て、あまつさえ二人の抱き枕になるなど、ハーレムアニメのような状況が現実に存在していいはずがない。

 元の世界に帰る前に仁はリリーともしっかり向き合うつもりではあるが、それがベッドの上である必要はない。

「レナさん、ズルいですっ!」
「え、えぇ……」

 仁の胸中を知ってか知らずか、リリーは玲奈に矛先を変えるが、仁が認めることはない。はず。きっと。たぶん。
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