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第二十章

20-71.いきさつ

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「仁くん、大丈夫? 立てる?」

 戦乙女の翼ヴァルキリーウイングの皆で一頻ひとしきり勝利を喜び合い、ゆっくりと立ち上がる。

「ありがとう」

 仁は両サイドから支えてくれる玲奈とロゼッタに笑みを見せた。玲奈の魔力譲渡のおかげで何とか自分自身の足で立つことができ、仁は二人にもそう伝えたが、玲奈は仁の腕に手を添えたままだった。

 仁が距離感の近い玲奈にドギマギしながら、これからどうしようかと頭を悩ませていると、ミルが仁の正面に立った。

「ジンお兄ちゃん、ごめんなさい」

 ミルの突然の謝罪に仁は目を丸くする。

「ジンお兄ちゃんは来ちゃダメだって言ってたのに、ミルは約束破っちゃったの。だから、ごめんなさい」
「あ、そのことか」

 仁は申し訳なさそうにしているミルの小麦色の頭を優しく撫でる。確かに仁は仲間たちの誰かが再びアナスタシアに乗っ取られてしまうことを恐れて一人でやって来たが、どうやら杞憂だったようだとわかってしまえば皆の助力には感謝しかなかった。

 もちろん結果論ではあるが、ようやく解決した今、仁にそのことを咎める気など微塵もない。

「みんな。来てくれてありがとう。助かったよ」

 仁が心からの気持ちを伝えると、ミルはホッと息を吐き、仁の腰辺りに抱き付いた。仁はミルの様子に安堵しつつ、未だ仁にピッタリと寄り添っている玲奈の横顔を見遣った。

「でも、玲奈ちゃん。何で、もう大丈夫だってわかったの?」

 仁の問いの意味がすぐには理解できなかったのか、玲奈が首を捻り、上目遣いで仁を見上げる。至近距離で見つめ合う形になった仁は気恥ずかしさを覚える。仁の心臓がドクンドクンと大きな音を立てるが、玲奈に聞こえてしまわないよう祈りつつ、仁は努めて冷静を装った。

「玲奈ちゃんが大丈夫って言っていたって、ミルから聞いたんだけど」
「あ、うん。それは――」
「あ。玲奈ちゃん、ごめん。みんなもちょっと待ってて」

 あることを思い出した仁は表情を真剣なものとした。仁の胸の鼓動はいつの間にか、すっかりと鳴りを潜めていた。

 首を傾げつつも了承の意を示す玲奈たちから離れ、仁は目的の場所へ急行する。そこにはもう二度と動くことのないユミラの亡骸が横たわっていた。

 仁は黙祷を捧げ、その遺体と近くに転がっていたクリスタルのような魔石をアイテムリングに収める。仁はコーデリアやルーナリアの手を借りてユミラを家族の元へ帰すことができないかと考えたのだった。ユミラとの間には様々なことがあったが、亡くなってまで恨み言を言うつもりはなかった。

「仁くん……」

 仁が心を落ち着かせてから仲間たちのところへ戻ると、皆が一様に気遣わし気な表情を浮かべていた。玲奈が唇を動かしていたが、その隙間から声が発せられることはなかった。

「玲奈ちゃん、みんなも。俺は大丈夫だから」
「仁くん。私にできることがあれば何でも言ってね」

 ふと仁の脳裏を元の世界で良く聞いたネタ台詞がかすめたが、仁はそれを口にすることなく、玲奈に感謝の言葉を返した。そして、しんみりとした空気を変えるべく話題を戻すと、改めて玲奈が簡潔に経緯を語り始めた。

 街に向かって歩を進めながら聞いたところによると、仁が帝国軍の元へ赴いている間に合成獣キメラが襲撃し、玲奈たちがそれを迎撃。共に現れたエルヴィナとも激戦を繰り広げたのだという。

 魔王妃の眷属の合成獣キメラは元より、エルヴィナも以前に戦ったときよりも遥かに強大な力を見せて苦戦を強いられるも、玲奈たちは力を合わせてこれを撃退。

 合成獣キメラを仕留めたところでエルヴィナが撤退を計り、それを阻止しようとする玲奈たちに対し、エルヴィナは仁の危機を告げたのだそうだ。

 遠隔監視魔法で魔王妃の状況をある程度把握していたエルヴィナは、意思を失くした魔王妃の暴走を知って見切りをつけたようだった。

 魔導人形ゴーレムに憑依することで玲奈救出作戦の場から逃げ出したアナスタシアは、適合するのに時間を要するのか、しばらくの眠りについていた。そして一度目を覚まし、膨れ上がった憎悪に任せて眷属を大量召喚した後、気を失うかのように活動を休止した。

 そして再び動き出したとき、エルヴィナの期待に反し、アナスタシアは憎悪に支配されて破壊を撒き散らす人形となっていたのだった。

 そうして仁の危機を知らされた玲奈たちは、エルヴィナを追うことよりも仁への救援を選択。玲奈は再び体を奪われるのではないかという一抹の不安を持ちつつも、もう魔王妃にそれだけの理性はないという心の声に従うことにしたそうだ。

「もしかしたら……」
「玲奈ちゃん?」
「ううん。何でもないよ」

 仁は何か考え込む様子の玲奈に首を捻るが、玲奈は「気にしないで」と笑顔を見せた。

 その後、パールやガーネットと合流した仁たちはそのまま街を目指す。

「あの、パールさん。もっとこっちに来たりしません――よね」

 仁が、がっくりと肩を落とす。相変わらず仁の5メートル以内に近寄ろうとしないパールは玲奈の横にピッタリとくっ付いて歩いている。仁とパールの距離。それは即ち、仁と玲奈との距離でもあった。

 少し前まではすぐ傍に玲奈が寄り添っていただけに、仁は寂しさを覚えていた。

 元の世界に戻ってしまえば玲奈と一緒に過ごすことはできないのだから、せめて今だけは。そんな仁の想いは、一角馬ユニコーンの性質に阻まれる。

「ジン殿。代わりにガーネットがいますよ」

 無口なガーネットが双角を当てないよう慎重な様子を見せつつ、仁の肩に鼻先を近づけた。ロゼッタは仁がパールよりも玲奈を求めていることを察しているのか、揶揄うような、それでいて満足そうな笑みを浮かべている。

「ガーネット、ありがとう」

 玲奈の代わりにはなれずとも心に安らぎを感じた仁はその気持ちを嬉しく思い、ガーネットの鼻の上を撫でつけた。仁は無口なガーネットとほとんど話したことはないが、本当に優しい子だと、しみじみと感じ入る。

「ジンお兄ちゃん。オニキスくんはどこにいるの?」

 ガーネットの逆側で仁と手を繋いでいるミルが仁を見上げた。

「そういえば、離れているように言ったけど、ミルたちはこっちに来るとき見かけなかった?」

 仁がオニキスの姿を探しながら問うと、ミルとロゼッタから否定の言葉が返ってきた。まさかビームに巻き込まれたわけではないだろうがと少々心配になってきた仁の肩を、再びガーネットが優しく突っついた。

「うん?」

 仁がガーネットを見遣ると、仁としっかりと目を見合わせたガーネットがゆっくりと首を回した。釣られるように仁たちがそちらを向くと、視線の先に砂埃が立ち昇っていた。

あるじ~!』

 砂埃と共に、赤い鬣を風になびかせた漆黒の馬体が駆け寄ってくる。少し離れている玲奈とパールも気付いたのか、一同が立ち止まると、オニキスはあっという間に追いついてきた。

「オニキス、お帰り」

 仁とガーネットの間に割り込んだオニキスが仁の脇腹に顔をぐいぐいと押し付け、仁が苦笑いを浮かべる。

あるじ~! 無事でよかったです~』

 憑依用魔導人形ポゼッションゴーレムの強大な魔力を感知したオニキスはすぐにでも駆け付けたいと思ったが、その衝動を抑え、仁の指示を守ることを優先したようだった。

 仁の無事を喜び、傍にいられなかった寂しさを言い募るオニキスを、皆が微笑ましいものを見る目で見守る。

「それでオニキス。君は今までどこに行っていたの?」

 オニキスがやって来た方向は街とは反対側で、仁と別れた場所とは帝国軍の陣地を挟んで真逆の方角に位置していた。

『あ、そうでした! あるじ。武装した人族の集団が近付いてきているんでした!』
「え!」

 皆が息を呑む。ユミラと共にやってきた帝国軍は幸か不幸か憑依用魔導人形ポゼッションゴーレムによって壊滅し、その指揮官たるユミラも死亡しているが、これで戦争が終わったわけではない。

 新たにやってくる帝国軍が後詰か本体かわからないが、消耗した状態の自分たちの状況も鑑み、仁はすぐさま街へ帰還することにする。

「オニキス、ガーネット、パール。疲れているだろうけど、頼む!」

 仁たちはそれぞれの愛馬に颯爽と跨った。仁がミルを抱え、そしてミルの腕の中にはイムが陣取る。

「行こう!」

 3頭の馬の魔物たちが、一斉に駆け出した。
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