奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~

Takachiho

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第二十章

20-66.罵倒

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「ジーク」

 ユミラにそう呼びかけられ、仁の胸が跳ね上がる。やはり魔王妃が生き延びていて、再びユミラに憑りついたのかと仁は唇を噛むが、続いた言葉で判断を保留する。

「いえ、魔王ジン・ハヅキ」

 ユミラの言う“ジーク”とは、いにしえの魔王ジークハイドではなくコーデリアがつけた偽名のことかと安堵する一方、仁はアナスタシアがユミラを演じているだけかもしれないと気を引き締める。

「お前を殺せる今日という日をどれだけ待ちわびたことか」

 執務用の長机を挟み、ユミラの憎しみに燃える双眸が仁を見据えていた。

「ユミラさんには申し訳ないですけど、大人しく殺されるつもりはありませんよ」
「話してよいと許可した覚えはありませんが、まあいいでしょう」

 憎悪で燃え上がった瞳はそのままに、ユミラの口角がジワリと持ち上がる。

「お前は、私に、あのお方に逆らうことはできないのだから」

 仁の眉間に皺が生まれる。ユミラの確信に満ちた言葉の意味が解らなかった。“あのお方”が魔王妃を指していることは仁にも容易に想像できるが、もしかするとユミラはアナスタシアの魂が玲奈の体から追い出されたことを知らないのではないかという考えが浮かんだ。

 タイロンの友人と思しき上級騎士は仁を連れてくるよう厳命されていると言っていた。その命令を出したのはユミラであり、まるで仁が一人でやってくるのを見越していたかのようだ。

 仁はビームの出所と魔王妃の生死を確認するために単身やって来たが、ユミラがそれを前もって知るには玲奈から追い出された魂と接触している必要がある。しかし、もしそうであるならば仁を縛るものがなくなっていることも同時に知るはずだ。

 ビームでいつでも街を攻撃できるという脅しにも取れなくはないが、いつでも使用できるのであれば、眷属が攻め寄せているときに1発も使用しなかった理由がわからない。それで被害が出ていた方が、より一層仁の行動を制限できるはずなのだ。

「“あのお方”というのはアナスタシア――魔王妃のことですか?」

 仁は考えがまとまらないまま、更なるヒントを求めて会話を続ける。

「ええ、そうです。お前のような偽物の魔王ではなく、本物の魔王の妃だった方です。お前はあのお方に大切なものを人質にとられ、私に殺されに来たのでしょう?」

 何を今更と言わんばかりに、ユミラが勝ち誇ったように口の両端を持ち上げた。その一方で、仁は合点がいったと内心で安堵の息を吐く。

 元々、玲奈救出作戦を急いだのは、魔王妃がユミラと帝国軍をこの地に呼び寄せ、仁に殺させようとしたからだ。そしてアナスタシアにしてみれば、いにしえの大賢者レイナの力を借りた仁によって玲奈の体から追い出されたのは想定外の出来事のはずだ。

 そこから浮かび上がるのは、魔王妃の魂の行方は不明だが、おそらくユミラとは接触していないという仮説だった。万に一つも魔王妃がユミラを演じている可能性がある以上、絶対的に正しいとまでは言えないが、仁はその仮説に沿って行動することにする。

 もし魔王妃がユミラと接触していたのならば、脅しが脅しになっていないことを知らないはずがないのだ。

「ユミラさん。残念だけど、もう人質は解放したし、魔王妃の魂は消滅しましたよ」

 だから自分を縛るものは何もない。仁はそんな思いを瞳に込める。

「ふん。はったりを言うなんて奴隷のくせに生意気ですよ。あのお方が、本物の魔王の妃が偽物の魔王に負けるなんてありえない」

 実は仁が本物の魔王の魂を受け入れたことも、魔王妃が初めから仁を殺させるつもりがなかったことも仁は口には出さないが、揺らぎない仁の様子に、ユミラの視線が僅かに泳いだ。仁はそれを見逃さない。

「あなたに俺は殺せない。それはわかっているはずです。今から外の騎士たちを呼んだところで、それより早く、俺はあなたを倒すことができます」
「だ、だから何だって言うんです。私に降伏しろとでも言うつもりですか。もしあのお方が本当に失敗していたのだとしても、ひざまずくのはお前の方ですよ」

 ユミラが目を細めて仁を睨みつける。先ほどまでのような余裕は感じられなかったが、確信に満ちた口調はまったくの出まかせとも思えず、仁は眉根を寄せた。

「お前は知らないようだから教えてあげましょう。今頃、化け物がお前の街を蹂躙しているはずです」
「化け物……?」

 化け物と言われて仁の頭に浮かぶのは氷漬けにされた灰色の巨人の姿だった。玲奈から聞いた話では眷属たちと争っていたというし、やはり魔王妃が生きているとしてもユミラや帝国軍と歩調を合わせているわけではないのではないかと仁は考えを巡らせる。

「安心なさい。お前の大切にしている女共はまだ殺しません。大切な大切な人質ですからね。そのためにわざわざエルヴィナを付けたのですから」
「エルヴィナさん……?」

 あの場にエルヴィナがいたとは聞いていない。仁の頭に疑問符が浮かぶが、そんなことはお構いなしにユミラが言葉を紡ぐ。

「汚らわしい白虎族の女、卑しい獣人の物乞い、人の身でありながら偽の魔王に色香を使う商家の売女。それに、無能の皇子のお手付きになったさもしい異世界の小娘、だったかしら」

 ユミラが妖しく笑う。仁は激昂しそうになる気持ちを無理やり抑え込む。仁の心の底からどす黒い感情が蛇の頭のように鎌首をもたげ始めるが、仁は深呼吸をして、ギリギリのところでそれ以上せり上がるのを防いだ。大切な人がどれだけユミラに口汚く罵られようと、その評が間違いでしかないことは仁が一番知っている。今の仁に必要なのは、怒りに任せて暴れることではない。

「ユミラさん。悪あがきは止めてください。魔人もどきは既に勇者によって倒されました。大人しく降参してくれれば、コーディーが何とか取りなしてくれるはずです」
「長年仕えてやった私よりタイロンの仇を選んだ血も涙もない女が偉そうに! 所詮、人形の娘は人形。大人しく権力者に股座またぐらを開いていればいい!」

 仁は絶句する。目を血走らせるユミラの姿に、仁は自分の思っている以上の溝ができていることを知った。そんな仁の胸に去来したのはたぎるような怒りではなく、深い悲しみだった。

 コーデリアの苦労と努力を一番間近で見てきたはずのユミラ。そのユミラにここまで言われてしまったと知ったらコーデリアはどう思うのか。それを思うとそのきっかけを作ってしまったことに罪悪感が芽生える。

「それに、あの化け物はできそこないの魔人もどきなどではない。タイロンが携わった研究の集大成とも言える最高の怪物」

 ユミラ曰く、たてがみのような硬質なフリルと、そこから生えた強靭で長い2本の角。鼻先に更にもう1本の短めの角を持ち、背中には硬い板が並ぶ。小山のような背中の頂点部には大きなトサカを持つもう一つの頭。そして、四肢の間の腹には鎧が。尾の先には鋭い棘がいくつも生え、最先端部は棍棒のように硬く盛り上がっている。

“あのお方”の協力をもって完成されたというその化け物は、仁の知っているようで知らない魔王妃の眷属で創造された合成獣キメラだった。

「偽の魔王、ジン。お前が私に逆らえば、お前の大切な女は一人ずつ順番に化け物の餌になりますよ」

 だから大人しく私に殺されなさい。ユミラはそう続け、勝ち誇ったように高笑いしたのだった。
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