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第二十章

20-54.光線

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 魔力の波動を感知した仁が飛び起きる。光が到達するまでの僅かな時間で、仁はベッドの脇に座っている玲奈を抱き寄せ、魔力障壁マジックバリアで周囲を覆った。

 直後、壁を貫通した一筋の白い光が障壁をビリビリと揺らし、周囲に光る粒子を撒き散らしながら消えていく。

 時間にして5秒ほど。俗に言うビームのような攻撃的な光の照射が止んだ。

「仁くん、今のは――」

 仁が玲奈の肩越しに光の元の方角を見遣ると、仮眠室の壁に直径3㎝前後の穴が開いていた。

「まさか……」

 仁の声が震える。仁の視線の向こう、仮眠室の壁と集会所の外壁を超えた先には、旧王都ラインヴェルトが存在しているのだ。仁が魔力障壁マジックバリアを解除する。

「玲奈ちゃん、ごめん!」

 目を丸くしている玲奈の手を引き、仁は湖畔の集会所を飛び出した。

「ジン殿、レナ様。ご無事でしたか!」
「ロゼ、光はどこから!?」

 仁たちに駆け寄ったロゼッタが、困惑気味に街の外壁を指差す。仁は嫌な予感が当たってしまったかもしれないと冷や汗をかく。

「オニキス!」
『はい、あるじ!』

 開かれた門の向こうにオニキスの姿を認めた仁が叫ぶと、間髪入れず念話が返ってきた。続いて仁が街の中に敵の気配があるか尋ねると、オニキスは即座に否定する。そこにロゼッタが未だ戦線は開かれていないという情報を付け加えれば、仁は予想を確信へと変えた。

 あのビームのような白い光の攻撃は、遥か彼方より放たれ、二枚の外壁を穿ち、街を貫いて仁を襲った。にわかには信じがたいことだが、この攻撃に心当たりのある仁はそれが正解だと感じていた。

 ただし、仁が以前味わったものとは比べ物にならないくらい規模が大きいため、同一のものとは断定できない。しかし、仁には今の攻撃が戦闘用魔導人形バトルゴーレムの魔法によるビーム攻撃に類するものとしか思えなかった。

「まさか帝国が魔導人形ゴーレムを……!?」

 ドワーフ族が禁忌とし、ダンジョンの裏ボスとして君臨していた戦闘用魔導人形バトルゴーレム消滅エクスティンクションの魔法でしか倒せなかった難敵が、もしかするとそれ以上の何かが敵軍の中に存在しているかもしれない。そう思い至った仁の背筋を悪寒が駆け上る。

 遥か遠方より放たれたであろうビーム攻撃がピンポイントで仁を捉える確率を考えれば、意図的に仁を狙ったとしか思えなかった。仁は先ほどの攻撃で人的被害が出ていないことを祈りつつ、手早く装備を整えてオニキスに飛び乗った。

「玲奈ちゃん、ロゼ。たぶんさっきの攻撃は俺を狙っているから、俺は街の向こう側に行くよ」

 湖とは逆側の外壁の上、もしくは壁の外まで行けば、ビームに狙われるのが仁である限り、魔力障壁で防ぐことができる。より強力な攻撃をされた場合はその限りではないかもしれないが、少なくとも街や皆への被害を軽減できる可能性は高かった。

「オニキス、急いで――」
あるじ! 湖の向こうから、何か来ます!』

 オニキスは、その知らない3つの気配が今まで遭遇した魔王妃の眷属に近いと念話で周囲の皆に伝えた。

 騒ぎを聞きつけて近寄ってきていたハギールにも届いたのか、魚人族の戦士は反転し、仲間たちに警戒を促す。肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントの子供のルビーが湖の向こうに丸い鼻先を向け、低く鳴いた。

「ジン殿、レナ様。ここは我々に任せて行ってください」

 仁は次のビーム攻撃に備えなければならないが、眷属が現れたかもしれないこの場を放置もしたくない。そんな仁の僅かな逡巡を、ロゼッタの凛々しい声が切り裂いた。

「わかった。玲奈ちゃんはアシュレイに報告して指示を仰いでほしい」

 迷っている暇はないと、仁は玲奈の元に駆け寄ってくるパールを見て決断を下す。未だビームの第二射が来ないのは幸いだが、先制攻撃と湖側からの襲撃予想があった以上、他でも何かしらが起こっているかもしれない。そのため、仁は自身に次ぐ戦力である玲奈の配置と役割を、全体を把握しているアシュレイに委ねることにしたのだ。

 玲奈は仁好みの顔に心配と不服を半々に載せていたが、仁の決断を尊重して頷いた。それを確認した直後、仁はロゼッタたちに「後は任せた」と言い残し、オニキスを走らせる。

 ロゼッタは強くなった。そしてハギールたち魚人族や、ルビーもいる。近くの森には子供を避難させた一角馬ユニコーンの群れがいて、協力体制をとっている。それに、他の状況次第では更なる増援も期待できる。だから大丈夫だと、仁は信じた。

「オニキス、頼む」

 門を潜り、オニキスが速度を上げる。後ろから、門を閉じるように門衛に指示するロゼッタの声が聞こえた。

 オニキスのひづめが硬く踏みならされた土の道を力強く踏みしめ、街中で出し得る最高速でひた走る。

 道すがら、仁はオニキスの馬上から街の様子を窺うが、突然のビーム攻撃にざわついているものの、特に人的な被害が出たようには見えず、安堵の息を吐いた。

 あっという間に街を横断した仁は城壁の上に通じる階段に進路をとる。

「イラックさん!」
「ジン殿!」

 城壁を駆け上ると、そこにはエルフ族の戦士たちが居並んでいた。帝国軍が真っすぐやって来た場合に正面になるこの場は、魔法と弓矢に長けるエルフの一団の担当となっている。

 オニキスから飛び降りた仁は城壁から彼方を見遣るが、荒野の先に未だ帝国軍の姿はなかった。

 イラックによれば、帝国軍は目視できる範囲の外で陣を張り、後続との合流を計っているようだった。そんな中、唐突に光が瞬いて、それが攻撃だと気付けないうちに城壁を貫いたことは正に青天の霹靂だった。

 仁は眉間に皺を寄せ、唇を強く噛んだ。仁の予想を上回る遠方からの攻撃だった。それがドワーフの修復した魔法で強化された壁を容易く穿つというのだから、とんでもない話だ。

 未だ第二射が来ないことから、ぽんぽんと連発できるような代物ではない可能性は生まれたが、いつどこから撃たれるかわからない以上、仁は気の休まる思いはしなかった。

 とはいえ、狙いがわかっていれば防げないものではない。仁は彼方を見据え、いつでも魔力障壁マジックバリアが張れるように周囲の魔力に注意を払い続ける。仁の手の届かない場所を狙われてしまうと守り切れないが、仁はなぜかこれからも自分が狙われるような気がしていた。

 どこか無機質さを感じさせた戦闘用魔導人形バトルゴーレムのものと異なり、先ほどのビームには憎悪のようなものを感じたのだ。

 そして、帝国軍の中には仁を殺したいほど憎んでいるユミラがいる。もしユミラが仁の場所を特定するすべを持っていて、そしてビーム攻撃の指示を出しているのであれば、仁を狙わない理由がなかった。

 それに、仮に魔王妃との連絡が途絶えたと気付かれたのであれば、憎しみのままに魔王妃の仇討を名目に眷属を焚きつけるくらいのことはやってのけそうだった。

「今度こそ、守ってみせる」

 仁は守るべきものたちをその背に背負い、静かに闘志を燃やす。

「ジン殿!」
「あれは……!」

 イラックや仁の視界に、突然、山のような巨体が現れた。まだかなり距離はあるが、元の世界の竜脚類に似た魔物の姿を、仁が見紛みまごうことはない。

雷蜥蜴サンダーリザード……!」
狼煙のろしと鐘を!」

 イラックの指示を受けたエルフ族が慌ただしく、それでいて冷静に動き始めた。仁は城壁から身を乗り出し、目を凝らす。遠目で判別はできないが、大型草食恐竜に似た魔物の足下で何かが動いているような気がした。

 旧王都ラインヴェルトに鳴り響く鐘の音に混じり、雷鳴を思わせる足音が徐々に近づいてきた。帝国軍の姿は未だ見えないまま、魔王妃の眷属との戦いが始まろうとしていた。
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