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第二十章
20-53.仕返し
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「レナお姉ちゃん! ジンお兄ちゃん!」
仁と玲奈がアシュレイへの報告を終えて作戦司令部となっている冒険者ギルドを出ると、オニキスと合流した二人の元へ、小さな仲間が治療所の方角から駆け寄ってきた。タタタッと走るミルの後ろにはいつものようにイムが飛んでいる。
「レナお姉ちゃん……!」
ミルが玲奈の腹部に額を押し付け、ギュッと抱き付いた。
「ミルちゃん、心配かけてごめんね」
玲奈が小麦色の頭を優しく撫でると、ミルは顔を思い切り上に向けてニコリと満面の笑みを浮かべた。
「とっても心配だったけど、ちっとも心配じゃなかったの!」
玲奈は一瞬目を丸くするが、ミルが仁にも笑みを向けたことですぐにその矛盾した言葉の意味を正しく理解し、微笑みを返す。そんな玲奈の横で、仁はミルの信頼に応えられたことを誇りに思った。
「グルッ」
「イムちゃんも、心配してくれてありがとう」
「グルゥ」
イムは満足げに一鳴きし、仁の頭頂に着地する。直後、小さく鳴いて飛び立つ様は、まるで仁に「よくやった」とでも言っているようだった。
そうして一頻り再会を喜び合った三人と一体は、残るパーティーメンバーの元へ向かうことにした。もしかするとロゼッタもこちらに向かっているかもしれないが、無駄に遠回りでもしなければ入れ違いになることもないはずだ。
「じゃあ、行こうか」
『待ってください~』
皆を促す仁に、オニキスが待ったをかける。オニキスは仁たちの前に横向きに立ち塞がり、四つ足を折った。
『主。ボクを置いていかないでください!』
「いや、置いていく気はないけど」
当然オニキスもついてくると思っていた仁は首を傾げる。足を折ったところを見るに、再び仁たちを乗せるつもりだろうとは推測できるが、今回はミルがいるのだから、先ほどまでと同じ乗り方はできないはずだ。
3人乗りが可能だとオニキスが言うのであれば、仁としては今度こそ玲奈に跨ってもらうことも吝かではなかったが、オニキスは再びドヤ顔を見せた。
『ボクに任せてください!』
オニキスが自信満々に指示を出す。それに従った結果、仁の股の間にイムを抱き抱えたミルがすっぽりと収まり、玲奈が横向きで仁の後ろに座ることとなった。
『レナさん。落ちちゃわないように、主にしっかり掴まってください~』
「う、うん」
玲奈が仁の腰に腕を回す。仁がビクッと背を震わすのと同時に玲奈が体を預け、玲奈の頬がピタッと仁の背に貼りついた。
『それじゃあ、行きますね!』
オニキスが立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。仁は胸の鼓動が玲奈に聞こえてしまわないよう火竜鱗の軽鎧に望みを託した。道すがら、仁たち一行は皆の微笑ましいものを見るような目に晒されたのだった。
「レナ様、ジン殿。ご無事で何よりです」
「コォオオ」
湖の畔で、仁たちはロゼッタとルビー、そしてパールと魚人族の歓迎を受けていた。魚人族はローテーションを組んで湖の警備についていて、今はちょうどハギールが滞在していた。
仁はハギールたちに改めて感謝を伝える。魚人族は仁や一角馬たちへの恩を返すのだと張り切っていたが、仁は帝国軍がわざわざ湖側から攻めてくるとは思っておらず、そのことを知らせてもやる気のまったく削げない皆に内心で苦笑いを浮かべつつも、彼らの気持ちを嬉しく思った。
「コォオオオ……!」
魚人族と一緒になってやる気を漲らせるルビーに、仁は自衛をしてくれれば十分だと伝える。そもそも湖に現れるとすれば眷属の方だと仁は思っているが、その可能性も低いと踏んでいた。
仁がチラリとイムの様子を窺う。馬を降りてもミルの腕の中に納まっているイムは、ルビーに目を向けながらも特にそれ以上の反応を見せていなかった。仁はこのくらいは許容されるのだとホッと息を吐く。
「それにしても、ジン殿。いつにも増してレナ様と仲良くなさっているようですね。もしや、この戦いが終わったらついにご結婚ですか?」
「ロゼ。それ、俺たちの世界だと死亡フラグだから!」
小首を傾げるロゼッタに、仁は早口で説明した。照れ隠しなのはロゼッタにもバレバレだったが、仁は最後に結婚も婚約も否定することも忘れない。その間、玲奈は真っ赤な顔で目を伏せていた。
その後、仁は砦化の進んでいる湖畔の集会場に場所を移し、戦乙女の翼の皆で久々に朝食を共にした。帝国軍が迫っているという情勢を一時忘れ、仁たちは穏やかなひと時を過ごした。
仁も玲奈もミルもロゼッタも心からの笑みを浮かべて、他愛のない、それでいて幸せな会話を続けた。イムも言葉こそ話せないが、相槌を打ち、時には仁の頭を蹴り、いつもより大きなリアクションを見せていた。
「レナ様。ジン殿をよろしくお願いします」
「レナお姉ちゃん。ジンお兄ちゃんをよろしくなの」
「いや、俺はこれから仮眠をとるだけなんだけど……」
仁が二人と一体にツッコミを入れるが、誰も聞く耳を持っていないようだった。
「私も見回りとか、するよ?」
玲奈は自分も皆のために働くと主張するが、ロゼッタは首を横に振った。これはアシュレイにも言われたことだが、玲奈は対眷属の切り札として、眷属が退かなかった場合に備えて英気を養ってほしいとのことだった。
「それは俺もロゼに賛成だけど、別に俺は逃げるわけじゃないし、玲奈ちゃんに見張られる必要はないよね?」
仁はこのまま集会所の仮眠室を借りるつもりだったが、なぜかロゼッタとミルが玲奈に仁を見守るよう頼みだしたのだ。
百歩譲って同じ仮眠室の別のベッドで休むなら話はわかるが、病気でもなんでもない仁の傍に張り付いている必要など皆無だった。
「ジン殿。世の中は因果応報。一晩中レナ様の寝顔を堪能したジン殿が、今度はレナ様に見られるというのが世の必然ではありませんか?」
「必然なの!」
二人が何を言わんとしているのか理解すると共に、何を言っても無駄だと悟った仁は、玲奈に矛先を変える。
「でも、玲奈ちゃんだって寝たいよね?」
「えっと。私はさっきまで寝てたから、眠くはないけど……」
「はい。では、そういうことでよろしくお願いします」
「お願いなの!」
ロゼッタとミルがイムを連れて集会所を後にし、それぞれの持ち場へと戻っていく。仁がその後姿を呆然と見送り、こっそりと玲奈の様子を窺うと、ばっちりと目が合った。
「ま、まあ、二人が見張っているわけじゃないし、玲奈ちゃんは玲奈ちゃんでしっかり休んでおいてね」
「うん。とりあえず、仁くんは早く寝ないと」
「そ、そうだね」
魔王妃亡き今、眷属が帝国軍に従うかは未知数だが、仁に恨みを持っているユミラが指揮権を持っているのであれば、帝国軍は必ず攻めてくる。そのためにも要らぬ問答をしている場合ではないと、仁は玲奈に一言断って仮眠室へと向かった。
仁の横になったベッドの脇に、玲奈が椅子を持ち込む。玲奈は仁の戸惑いの視線に構わず、さも当然と言わんばかりの様子で椅子に腰掛けた。
「えーっと……。玲奈ちゃん、何をしているの?」
「仁くんの寝顔を見ています。あ、まだ寝顔じゃないね」
ニコニコしている玲奈に、仁はかける言葉が見つからず、現実逃避するかの如く、瞼をきつく閉じた。
「仁くん、お休み」
「お休みなさい……」
仁は、ちょっとだけと言われたにもかかわらず一晩中玲奈の寝顔を眺めていたことを後悔しそうになるが、とてもではないが後悔できそうになかった。昨夜の記憶が鮮明に蘇り、ついつい玲奈に見られていることも忘れて、仁の頬がだらしなく緩む。
玲奈に寝顔を見られるという恥ずかしさで眠れないのではないかと仁は危惧していたが、それは杞憂に終わった。仁の思っているより疲れていたのか、意識がすぐに遠のいていく。
「仁くん。君は今、幸せですか?」
微睡の中で玲奈の声が聞こえた気がしたが、その言葉の意味を理解することなく、仁は夢の世界へと旅立った。
それから数時間後、街に光が瞬いた。
仁と玲奈がアシュレイへの報告を終えて作戦司令部となっている冒険者ギルドを出ると、オニキスと合流した二人の元へ、小さな仲間が治療所の方角から駆け寄ってきた。タタタッと走るミルの後ろにはいつものようにイムが飛んでいる。
「レナお姉ちゃん……!」
ミルが玲奈の腹部に額を押し付け、ギュッと抱き付いた。
「ミルちゃん、心配かけてごめんね」
玲奈が小麦色の頭を優しく撫でると、ミルは顔を思い切り上に向けてニコリと満面の笑みを浮かべた。
「とっても心配だったけど、ちっとも心配じゃなかったの!」
玲奈は一瞬目を丸くするが、ミルが仁にも笑みを向けたことですぐにその矛盾した言葉の意味を正しく理解し、微笑みを返す。そんな玲奈の横で、仁はミルの信頼に応えられたことを誇りに思った。
「グルッ」
「イムちゃんも、心配してくれてありがとう」
「グルゥ」
イムは満足げに一鳴きし、仁の頭頂に着地する。直後、小さく鳴いて飛び立つ様は、まるで仁に「よくやった」とでも言っているようだった。
そうして一頻り再会を喜び合った三人と一体は、残るパーティーメンバーの元へ向かうことにした。もしかするとロゼッタもこちらに向かっているかもしれないが、無駄に遠回りでもしなければ入れ違いになることもないはずだ。
「じゃあ、行こうか」
『待ってください~』
皆を促す仁に、オニキスが待ったをかける。オニキスは仁たちの前に横向きに立ち塞がり、四つ足を折った。
『主。ボクを置いていかないでください!』
「いや、置いていく気はないけど」
当然オニキスもついてくると思っていた仁は首を傾げる。足を折ったところを見るに、再び仁たちを乗せるつもりだろうとは推測できるが、今回はミルがいるのだから、先ほどまでと同じ乗り方はできないはずだ。
3人乗りが可能だとオニキスが言うのであれば、仁としては今度こそ玲奈に跨ってもらうことも吝かではなかったが、オニキスは再びドヤ顔を見せた。
『ボクに任せてください!』
オニキスが自信満々に指示を出す。それに従った結果、仁の股の間にイムを抱き抱えたミルがすっぽりと収まり、玲奈が横向きで仁の後ろに座ることとなった。
『レナさん。落ちちゃわないように、主にしっかり掴まってください~』
「う、うん」
玲奈が仁の腰に腕を回す。仁がビクッと背を震わすのと同時に玲奈が体を預け、玲奈の頬がピタッと仁の背に貼りついた。
『それじゃあ、行きますね!』
オニキスが立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。仁は胸の鼓動が玲奈に聞こえてしまわないよう火竜鱗の軽鎧に望みを託した。道すがら、仁たち一行は皆の微笑ましいものを見るような目に晒されたのだった。
「レナ様、ジン殿。ご無事で何よりです」
「コォオオ」
湖の畔で、仁たちはロゼッタとルビー、そしてパールと魚人族の歓迎を受けていた。魚人族はローテーションを組んで湖の警備についていて、今はちょうどハギールが滞在していた。
仁はハギールたちに改めて感謝を伝える。魚人族は仁や一角馬たちへの恩を返すのだと張り切っていたが、仁は帝国軍がわざわざ湖側から攻めてくるとは思っておらず、そのことを知らせてもやる気のまったく削げない皆に内心で苦笑いを浮かべつつも、彼らの気持ちを嬉しく思った。
「コォオオオ……!」
魚人族と一緒になってやる気を漲らせるルビーに、仁は自衛をしてくれれば十分だと伝える。そもそも湖に現れるとすれば眷属の方だと仁は思っているが、その可能性も低いと踏んでいた。
仁がチラリとイムの様子を窺う。馬を降りてもミルの腕の中に納まっているイムは、ルビーに目を向けながらも特にそれ以上の反応を見せていなかった。仁はこのくらいは許容されるのだとホッと息を吐く。
「それにしても、ジン殿。いつにも増してレナ様と仲良くなさっているようですね。もしや、この戦いが終わったらついにご結婚ですか?」
「ロゼ。それ、俺たちの世界だと死亡フラグだから!」
小首を傾げるロゼッタに、仁は早口で説明した。照れ隠しなのはロゼッタにもバレバレだったが、仁は最後に結婚も婚約も否定することも忘れない。その間、玲奈は真っ赤な顔で目を伏せていた。
その後、仁は砦化の進んでいる湖畔の集会場に場所を移し、戦乙女の翼の皆で久々に朝食を共にした。帝国軍が迫っているという情勢を一時忘れ、仁たちは穏やかなひと時を過ごした。
仁も玲奈もミルもロゼッタも心からの笑みを浮かべて、他愛のない、それでいて幸せな会話を続けた。イムも言葉こそ話せないが、相槌を打ち、時には仁の頭を蹴り、いつもより大きなリアクションを見せていた。
「レナ様。ジン殿をよろしくお願いします」
「レナお姉ちゃん。ジンお兄ちゃんをよろしくなの」
「いや、俺はこれから仮眠をとるだけなんだけど……」
仁が二人と一体にツッコミを入れるが、誰も聞く耳を持っていないようだった。
「私も見回りとか、するよ?」
玲奈は自分も皆のために働くと主張するが、ロゼッタは首を横に振った。これはアシュレイにも言われたことだが、玲奈は対眷属の切り札として、眷属が退かなかった場合に備えて英気を養ってほしいとのことだった。
「それは俺もロゼに賛成だけど、別に俺は逃げるわけじゃないし、玲奈ちゃんに見張られる必要はないよね?」
仁はこのまま集会所の仮眠室を借りるつもりだったが、なぜかロゼッタとミルが玲奈に仁を見守るよう頼みだしたのだ。
百歩譲って同じ仮眠室の別のベッドで休むなら話はわかるが、病気でもなんでもない仁の傍に張り付いている必要など皆無だった。
「ジン殿。世の中は因果応報。一晩中レナ様の寝顔を堪能したジン殿が、今度はレナ様に見られるというのが世の必然ではありませんか?」
「必然なの!」
二人が何を言わんとしているのか理解すると共に、何を言っても無駄だと悟った仁は、玲奈に矛先を変える。
「でも、玲奈ちゃんだって寝たいよね?」
「えっと。私はさっきまで寝てたから、眠くはないけど……」
「はい。では、そういうことでよろしくお願いします」
「お願いなの!」
ロゼッタとミルがイムを連れて集会所を後にし、それぞれの持ち場へと戻っていく。仁がその後姿を呆然と見送り、こっそりと玲奈の様子を窺うと、ばっちりと目が合った。
「ま、まあ、二人が見張っているわけじゃないし、玲奈ちゃんは玲奈ちゃんでしっかり休んでおいてね」
「うん。とりあえず、仁くんは早く寝ないと」
「そ、そうだね」
魔王妃亡き今、眷属が帝国軍に従うかは未知数だが、仁に恨みを持っているユミラが指揮権を持っているのであれば、帝国軍は必ず攻めてくる。そのためにも要らぬ問答をしている場合ではないと、仁は玲奈に一言断って仮眠室へと向かった。
仁の横になったベッドの脇に、玲奈が椅子を持ち込む。玲奈は仁の戸惑いの視線に構わず、さも当然と言わんばかりの様子で椅子に腰掛けた。
「えーっと……。玲奈ちゃん、何をしているの?」
「仁くんの寝顔を見ています。あ、まだ寝顔じゃないね」
ニコニコしている玲奈に、仁はかける言葉が見つからず、現実逃避するかの如く、瞼をきつく閉じた。
「仁くん、お休み」
「お休みなさい……」
仁は、ちょっとだけと言われたにもかかわらず一晩中玲奈の寝顔を眺めていたことを後悔しそうになるが、とてもではないが後悔できそうになかった。昨夜の記憶が鮮明に蘇り、ついつい玲奈に見られていることも忘れて、仁の頬がだらしなく緩む。
玲奈に寝顔を見られるという恥ずかしさで眠れないのではないかと仁は危惧していたが、それは杞憂に終わった。仁の思っているより疲れていたのか、意識がすぐに遠のいていく。
「仁くん。君は今、幸せですか?」
微睡の中で玲奈の声が聞こえた気がしたが、その言葉の意味を理解することなく、仁は夢の世界へと旅立った。
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