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第二十章
20-48.接触
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仁がアナスタシアの体内に魔力を注ぎ込もうとしていたとき、玲奈は絶望の中にいた。
玲奈は魔王妃に体を奪われてから現状を打開すべく思考を続け、魂というものが魔力に近しいものなのではないかという思い付きにも似た推測に基づき、魔力操作を応用して何とか魔王妃の魂に干渉できないかと試行錯誤してきた。
その原動力の一端を担っていたのは、今は自分の意志では何一つ動かすことのできない自身の体から、目や耳から強制的に伝わってくる仁の辛そうな姿だった。
仁にそんな思いをしてほしくないと魂が震えるほど願った玲奈は、きっと仁や皆が助けてくれると信じながらも、ただ待つことを良しとしなかった。
そうして少しずつ自身の魂というものと向き合うにつれ、一皮隔てたところで身動ぎできないというような感覚を離れ、魂の輪郭のようなものを感じるに至った。肉体から乖離した玲奈の魂は、魔力の海の中を、ふわふわと揺蕩っているようだった。
そして、これまでに数度、魔王妃の、アナスタシアの魂と接触することに成功した。もっとも、それはほとんど偶然のような出会いで、何度も狙ってできるようなものではなかった。しかし、僅かながら魂同士の邂逅を果たしたことで、玲奈は何となくアナスタシアの想いに触れたような気がしていた。
アナスタシアの魂の大半を占める、仁への、いや、ジークハイドへの執着は玲奈に少なからず衝撃を与えた。
仁をジークハイドと同一の魂を持つ者と認めながらも、魔王妃は、あくまで“アナスタシア”を知るジークハイドに強い拘りを持っている。そのことを知った玲奈は、仁が仁でなくなってしまことを心の底から恐れた。
そんな中、仁が玲奈の知らない声の調子でジークハイドの自我を取り戻したと話したのだから、玲奈が思わず思考を止めてしまうのも無理からぬことだった。
あまりの衝撃は玲奈の魂を越えて魔力の海を大きく波打たせ、意図せずアナスタシアの魂と再度の接触を持ったが、玲奈はそのことに気付くことなく絶望の波に身を任せた。
自分が体を取り戻せたとしても、仁が仁でなければ意味がない。そんな思いが玲奈の心の中を支配していた。
そんなとき、再び体内の魔力が大きく波打った。今度は玲奈の魂の震えが起こしたものではない。外部からの刺激。仁が、ジークハイドが起こしたものだった。
玲奈は以前よりは一歩引いた位置にいながらも、やはり強制的に送られてくる五感からの情報で、それが仁と繋がる恥ずかしくも気持ちの良い行為によるものだと知った。
玲奈は、嫌だと思った。
仁と魔力操作の訓練をしたことがあるのは玲奈だけではない。ミル、ロゼッタ、リリーのみならず、数多くの女性たちが仁と魔力で繋がってきた。そのことに嫉妬しなかったと言えば嘘になってしまうだろうと、今ならわかる。
それでも、必要なことだからと、恋人でも何でもない自分が言うのは烏滸がましいと思いながらも、玲奈は仁と彼女らの行為を認めてきた。許してきた。
しかし、昨夜、仁が魔王妃に“気持ちいいこと”をすると約束したとき、玲奈は嫉妬を超えた拒否感を強く抱いた。自分の体で仁と魔王妃が一つになるところを最前列で見せつけられるなど、拷問だと思った。
それが、今、現実のものとなったのだ。玲奈は仁の手を振りほどこうと必死に体に命じるが、仁の手の感触と擽ったい感覚で身を捩るのを強制的に味わわされただけだった。
悔しさが玲奈の魂を震わせた。
その瞬間、玲奈は魔力の海を通じ、仁を感じた。うっすらとした輪郭が消えようとしていた玲奈の魂が、魔力との境界線をしっかりと描き出す。
仁の人格は消えていない。玲奈はそう信じられた。波打つ魔力の中で、玲奈は再び思考を開始する。
もし本当に仁の意識がジークハイドに乗っ取られていないのであれば、今行われている目を逸らしたくなる行為にも意味があるかもしれない。そう考えた玲奈は魂の体で手を必死に伸ばす。
玲奈の心の中に、元の世界のアニメなどで心と心の触れ合いを演出するかのような、裸で抱き合うシーンが浮かんでいた。
(仁くん……!)
今も仁の魔力は感じるが、広い魔力の海に比べ、玲奈の魂の手はあまりにも短すぎた。それでも、玲奈は心の中で仁の名を呼びながら、腕が千切れんばかりに魂の手を伸ばし続ける。
「あなたがレナちゃん?」
ふと、玲奈の魂に声が届いた。どこか懐かしいような、知らない声だった。戸惑う玲奈の魂の手を、何かが、誰かが掴んだ。玲奈の魂を、さざ波が伝っていく。
(だ、誰……!?)
玲奈の心の声が困惑に揺れる。触れる手の温かさから敵意は感じられず、魔王妃ではないだろうと思いながらも未知の存在に対して玲奈は身構えるが、そっと抱き寄せられると、自然と反発心は生まれてこず、体が蕩けていくような心地よい感覚を覚えた。
「そっか。そうだったんだね……」
柔らかな感触に包まれ、玲奈の意識が不意に遠のいた瞬間、ぼんやりとした輪郭の仄かに光る裸の少女が、玲奈の魂の肩を掴んで引きはがした。顔はぼやけていてはっきりと認識できないが、玲奈は少女が嬉しそうに、それでいて僅かに切なさそうに微笑んでいるように思えた。
「レナちゃん。後のことは私に任せて」
(え、あの――)
「大丈夫。アナスタシアは私が何とかするから」
夢の世界から急に現実の世界に引き戻されたかのような混乱の最中、光の少女は玲奈の心の声を遮り、今度は幸せそうな笑みを浮かべていた。
「だから、レナちゃんはジンくんを、大切な人を想っていて」
目の前で微笑む少女が誰か分からずとも、少女のその言葉は玲奈の魂に、すっと染み渡った。
(そ、そうだ。仁くんは――)
「心配いらないよ。ジンくんと一緒に幸せになってね」
(あの、あなたは……!)
少女が玲奈の伸ばす手から、するりと逃れ、魔力の海を昇っていく。玲奈の視線が少女を追うが、海はうねりを増し、少女の姿は波の中に消えた。
結局、少女の素性も、ここにいた理由も、そして仁との関係も玲奈にはわからなかったが、不思議と少女を疑う気持ちは湧いてこなかった。ただ仁を想えばいいという少女の言葉だけが、玲奈の心に強く残った。
(仁くん……仁くん……!)
仁の人格は消えていない。それが分かった今、玲奈には絶望している暇も、その必要もなかった。玲奈は少女に言われたように、ひたすら仁を想う。
(仁くん……!)
その想いに呼応するかのように、玲奈の魂の体が必死に手を伸ばす。すぐそこまで、仁の気配が近付いていた。
玲奈は魔王妃に体を奪われてから現状を打開すべく思考を続け、魂というものが魔力に近しいものなのではないかという思い付きにも似た推測に基づき、魔力操作を応用して何とか魔王妃の魂に干渉できないかと試行錯誤してきた。
その原動力の一端を担っていたのは、今は自分の意志では何一つ動かすことのできない自身の体から、目や耳から強制的に伝わってくる仁の辛そうな姿だった。
仁にそんな思いをしてほしくないと魂が震えるほど願った玲奈は、きっと仁や皆が助けてくれると信じながらも、ただ待つことを良しとしなかった。
そうして少しずつ自身の魂というものと向き合うにつれ、一皮隔てたところで身動ぎできないというような感覚を離れ、魂の輪郭のようなものを感じるに至った。肉体から乖離した玲奈の魂は、魔力の海の中を、ふわふわと揺蕩っているようだった。
そして、これまでに数度、魔王妃の、アナスタシアの魂と接触することに成功した。もっとも、それはほとんど偶然のような出会いで、何度も狙ってできるようなものではなかった。しかし、僅かながら魂同士の邂逅を果たしたことで、玲奈は何となくアナスタシアの想いに触れたような気がしていた。
アナスタシアの魂の大半を占める、仁への、いや、ジークハイドへの執着は玲奈に少なからず衝撃を与えた。
仁をジークハイドと同一の魂を持つ者と認めながらも、魔王妃は、あくまで“アナスタシア”を知るジークハイドに強い拘りを持っている。そのことを知った玲奈は、仁が仁でなくなってしまことを心の底から恐れた。
そんな中、仁が玲奈の知らない声の調子でジークハイドの自我を取り戻したと話したのだから、玲奈が思わず思考を止めてしまうのも無理からぬことだった。
あまりの衝撃は玲奈の魂を越えて魔力の海を大きく波打たせ、意図せずアナスタシアの魂と再度の接触を持ったが、玲奈はそのことに気付くことなく絶望の波に身を任せた。
自分が体を取り戻せたとしても、仁が仁でなければ意味がない。そんな思いが玲奈の心の中を支配していた。
そんなとき、再び体内の魔力が大きく波打った。今度は玲奈の魂の震えが起こしたものではない。外部からの刺激。仁が、ジークハイドが起こしたものだった。
玲奈は以前よりは一歩引いた位置にいながらも、やはり強制的に送られてくる五感からの情報で、それが仁と繋がる恥ずかしくも気持ちの良い行為によるものだと知った。
玲奈は、嫌だと思った。
仁と魔力操作の訓練をしたことがあるのは玲奈だけではない。ミル、ロゼッタ、リリーのみならず、数多くの女性たちが仁と魔力で繋がってきた。そのことに嫉妬しなかったと言えば嘘になってしまうだろうと、今ならわかる。
それでも、必要なことだからと、恋人でも何でもない自分が言うのは烏滸がましいと思いながらも、玲奈は仁と彼女らの行為を認めてきた。許してきた。
しかし、昨夜、仁が魔王妃に“気持ちいいこと”をすると約束したとき、玲奈は嫉妬を超えた拒否感を強く抱いた。自分の体で仁と魔王妃が一つになるところを最前列で見せつけられるなど、拷問だと思った。
それが、今、現実のものとなったのだ。玲奈は仁の手を振りほどこうと必死に体に命じるが、仁の手の感触と擽ったい感覚で身を捩るのを強制的に味わわされただけだった。
悔しさが玲奈の魂を震わせた。
その瞬間、玲奈は魔力の海を通じ、仁を感じた。うっすらとした輪郭が消えようとしていた玲奈の魂が、魔力との境界線をしっかりと描き出す。
仁の人格は消えていない。玲奈はそう信じられた。波打つ魔力の中で、玲奈は再び思考を開始する。
もし本当に仁の意識がジークハイドに乗っ取られていないのであれば、今行われている目を逸らしたくなる行為にも意味があるかもしれない。そう考えた玲奈は魂の体で手を必死に伸ばす。
玲奈の心の中に、元の世界のアニメなどで心と心の触れ合いを演出するかのような、裸で抱き合うシーンが浮かんでいた。
(仁くん……!)
今も仁の魔力は感じるが、広い魔力の海に比べ、玲奈の魂の手はあまりにも短すぎた。それでも、玲奈は心の中で仁の名を呼びながら、腕が千切れんばかりに魂の手を伸ばし続ける。
「あなたがレナちゃん?」
ふと、玲奈の魂に声が届いた。どこか懐かしいような、知らない声だった。戸惑う玲奈の魂の手を、何かが、誰かが掴んだ。玲奈の魂を、さざ波が伝っていく。
(だ、誰……!?)
玲奈の心の声が困惑に揺れる。触れる手の温かさから敵意は感じられず、魔王妃ではないだろうと思いながらも未知の存在に対して玲奈は身構えるが、そっと抱き寄せられると、自然と反発心は生まれてこず、体が蕩けていくような心地よい感覚を覚えた。
「そっか。そうだったんだね……」
柔らかな感触に包まれ、玲奈の意識が不意に遠のいた瞬間、ぼんやりとした輪郭の仄かに光る裸の少女が、玲奈の魂の肩を掴んで引きはがした。顔はぼやけていてはっきりと認識できないが、玲奈は少女が嬉しそうに、それでいて僅かに切なさそうに微笑んでいるように思えた。
「レナちゃん。後のことは私に任せて」
(え、あの――)
「大丈夫。アナスタシアは私が何とかするから」
夢の世界から急に現実の世界に引き戻されたかのような混乱の最中、光の少女は玲奈の心の声を遮り、今度は幸せそうな笑みを浮かべていた。
「だから、レナちゃんはジンくんを、大切な人を想っていて」
目の前で微笑む少女が誰か分からずとも、少女のその言葉は玲奈の魂に、すっと染み渡った。
(そ、そうだ。仁くんは――)
「心配いらないよ。ジンくんと一緒に幸せになってね」
(あの、あなたは……!)
少女が玲奈の伸ばす手から、するりと逃れ、魔力の海を昇っていく。玲奈の視線が少女を追うが、海はうねりを増し、少女の姿は波の中に消えた。
結局、少女の素性も、ここにいた理由も、そして仁との関係も玲奈にはわからなかったが、不思議と少女を疑う気持ちは湧いてこなかった。ただ仁を想えばいいという少女の言葉だけが、玲奈の心に強く残った。
(仁くん……仁くん……!)
仁の人格は消えていない。それが分かった今、玲奈には絶望している暇も、その必要もなかった。玲奈は少女に言われたように、ひたすら仁を想う。
(仁くん……!)
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