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第二十章
20-36.異物
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「レナ様を拘束する方法ですか?」
魔力で魂を探る実験を失敗のまま一区切りつけた仁の問いに、ベッドの上で体を起こして息を整えたロゼッタがオウム返しにした。仁が頷きを返す。
仮に実験が成功したとして、どうやって玲奈を相手に試みるのかも問題だった。
上手いこと召喚魔法陣を回収し、仁が無事に隷属を解いたとしても、玲奈の体や、眷属召喚による危険に晒される街の人々すべてが人質のようなものなのだ。
街の人に関しては魔王妃に悟られないように避難させるか、街の一角に集まってもらって眷属から守り抜くかを検討しているが、魔王妃の憑りついた玲奈の体自身はどうしようもない。
「俺やロゼが玲奈ちゃんに特殊従者召喚で呼び出されるとき、玲奈ちゃんの正面に召喚されるよね。もし俺が玲奈ちゃんを羽交い絞めにしたとして、その状態で魔王妃が玲奈ちゃんの技能を使ったとしたら、どうなると思う?」
「それは……。おそらく普段通りレナ様の少し前に召喚されてしまうのではないでしょうか」
ロゼッタが眉根を寄せた。それでは仁にもロゼッタにも、玲奈を拘束できないということになる。
それに、他にも懸念はある。玲奈は他者の魔力を吸収する練習はしていたが、仁の知る限りでは完成には至っていなかったはずだ。それにもかかわらず、玲奈の体を奪った魔王妃はルーナリアらの魔力を枯渇寸前まで吸い取っていた。
もし魔王妃が玲奈以上に玲奈の体を使いこなせるのだとしたら、拘束するために玲奈に触れている部分から逆に魔力を奪われかねない。いや、そもそもそれ以前に、玲奈の体を傷付けることのできない仁が魔王妃の抵抗を受ける状況で、本当に拘束することなどできるのだろうか。
仁の心に不安が芽生える。それに呼応するかのように心の奥底の黒い感情が暴れ出しそうになり、下腹部が疼いた。仁は片手の手のひらを臍の下に当て、さするように動かす。
「……ジン殿。無理にレナ様を拘束せずとも良いのでは?」
「……え?」
仁は意識を下腹部からロゼッタに戻す。
「魔法操作の訓練は気持ちが良いものですよね」
「う……うん?」
仁が頭にクエスチョンマークを浮かべながら曖昧に頷くと、ロゼッタは真剣な顔で続けた。
「その気持ちの良い行為を、レナ様に、魔王妃に味わってほしいと願い出てはいかがでしょう。そうすれば、拘束などせずとも、大手を振ってレナ様の体に触れられるのでは?」
施す側ばかりで体感したことのない仁には正確なところはわからないが、ロゼッタやミル、リリーらの話を聞く限りでは、ある種の快感を覚えることは確かなようだ。
それがどういった類の快感かどうか確かめる術はないが、気の遠くなるくらい長い間、魂だけの状態で封印されていた魔王妃が興味を持ってもおかしくない、ような気がした。
「うーん……」
仁が低く唸ると、ロゼッタが更に畳みかける。
「レナ様も以前、気持ちが良かったと話されていましたし、その記憶を知ることのできる魔王妃ならば、自ら望んでレナ様の下腹部を差し出すのでは」
「な、なるほどね……」
ロゼッタの言い方はともかく、仁は目から鱗が落ちる思いだった。仁はどうやって拘束するかということにしか考えが向いていなかったが、上手くいけば魔王妃が望んで触れさせてくれるかもしれないのだ。
こちらの意図に気付かれないように話の持っていき方には気を付けなければならないが、玲奈の体を物理的に拘束して無理やり肌を露出させるよりは、余程、気が楽というものだ。
正直なところ、いくら玲奈を救うためとはいえ、玲奈の合意なしで衣類を剥いで素肌に触れるという行為は、仁にとっては決して嬉しいものではない。
「ありがとう、ロゼ」
仁が頭を下げると、ロゼッタは整った顔に優しい笑みを浮かべた。しかし、次の瞬間、ロゼッタは視線を前方斜め下に向け、心配そうな視線を送る。
「ジン殿。大丈夫ですか? 先ほどより腹部を摩っておられるようですが」
腹痛でもするのかと問うロゼッタに、仁は何でもないと答えようとするが、ハッとして口を噤んだ。そんな仁の脳裏には、家族なのだから頼ってほしいと告げる、いつかのロゼッタの姿が浮かんでいた。
仁は唇をきつく結んだ後、ゆっくりと口を開く。そこから飛び出したのは、先ほど口にしようとしていた言葉とは全く別のものだった。
玲奈の件のように差し迫った問題ではないが、魂喰らいの魔剣から魔王の魔力と共に流れ込んできた暗い感情と、時折感じる下腹部、おそらく丹田の辺りの違和感について、ロゼッタに話して聞かせた。
「ジン殿。件の魔剣は弱った所有者の魂を喰らうと言われているのですよね? だとするならば、その内には当然魔王以外の魂もあるのでは?」
それが一緒になって仁の体の中に入ってきてしまったのではないか。そう心配そうに告げるロゼッタに、仁は背筋を冷たくする。
魂喰らいの魔剣は魂以外にも魔力を吸うため、仁の違和感の原因が他者の魂であるとは断定できないが、身近にある魔王妃の存在が、仁に自身も体を乗っ取られてしまうのではないかという恐怖を呼び起こす。
楽観的に考えるのであれば、魔王の魔力が仁の身の内に流れ込んでくる際に巻き込まれた他者の魔力だろうということになるが、どちらにせよ、仁の体にとっては異物であるということに変わりはなかった。
「放置しておくのは危険か……」
仁は以前記憶を取り戻したときのように、後で自身の内側の魔力と向き合うことを決める。その際には隷属魔法を解いてしまわないように気を付けなければならないため、以前のようにはいかないかもしれないが、よくよく考えれば、その魂かもしれないものを探ることも練習になるのではないかと仁は気付いた。
それに、リリーやロゼッタたちを実験台にする方法以外に、自身の“魂”というものを探るのも手だとも。
この実験は魔力操作の訓練と同様に受け手に負担を強いるため、玲奈を救うために必要なことだからと手当たり次第に実行するわけにはいかなかった。あの日、話し合いの場にいなかったカティアや一部の奴隷騎士隊の少女たちも協力してくれているが、自分自身でも試せるのであれば、より玲奈の救出に近づけるというものだ。
そう思えば、この下腹部の違和感も光明に見えてくる。
「ロゼ。話してよかった。ありがとう」
「では、お礼にもう一回お願いします」
まさかの返しに驚く仁に、ロゼッタは「冗談です」と微笑んだのだった。
魔力で魂を探る実験を失敗のまま一区切りつけた仁の問いに、ベッドの上で体を起こして息を整えたロゼッタがオウム返しにした。仁が頷きを返す。
仮に実験が成功したとして、どうやって玲奈を相手に試みるのかも問題だった。
上手いこと召喚魔法陣を回収し、仁が無事に隷属を解いたとしても、玲奈の体や、眷属召喚による危険に晒される街の人々すべてが人質のようなものなのだ。
街の人に関しては魔王妃に悟られないように避難させるか、街の一角に集まってもらって眷属から守り抜くかを検討しているが、魔王妃の憑りついた玲奈の体自身はどうしようもない。
「俺やロゼが玲奈ちゃんに特殊従者召喚で呼び出されるとき、玲奈ちゃんの正面に召喚されるよね。もし俺が玲奈ちゃんを羽交い絞めにしたとして、その状態で魔王妃が玲奈ちゃんの技能を使ったとしたら、どうなると思う?」
「それは……。おそらく普段通りレナ様の少し前に召喚されてしまうのではないでしょうか」
ロゼッタが眉根を寄せた。それでは仁にもロゼッタにも、玲奈を拘束できないということになる。
それに、他にも懸念はある。玲奈は他者の魔力を吸収する練習はしていたが、仁の知る限りでは完成には至っていなかったはずだ。それにもかかわらず、玲奈の体を奪った魔王妃はルーナリアらの魔力を枯渇寸前まで吸い取っていた。
もし魔王妃が玲奈以上に玲奈の体を使いこなせるのだとしたら、拘束するために玲奈に触れている部分から逆に魔力を奪われかねない。いや、そもそもそれ以前に、玲奈の体を傷付けることのできない仁が魔王妃の抵抗を受ける状況で、本当に拘束することなどできるのだろうか。
仁の心に不安が芽生える。それに呼応するかのように心の奥底の黒い感情が暴れ出しそうになり、下腹部が疼いた。仁は片手の手のひらを臍の下に当て、さするように動かす。
「……ジン殿。無理にレナ様を拘束せずとも良いのでは?」
「……え?」
仁は意識を下腹部からロゼッタに戻す。
「魔法操作の訓練は気持ちが良いものですよね」
「う……うん?」
仁が頭にクエスチョンマークを浮かべながら曖昧に頷くと、ロゼッタは真剣な顔で続けた。
「その気持ちの良い行為を、レナ様に、魔王妃に味わってほしいと願い出てはいかがでしょう。そうすれば、拘束などせずとも、大手を振ってレナ様の体に触れられるのでは?」
施す側ばかりで体感したことのない仁には正確なところはわからないが、ロゼッタやミル、リリーらの話を聞く限りでは、ある種の快感を覚えることは確かなようだ。
それがどういった類の快感かどうか確かめる術はないが、気の遠くなるくらい長い間、魂だけの状態で封印されていた魔王妃が興味を持ってもおかしくない、ような気がした。
「うーん……」
仁が低く唸ると、ロゼッタが更に畳みかける。
「レナ様も以前、気持ちが良かったと話されていましたし、その記憶を知ることのできる魔王妃ならば、自ら望んでレナ様の下腹部を差し出すのでは」
「な、なるほどね……」
ロゼッタの言い方はともかく、仁は目から鱗が落ちる思いだった。仁はどうやって拘束するかということにしか考えが向いていなかったが、上手くいけば魔王妃が望んで触れさせてくれるかもしれないのだ。
こちらの意図に気付かれないように話の持っていき方には気を付けなければならないが、玲奈の体を物理的に拘束して無理やり肌を露出させるよりは、余程、気が楽というものだ。
正直なところ、いくら玲奈を救うためとはいえ、玲奈の合意なしで衣類を剥いで素肌に触れるという行為は、仁にとっては決して嬉しいものではない。
「ありがとう、ロゼ」
仁が頭を下げると、ロゼッタは整った顔に優しい笑みを浮かべた。しかし、次の瞬間、ロゼッタは視線を前方斜め下に向け、心配そうな視線を送る。
「ジン殿。大丈夫ですか? 先ほどより腹部を摩っておられるようですが」
腹痛でもするのかと問うロゼッタに、仁は何でもないと答えようとするが、ハッとして口を噤んだ。そんな仁の脳裏には、家族なのだから頼ってほしいと告げる、いつかのロゼッタの姿が浮かんでいた。
仁は唇をきつく結んだ後、ゆっくりと口を開く。そこから飛び出したのは、先ほど口にしようとしていた言葉とは全く別のものだった。
玲奈の件のように差し迫った問題ではないが、魂喰らいの魔剣から魔王の魔力と共に流れ込んできた暗い感情と、時折感じる下腹部、おそらく丹田の辺りの違和感について、ロゼッタに話して聞かせた。
「ジン殿。件の魔剣は弱った所有者の魂を喰らうと言われているのですよね? だとするならば、その内には当然魔王以外の魂もあるのでは?」
それが一緒になって仁の体の中に入ってきてしまったのではないか。そう心配そうに告げるロゼッタに、仁は背筋を冷たくする。
魂喰らいの魔剣は魂以外にも魔力を吸うため、仁の違和感の原因が他者の魂であるとは断定できないが、身近にある魔王妃の存在が、仁に自身も体を乗っ取られてしまうのではないかという恐怖を呼び起こす。
楽観的に考えるのであれば、魔王の魔力が仁の身の内に流れ込んでくる際に巻き込まれた他者の魔力だろうということになるが、どちらにせよ、仁の体にとっては異物であるということに変わりはなかった。
「放置しておくのは危険か……」
仁は以前記憶を取り戻したときのように、後で自身の内側の魔力と向き合うことを決める。その際には隷属魔法を解いてしまわないように気を付けなければならないため、以前のようにはいかないかもしれないが、よくよく考えれば、その魂かもしれないものを探ることも練習になるのではないかと仁は気付いた。
それに、リリーやロゼッタたちを実験台にする方法以外に、自身の“魂”というものを探るのも手だとも。
この実験は魔力操作の訓練と同様に受け手に負担を強いるため、玲奈を救うために必要なことだからと手当たり次第に実行するわけにはいかなかった。あの日、話し合いの場にいなかったカティアや一部の奴隷騎士隊の少女たちも協力してくれているが、自分自身でも試せるのであれば、より玲奈の救出に近づけるというものだ。
そう思えば、この下腹部の違和感も光明に見えてくる。
「ロゼ。話してよかった。ありがとう」
「では、お礼にもう一回お願いします」
まさかの返しに驚く仁に、ロゼッタは「冗談です」と微笑んだのだった。
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