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第二十章

20-34.執着心

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 皆を代表して仁が視線で先を促すと、コーデリアが仁を見つめて口を開いた。

いにしえの魔王への執着。すなわち、その魔王の魂を継ぐジンへの執着心。その共通点が魔王妃の魂を受け入れてしまう一因になっているのではないかしら」

 魔王妃の魂は誰にでも憑りつけるわけではない。しかし、魂と体の因果関係は不明だが、魂に似た性質があれば体に定着しやすいのではないかというのがコーデリアの推察だった。

「魔王妃が魔王に執着しているのは言わずもがな。そして、ユミラとレナさんでは真逆と言ってもいいくらい違う感情ではあるけれど、あなたに執着していると言う点では一緒よ」

 仁の脳裏に、殺人蟻キラーアント氾濫の最中さなかのメルニールで出会ったユミラの姿が浮かんだ。復讐心と憎悪に満ち満ちた暗い炎の灯った瞳は、今思い出しても仁の心を掻き乱す。

 仁は小さく頭を振って意識的に暗い感情を追い払い、玲奈について考える。自惚れでなければ玲奈は仁を憎からず思っているはずだ。それが恋愛かどうかはともかく、仁と共にありたいと縋る玲奈の姿を思い出せば、むしろ執着という言葉が相応しくも思えた。

「ルーナリア姉様は無関係の人間を帝国や己自身の都合に巻き込んでしまうことを良しとはしない人よ。それでも多くの帝国やそれ以外の民のために苦渋の決断をして召喚を実行したわ。そしてその結果が、あの兄のレナへの仕打ちでしょう。それはもうあなたたちへの罪悪感でいっぱいだったはずよ。そこに生来の責任感が加わって、ジンとレナへの想いは並々ならぬものだったに違いないわ」

 ここしばらくのルーナリアは魔王妃の影響を受けていたために参考にはならないかもしれないが、それ以前から仁と玲奈を必ず元の世界に戻すのだと真剣に思ってくれていたのは仁にもわかっていた。

 仁も玲奈も、そのルーナリアの強い意志があればこそ、いつかは元の世界に帰れるのだと信じられたのだ。コーデリアはそのルーナリアの感情を執着と表現したが、ルーナリアが仁と玲奈の帰還に執着していると考えれば納得できない話ではなかった。

「最初の子はまだ子供だと言うし、きっとあなたの毒牙にかかっていたのでしょう?」

 コーデリアの言い方はともかく、キャロルから憧れという名の好意を寄せられていることは事実なので、仁は曖昧に肯定する。ふとヴィクターの様子を窺うと、僅かに眉を顰めつつも話の大筋から離れたところで口を挟むつもりはないようだった。仁は内心で安堵の息を吐き、コーデリアに視線を戻す。

「それだけが条件ではないだろうけど、そう言われてみると、あながち否定できないかもしれないな……」

 偶然かもしれないが、コーデリアの言うように、これまで魔王妃の魂の憑りついたキャロル、ユミラ、ルーナリア、レナの4人は確かに仁への執着心という共通点があった。魔王妃自身がそのことを知っていたのであれば、100%ではないにしても、ルーナリアに憑りついた時点でレナへ乗り移ることも計算の内だったのかもしれない。

「で、ですが、コーディー様。想いの形を問わないのであれば、自分をはじめ、この場の大半の者が大なり小なり魔王妃の魂に憑りつかれる可能性があるということになってしまうのでは……?」

 ロゼッタの視線がコーデリアからリリーに移り、その背後の皆を見回してから仁を挟んで逆側に座っているミルに向かった。

「そうね、ロゼさん。私と男性はともかく、女性は魔王妃に、レナさんに近付かない方がいいわね。誰に憑りついているのかわからなくなってしまっては、レナさんが助かったのかさえ疑心暗鬼になってしまうもの」

 そのコーデリアの発言に、その場の女性たちが苦渋に満ちた表情となる。仁や玲奈の力になりたくて集まったにもかかわらず、直接手を貸すことができないと言われたようなものなのだ。

 男性に関しては、伝承やこれまでの経緯から性別が異なればおそらく大丈夫だろうというのがコーデリアの判断だった。とはいえ、絶対ではない以上、仁は極力誰も近づけない方がいいのではないかと思ってしまう。

 既にシルフィが世話役として傍にいるが、もし、魔王妃が完全に玲奈になりきってシルフィこそが魔王妃だと告げたとしたら、仁にはおそらく容易には判断を下せないだろう。

 仁はそう考えたとき、背筋が冷たくなった。魔王妃がなぜ完璧に玲奈を演じないのか仁は疑問に感じることがあったが、シルフィを傍に置くことも含め、まさにこのためなのではないかと思えた。

「ジンお兄ちゃんのことが大好きだから、ミルはレナお姉ちゃんを助けるお手伝いができないの……?」
「ミル……」

 仁の拳の上に添えられた小さな手を、仁がもう片方の手で包み込む。ミルが今にも泣き出しそうな様子で顔を伏せていた。犬耳は垂れ下がり、肩が小さく震えていた。ミルに抱きしめられたイムが首を回し、心配そうな声で鳴いた。

「ミルも皆さんも。レナさんに近付けないからといって、何もできないわけではないわ。どうすればレナさんを救うことができるか、考えましょう」
「そうだね。俺だけじゃいい方法は思いつかないかもしれない。だから、ミルも、みんなも知恵を貸してほしい」

 魂というものに関する知識や情報は圧倒的に不足しているが、今の状況とこれまでの経緯を踏まえ、仁は玲奈を救う手立てに繋がる何かが欲しかった。玲奈の声で魔王妃に命じられるまま唯々諾々と従っているだけではダメなのだ。

 仁が古の魔王だということ。魂喰らいの魔剣ソウルイーターの力を仁が受け入れれば仁が魔王の人格と記憶を取り戻すと魔王妃が考えていたであろうこと。更に魂が魔力に近い性質を持ち、相性が存在すること。加えて、魔王妃の魂の憑りついた人物の共通点。

 そして、玲奈が今もきっと魔王妃に体の支配権を奪われながらも何とかしようと足掻いているであろうこと。

 それらを足掛かりに、何かいい方法はないかと仁は頭を悩ませる。皆も仁の求めに応じ、それぞれが考えを巡らせる。ミルも顔を上げ、イムに一緒に頑張ろうと声をかけていた。そんな中、リリーが体ごとコーデリアの方を向いて呼びかけた。

「リリーさん。いい案でも浮かんだのかしら」
「いえ」

 リリーが切なげに首を横に振る。

「レナさんを近くで応援してあげられないのは悔しいですけど、私もいっぱい考えます。みんなで考えれば、きっと何か良い方法が思い浮かぶと信じているのでっ。でも――」

 一度言葉を切り、リリーは真剣な表情でコーデリアを見つめた。

「その前にコーディー様に言っておかないといけないことがあるんですっ!」
「私に言っておかないといけないこと……? な、何かしら」

 困惑顔のコーデリアに、リリーは、ずいっと顔を近づける。思わず体を引いたコーデリアの肩をリリーが両手で、がしっと掴んだ。

「コーディー様もダメですよっ!」
「ダ、ダメ……?」
「はいっ。コーディー様もレナさんに近付いちゃダメですっ!」
「え……。でも私は――」

 コーデリアが目を瞬かせる。

「ダメですからねっ!」

 有無を言わせぬリリーの迫力に、コーデリアが、こくこくと壊れた絡繰からくり人形のように頷いた。思考しながらも二人のやり取りを見守っていた仁が首を捻る中、リリーは「絶対ですよ。約束ですっ!」と念を押したのだった。
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