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第二十章

20-22.裏ボス

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 どうすればいい。どうすれば玲奈を助けられるのか。そんな考えが仁の頭をぐるぐると当てなく駆け巡る。

 玲奈の体を乗っ取った魔王妃から3日以内に魔導石を持ってくるように命じられた仁は、シルフィと共にルーナリアとヴォルグをラインヴェルト城の地下牢に入れる手伝いをさせられた後、一人夕暮れの街を歩いていた。

 旧王都ラインヴェルトの城下町は、日が傾き、空が赤く染まる頃になっても皆が活発に動いていたが、仁の周囲にだけ影が落ちているようだった。仁は声をかけてくる何人かに心ここにあらずの曖昧な返事をしつつ、戦乙女の翼ヴァルキリーウイングに与えられた家に向かった。
 
 仁は自宅に帰り着くなり、出迎えてくれたココに、夕食はいらないことと、しばらく玲奈がルーナリアの元で生活することを伝えて自室に引きこもった。ミルやロゼッタには玲奈がルーナリアの求めでしばらく魔法陣の研究に協力すると説明するつもりだが、いつまでも誤魔化せるとは思えなかった。

 既にルーナリアたちや仁に正体が知られている以上、魔王妃も完全に玲奈になりきる気はないようで、それが3日という期限に現れているのではないかと仁は睨んでいた。

 望み通り魔導石を得た魔王妃がどのような行動に出るか不明な点に恐怖を感じるが、逆らうわけにはいかない。ゆえに、期限内に魔導石を入手するのが最優先事項としつつ、仁は玲奈を解放する手段も模索しなければないと考えている。

 幸い、魔導石に関しては魔王妃から情報提供があり、くだん戦闘用魔導人形バトルゴーレムの胸部から入手できるはずとのことだった。

魂喰らいの魔剣ソウルイーターか……」

 仁はベッドのへりに腰掛け、左手の薬指に視線を落とす。今もその存在を意識すればアイテムリングの中の魂喰らいの魔剣ソウルイーターと魔力の糸のようなもので繋がっているのがわかった。

 魂喰らいの魔剣ソウルイーターは弱った所有者の魂を魔力ごと喰らうという危険な魔剣だ。以前から魂喰らいの魔剣ソウルイーターに何か不穏な空気を感じていた仁はあまり使用しないようにしてきたが、実のところ、仁はどうにかして魔王妃の魂を食わせることができないかと考えていた。

 前に魔眼で鑑定した際には所有者以外の魂を喰らうことができるような効果は見受けられなかったため、具体的な策があるというわけではない。それに、魔王妃の魂の憑りついた体には魔王妃の魂のみならず本人の魂も存在するはずなので、迂闊なことはできない。

 とはいえ、魂という未知のものに対する手段が他に思いつかなかったこともあり、仁は切り札とすべく、移住計画が落ち着いてきたら元々の持ち主であるヴォルグに話を聞こうと思っていたのだった。しかし。

 仁は肩を落として溜息を吐く。その魔剣について、先ほど魔王妃が言及したのだ。

 曰く、魂喰らいの魔剣ソウルイーターがあれば戦闘用魔導人形バトルゴーレムを倒せるという。

 その根拠は不明なものの、それ自体は戦闘用魔導人形バトルゴーレムの戦力を測れずにいた仁にとって朗報ではあるのだが、わざわざ言及するあたり、魔王妃が魂喰らいの魔剣ソウルイーターを恐れていないことの証左と言えた。

「どうすればいいんだ……」

 仁の呟きが、薄暗い部屋の中に消えていく。

「玲奈ちゃん……」

 答えの出ない思考を延々と続けた仁は、いつしかベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。



 翌日の明け方。仁は悪夢にうなされて目を覚ました。起きた瞬間に夢の内容は霧散してしまったが、絶望に似た焦燥だけが仁の心にくすぶっていた。

「はぁ……」

 仁は溜息を吐いて目を覆う。夢の中でくらい玲奈と幸せに過ごしたかったと項垂うなだれるが、どちらにせよ現実が悪夢のままであることに変わりはなかった。

「夢だったらどんなによかったか……」

 玲奈ではない玲奈の姿を思い出し、仁は両の拳を強く握りしめた。



 その後、仁は寝汗を流すべく自室を出て風呂場に向かう。途中、朝食の準備を始めていたココとすれ違い、朝食後に出かけることを伝えた。憔悴したような仁の様子にココは心配そうな顔をしていたが、仁が大丈夫だと伝えると何か言いたげにしながらも頷いた。

 仁はまだまだ幼いココに気を使わせてしまったことを申し訳なく思い、ミルやロゼッタには普段通り接しようと、自身に無理難題を課したのだった。

 しかし、そんな仁の思惑が上手くいくはずがなく、朝食で顔を合わせたミルやロゼッタたちから逃げるように、仁は早々にその場を後にすることになった。

 そうして仁の逃げ出した先はダンジョンのマスタールーム。他に誰も訪れることのできない場所で、仁は戦闘用魔導人形バトルゴーレムに挑むために心を落ち着かせる。

 随分と予定は変わってしまったが、これから戦う相手はこのダンジョンの裏ボスというべき存在かもしれないのだ。魔王妃からのお墨付きはあるものの、それがどれだけ信用できるかわからない。

 魔王妃がせっかく手駒にした仁をわざわざ罠に嵌めるとは考えにくいが、乱れた心のままでは勝てるものも勝てなくなってしまう。玲奈をこのままにして命を落とすことなど、決して許されない。

「玲奈ちゃん……。玲奈ちゃんは絶対俺が助けてみせる。そのためにも……!」

 仁は100階層の隠し扉の向こうに転移する。足元から下に続く階段を一歩一歩踏みしめるように降りながら、仁は絶望や不安、怒りなど様々な感情を心の底に押し込め、今はこの後の戦いだけに意識を向ける。

 長い階段を下りると、簡素な、それでいて重厚感を感じさせる金属製のような黒い扉が仁を出迎えた。

「この先に……」

 仁はダンジョン核で見たダンジョンの3Dマップを思い出し、この扉の先が戦闘用魔導人形バトルゴーレムの待つダンジョン最下のボス部屋であることを確認する。

 仁は全身に黒炎と黒雷による防御膜を張り巡らせ、火竜の素材でできた軽鎧が黒く輝く。仁の背中から、左右に赤黒い翼と漆黒の翼が広がった。

 扉を見つめ、仁が深呼吸を繰り返す。いつにも増して、仲間たちが、玲奈が隣にいないことが心細く感じられたが、弱気な心はマスタールームに置いてきたと自身に言い聞かせた。

 絶対に負けられない。仁は強い想いを力に変える。

 もしかしたら裏ボスの特別感は仁の思い過ごしで、ダンジョン転移を使えばいつでも逃げ帰れるかもしれないが、魔王妃から与えられた3日間の猶予を思えば悠長なことは言っていられない。

 仁はこの1戦に自身のすべてを出し切ると念じながら、簡素で黒い扉に両の手のひらを押し当てた。仁が両手に力を込めると、扉は重々しい音を奏でてゆっくりと開いていく。

 小ぢんまりとした部屋は仁の覚悟に似つかわしくないくらい殺風景で、10階層の隠し部屋とあまり変わらない剥き出しの岩肌を晒していた。部屋を囲うように側面に設置されているいくつかの篝火かがりびが、戦闘に耐え得る最低限の明かりを確保している。

 そんな薄暗い隠しボス部屋の中央に、体長2メートル半ほどの人影のようなものが見えた。人にしては、がっしりとしていて、それでいてシンプルなシルエット。

「あれが戦闘用魔導人形バトルゴーレム……」

 仁が喉を鳴らした瞬間、人でいう頭部に相当するであろう部位の一部が、目もくらむほどの眩い光を放った。
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